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夜の灯火  作者: 隠居 彼方
第12楽章

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決着 7



退出したディルクと入れかわるように、学院長室にはローゼが訪れていた。

「テアは……相変わらずのようだな」

「ええ、まあ」

そのローゼの冴えない顔色を見て、学院長は苦く言う。

先ほどのディルクより幾分かましであるが、ローゼは疲れた顔をしていた。

彼女が疲れを隠せないのも無理はない。

恋人が負傷し、親友の身に危険が迫っているというのに、平気な顔をしていられるわけがないのだ。

しかも、その親友が自らの意思で崖の淵まで進もうとしているとなれば――。

「昨日は、これを受け取ってきまして」

ローゼは焼き菓子を詰めた可愛らしい小さな袋を、学院長の目の前に置いてみせた。

「これは?」

「マリナからの差入れです。友人たちとつくったらしいですが、テアの見立てだと、何かしら混入されているのではないかと。命を奪うようなものではないだろう、とテアは言っていましたが」

「……」

爆弾でも置かれたような気分で、学院長はきれいなラッピングを見つめる。

「テアは今日、体調不良ということにして、授業を休んでいます。ピアノを弾きに行けないので死にそうな顔でしたが、読書で何とか凌いでいます。これについては、どんなものが入っているのか、鑑定をお願いします」

「……分かった。他には?」

「食堂で熱い湯をかけられそうになったことが」

「……火傷をしなくて何よりだった」

「ピアノの蓋で指を挟まれかけたり」

「それは……」

学院長は顔つきを険しくする。

マリナがテアにそうした手出しを始めたのは、ライナルトの事故から少し経った頃だ。

『ライナルトの事故と、今回私が狙われている様子なのと、何か関係があると思いますか?』

さりげなくテアから切り出されて、ローゼは表情に出さないように気を付けた、つもりだったのだが。

『ルーデンドルフ家も、私が目障りだったのでしょうか』

さすがにそれに、ローゼの表情は強張った。

ふふ、とローゼの反応に、テアは笑って。

『そうなんですね』

『……カマをかけましたね』

『いいえ。いくつか可能性を検討した上での結論です。マリナが私に近付いてきたのは何故か、何を目的としているのか、ずっと考えていました。オイレンベルク家が今動く必要はないですし、ブランシュ家でいざこざが起きている様子でもない。ピアノやサイガ先生のことでの恨みや妬みかというと、マリナの反応を見る限り違う。ベルナー家のことで逆恨みされて? けれどあの件には、私が関わっているという事実を知っている者がまず少数です。そうなると残る理由はディルク、になると思うのですが……、ずっと私たちはまともに会っていません。もしそういう理由でマリナが私に近付いてきたのだとしても、今手出しをしてくるのはちょっと妙です。では、全く異なる可能性が存在するのか……とそれを考えていたら、今の噂話の嵐ですから。パートナーとそのまま結婚、ということがあるようですし、一時期私たちにもそんな噂もあったらしいですから、ルーデンドルフ家が今更ディルクを後継者に推したいのだったら……、邪魔に思うこともあるかもしれないと考えました。そして、ライナルトが負傷した一件がある。全くの無関係かもしれませんが、様々なタイミングが一致していますから、最も可能性が高いことと考えました。もちろん、それ以外の私の考えの及ばない理由がある可能性も高かったですが』

そこまでよどみなく告げたテアは、ローゼに向けてでも、と謝った。

『そうですね……、やっぱりカマをかけたのかもしれません。分からない理由がある可能性を排除したかったんです。すみません』

『……別に、いいですよ。私もずっと黙っていられるとは思っていませんでしたから』

『ライナルトのことも、やはり?』

『決定的な証拠は出てきていませんが、その可能性が高いことは事実です』

そうですか、と頷くテアの瞳は翳っていた。

『ローゼ、私の護衛を陛下に頼まれていますか。……もしくは、ディルクやライナルトにも』

『……それがなかったとしても、そう務めていますよ。そのために、私はここにいるのですから』

『……ローゼ、今から、私、とても酷いことを言います』

真剣な顔でそんなことを言い出したテアに、ローゼは身構えた。

あの時口を塞いでいれば良かったと、今でも思う。

それができていたとしても、きっと無意味だったと分かっていても。

『ローゼ、陛下に「私を守るな」と命じられたら、それに従いますか』

『何を……、』

『せっかくマリナを寄こすという危険を冒してくれたのです。目的が分かってから対処しようとは元より考えていましたが――、私が囮になって……、二度とこのような手出しをできないように、相手を封じます』

