第27話 泡まみれのお嬢様
「はーい。じゃあ、体を綺麗にするから大人しくしててね」
浴室に響く、心底嬉しそうなモニカの声。
俺は、お湯を汲んだ底の深いバケツのような風呂桶の中に入れられている。
お湯の中で後ろ足で立った状態で、前足はバケツの縁に飛び出しているような感じだ。
湯加減は文句なしで気持ち良い事は気持ち良いんだが……今はそんな事、問題じゃない。
モニカは問答無用で俺が浸かっているバケツの中に手を突っ込み、俺の体をわっしわっしと体毛をかき分けながら洗い始めた。
もう俺はこの状況に理解が追い付かず、されるがままになっている。
俺は何で、モニカと一緒にお風呂に入っているんだ?
というか何で、モニカも裸なんだ!? 一緒って、そういう事か!? 文字通りの意味だったのか!?
「お湯がもう真っ黒になってる。かなり汚れていたみたいだね」
鼻歌を歌いながら上機嫌のモニカは、お湯を変えるために俺を片手で抱きかかえた。
おいおい! 俺、体長1メートルくらいあるんだぞ!? そんな片手でひょいと持ち上げられる程、軽いはずがないと思うんだけど……みかけによらず力持ちなのか!?
でも、さすがにモニカの体を見るわけには……クソ、この世界には都合よく隠してくれる湯気さんとか奇跡の白い光とかないから不便だ。
モニカは俺を抱きかかえたまま、汚れたお湯を流して新しいお湯をバケツに入れる。
うわっ!? だ、ダメだって見えちゃう!