『そんなこと……! 陛下だって、お許しになるわけありません!』

『いいえ、陛下はやれと仰るでしょう』

テアは確信を持って言った。

ローゼはそんなテアを止めることができず、テアの提案は皇帝の元に届き、皇帝はそれを是とした。

それから、ローゼと学院長はこうして顔をつき合わせる度、頭を抱えている。

純粋にテアの無茶無謀が心配であったし、事情を伏せられているディルクやロベルトがそれを知った時の反応も恐かった(ちなみに、先ほど学院長がディルクに見せたリストからマリナ・フォン・ロッシュの名は意図的に除かれていた)。

「……手は出してくるが、ボロは出してくれていないんだな」

「はい。決定的なことは何も。やり口は全て、偶発的と見せかけるものです。疑っていなければ、マリナがただのドジな女の子にしか見えていなかったかもしれません。テアは……、もう少しで何かを仕掛けてくるのではないかと、言っていましたが」

「何か、か」

「おそらくは、テアとマリナが諍いを起こすようなことを、狙っているのではないかと」

「根拠は」

「マリナのやり方です。テアの身を危険に晒しているのはそうなのですが、大半は他愛のないことで……テアの足を引っ張っています。普通だったら苛々するのが当然のことを、繰り返して行っている。テアが笑って毎回許しているから行動自体はだんだん過激になっていますが、最後にあちらが目指しているところは、テアの命というわけではなさそうな様子です。嫌がらせが予想より行き過ぎてテアがどうこうなっても、それはそれでいいと考えているとは、思います。ですが、テアに言われて仕方なく私も隙を見せていますが手を出してこないし、やり方が回りくどすぎるんです」

「それは……そうだな」

「それに、ついこの間のことですが、マリナの陰口を叩いている生徒たちの話を聞いてしまいまして」

「テアの、ではなく?」

「はい。ですが、まさに去年のテアのような叩かれ具合でしたね。テアの邪魔をしている、その恩恵に預かろうとしている、とか。テアが聞けば、マリナに不信を覚えるような、そういう内容です」

「自作自演か」

「おそらく」

「では、あちらの狙いは、テアがマリナに手を出すこと、ということか……」

「はい。テアが感情的になるように仕向けてきているのだと思います。テアがちょっとでも怒ってみせたら、大げさに反応して倒れてみせたりして、マリナはそのまま学院からいなくなり、テアが暴力をふるったとか何とか、そういう話に持っていかれるんでしょう。逆にテアが諍いで怪我をしたら責任を取るとか言って退学して、マリナは姿を消す。中途半端では意味がありませんから、きっとテアが怪我するにしろ怪我させるにしろ、えげつないことを考えていると思いますよ」

そんなことは許したくないのに、テアはそれをさせてやろうと言う。

本当に酷いことだ。

本当に。

「……ああ、けれど、それをさせない手を一つ思いつきました」

ローゼは自棄のように微笑んで続けた。

「今から陛下を弑逆奉れば、ディートリヒ皇太子が即位して、後継ぎ問題は解決、こんなことにゴーサイン出した憎い男はいなくなって、すっきりさっぱりするんじゃないでしょうか。どう思いますか」

「……止めてくれ」

限りなく本気の口調で言われ、学院長はそう言うしかなかった。

気持ちは分かるし、少しばかり同意したくはあるが。

ライナルトには会えないし、テアは無茶を企んでいて、このことで話をできるのは学院長くらいしかいないから、零さずにはいられないのだろう。

「……いずれにせよ、だんだんと相手は詰めてきている、ということだな。実行は遠からず、と当人が感じているのならば、そうなのだろう」

「……これもおそらく、の話になりますが、その時マリナを学院の外に出すために、共犯者が現れるはずです。テアは二人、ないしはそれ以上の人数の仲間を殺さないよう捕えて口を割らせたいと考えているようです」

話を元に戻した学院長にローゼは応じ、それから言いづらそうな様子を見せつつも、続けた。

「それからこれは陛下に報告をした方が良いと……判断しましたが、」

「ああ、」

「いざとなればテアは……、その仲間内で話している内容を聞いたと、嘘の証言をするつもりでいます。ルーデンドルフ家を嵌めることも、厭わないと」

「――そ、れは」

学院長は絶句した。

何故そこまでと、そう考えて、答えはあまりにも簡単であったとすぐに気付く。

「だが……それでは」

「はい。ですが、万一の話ですよ」

万に一つの可能性と楽観的に考えたかったが、二人ともそうはできずに黙り込んだ。

囮になると、そう告げたテアの覚悟を分かったつもりでいたが、理解はまったく足りていなかったのかもしれない。

周囲の心配を、分かっていて。皆の気持ちを踏みにじるようなことになるとしても、それを為すとテアは言ったのだ。

自分の体だけでなく、その想いすら、犠牲にしても。

それだけの、覚悟など。

到底、全てを理解できるはずもない。

「ただ……ものすごく、今更なことを言うと、自分でも思うのですが」

「なんだ?」

「本当に……全て、レティーツィア第三皇妃の仕業なのですか。確たる証拠が出ないのに……、何故、陛下もディルクも、彼女だと、そう、確信すら持てているのか……」

「それは私も、昔から思っている」

学院長は苦く微笑んだ。

「だが、そうだな。今回、ライナルトの件を故意のものだと考えるなら、最も怪しいのはルーデンドルフだと分かるだろう。噂が皆を惑わせているが、冷静に考えればそれしか残らない。主犯が他の貴族であっても四大貴族が絡んでいないということは考えにくいし、今の情勢で他国介入の可能性は低い」

「それは、そうですが……」

「……アウグストはな、肝心なことを言わんから、分かりにくいが……まあ、第三皇妃とは寝所を共にするようなこともあるわけだからな……、他人には分からないことでも、そうと感じる何かがあるのだろうよ」

「……」

微妙な話に、ローゼはわずかに視線を逸らせた。

それに気付きながら気付かないふりで、学院長は続ける。

「今でこそ大人しく見せているからそんな話もそう聞かなくなったが、彼女が第三皇妃におさまってしばらくは、彼女の第一第二皇妃へ向ける敵対心は宮殿の誰もが知る事実だったくらいだからな。当時、第一皇妃への嫌がらせは酷いものだったらしい。皇妃たちに子ができれば、子どもたちもその対象となった。やはり証拠らしい証拠はでず、その全てが全て第三皇妃の仕業だったわけではないだろうが、最も強く、その動機を持っていたのは彼女だ。それを全て見てきたアウグストが、彼女が今また動き出したと考えるのは自然な流れだ」

「では、ディルクは」

「あいつの場合は、アウグストより余程ひしひしと感じているだろうな。何せ自分の母親のことだ。ディルクのもとにはずっと母親の手紙が来ている。ディルク・フォン・シーレ宛に、宮殿に戻って来いと」

「それは……、」

「第三皇妃はディルクを連れ戻し、玉座に座らせたくて仕方ないのだろう。だが一度も、ディルクを自ら迎えに来たことはない」

ローゼは息を詰めて、学院長の言葉を聞く。

「ディルクの演奏を聴きに来ることも、一度たりとてなかった」

「……」

「彼女はディルクの心を、夢を、知ろうともしないのだ。彼女が本当は白だったとして……、ディルクが黒と思い"復讐"しようとするのを、止める権利が我々にあるだろうか」

「……学院長は、彼女が犯人でない可能性も高いとお考えなのですか」

「……正直なところ、分からない。だから、結局はアウグストたちと同じだ。はっきりした証拠が欲しいと思っている。もし彼女が白だとしても、それが明確になるのならば、今よりはましだ。とにかく今は……、方針はあるにしろ、全てが灰色だからな」

「では、もしテアが先走り過ぎて、彼女ではなかったとしたら……」

「それでも、テアは後悔しないだろうな。アウグストも、同じ考えだろう」

「何故、そう言えます?」

「彼女がディルクを傷つけ続けているのは事実だからだ。テアがどこまで彼女とディルクのことを知っているのかは分からんが……、今回そこまでのことを考えているということは、テアにもそれだけの根拠、理由がちゃんとあるということだろう」

「――そう、ですね」

どこか、寂しそうな笑みで、ローゼは頷いた。

「それならやっぱり、私はテアの共犯者でいなくてはいけませんね」






「テア、生きてますか」

「はい……」

昼休み、一緒に昼食をとろうとローゼが寮の部屋に戻ると、テアは机の上で指を動かしていた。

まだ午前中が終わったばかりなのに禁断症状が出始めている、とローゼは妙な危機感を覚えつつ、テアを手招く。

「さ、昼食にしましょう。学院長に鑑定は頼んでおきましたから、その結果次第では夜にピアノが弾けますよ」

「はい……」

テアは弱々しく笑った。

授業があるとか、レポートがあるとか、用事があるとか、そういうことがあるわけではないから、余計にピアノに触れないと意識してしまうのだろう。

「すみません、わざわざお昼まで届けに来てもらってしまって……」

「謝らないでください。それに、あなたが体調を崩して寝込んでいる、ということになっているのに、私が一度も戻らないのは変に思われます。必要なことです」

「そう……ですね。マリナも来ましたよ」

ちょうど一口目を含もうとしたところだったが、ローゼは渋面になって手を下ろした。

マリナも寮生で、朝、食堂でテアの不調を彼女に伝えたのはローゼだったから、そういうこともあるかもしれないと、考えてはいたのだが。

「……それで、」

「どんな症状が出ていることにしようか困りましたが、とりあえず頭痛と腹痛がひどくて、吐き気もあって気持ちが悪く、起き上がるのが辛いと言ってすぐに帰ってもらいました。あまり長くいると、さすがに仮病がばれそうで。入れられたものと全く関係のない症状で苦しんでみせて不審に思われてもいけませんし」

特に何もなかったらしい、とローゼはほっとして、今度はちゃんと食事を咀嚼した。

テアも食事に手を伸ばして、何口か食べる。

「……ただ、気になることがあって」

「何です?」

「足に、擦り傷が……。袖に隠れていましたが、もしかしたら腕にも」

「どじっこ演技の副産物じゃないんですか?」

「そうだといいんですけど、そうじゃないかもしれません……」

思慮するような目で、テアはひとりごちるように言った。

「いずれにしろ、結構焦れてきている、と思います。今日も短い会話の中で、色々と含ませてきました。自分の渡したものが口に合わなかったのでは、と、わざわざ言ってくれたりしたので」

狙われているというのに、テアはこの話をする時いつもこんな調子で、淡々としているのだ。

それに溜め息を吐きたいのはむしろローゼの方で、それを堪えながら、なるべく冷静に返した。

「学院長からの報告ですが……生徒内に紛れ込んでいた不穏分子、一人に話を聞いて、黒幕と繋がっていると思しき人物を捕まえようとしたところ、逃げられてしまったそうです。これ以上学院に間者を残しておくのは危険と判断して、やることを早く済ませようと考えるかもしれないと、注意を頂きました」

「そうですか……。ではこちらも、いよいよ事を上手く運べるようにしておかなければなりませんね。マリナの調査結果は、まだでしたか?」

「いえ……、」

先刻、その件についても聞いてきたばかりであった。

『――とは言え、やはり、テアの背を押すかもしれんと思うと、あまり話しておきたくないのだがな……』

そんな前置きをして、学院長はマリナ・フォン・ロッシュの調査結果を、示してみせた。

ローゼもそれを聞き、できれば詳しく話したくないと感じたが、おそらくテアは薄々感づいている。黙っていてもあまり意味はないが……と、それでも気乗りしないながら、ローゼは学院長の言葉をなぞるように告げた。

「やはりこの学院にいるマリナ・フォン・ロッシュは、その名を騙った別人でした。本名はマリタ・ケーニヒ。貧民街の出身です」

「本物のマリナ・フォン・ロッシュは」

「こちらも名を偽り、城に侍女として勤めています。おそらくは、上手く言いくるめられているのではないかと。こんな陰謀の中にいるとは考えてもいないのでしょう。毎日楽しそうに過ごしているようですよ。都に憧れていた、というのは本人から持ってきた設定なんでしょうね。そしてロッシュ家は、それを知りません。学院に通っていると思い込んでいます」

「あちらの目算としても、数ヶ月誤魔化し切れれば良いのでしょうが……、なかなか際どい小細工をきかせてきますね。マリナ……、いえ、マリタ・ケーニヒがここを出る時、退学すると言って本物が実家に戻れば元通りなわけですから、本物も本当に何も知らないのでしょうね。本物への接触は、していないのでしょう?」

「ええ、はっきり話をしたというわけではないようです。何も知らない可能性が高い相手に近付いて、黒幕に警戒されては困りますからね」

ローゼの言葉に頷き、さらにテアは追究した。

「マリタ……とは、名前も良く似ていますね。外見的な特徴も同様ですか」

「そのようです。ただ、マリナを知っている人間が見れば一発で偽物と分かってしまう程度のようですが……。マリナはほとんど領から出たことがないようですし、その領も地方ですからね。ばれない確率の方が高い」

「とはいえ、それなりに冒険していますよね」

「そりゃあテア、あなたは学院からほとんど出ませんし、私というひっつき虫がいますから。あなたに手を出すには、それなりの冒険が必要だったということです」

言って、これ以上は話したくないという思いで、ローゼは食事を再開した。

せっかく並べた昼食だが、話すことに集中していてあまり減っていない。

けれどテアは聞くのを止めてくれないだろう、とも分かっていた。

「マリタにとっても、ここに来るまで苦労は多かったでしょうし、危険なことと明らかだったはずですが……、彼女の目的はお金でしょうか。断ることができないよう脅されたのか……。彼女は実際のところとても賢明な人間です。私に選ばれるために自分の技術の高さを見せつける演奏をしてみせ、言葉の選び方も上手い。こんな危険なことに手を貸すようには思えませんが、実際にはこうしてここにいる。彼女をこちら側につけることができれば、事を上手く運べると思うのですが……。ローゼ、それに関しては何か聞いていませんか」

「……テア、分かって聞いているでしょう」

ローゼは睨んだが、テアは微笑むだけだった。

意地が悪い、というより、テアは守るもののためには、容赦を捨て去ってしまえるのだ。

そして、自らの犠牲を厭わなくなる。

性悪、であるのかもしれない、とローゼは内心悪態を吐きながら、刺々しく告げた。

「結局彼女も捨て駒の一つですよ。味方につけても結局、先日逃げられた件と同じようになって終わるだけかもしれません」

「捨て駒ではあるでしょう。ですが、ここに潜り込めるだけの教育をさせて私に接触させ、危害を加えさせようとしている。それだけの危険を任せるくらいには、彼女は陰謀の内側に近いところにいる、と考えます」

はぁ、とローゼはわざとらしく溜め息を吐いた。

もう逃げ切れない。

「……彼女の理由は、お金でしょう。脅しも、ないとは言えませんが、結局は同じことです」

「命を賭してまで必要とは、相当な額なのでしょうね」

「ええ、そうです。……命の値段です」

「――やはり」

ぽつりと返したテアが、その時何を思っていたのか。

目を伏せて感情を隠したから、ローゼにもそれは分からなかった。




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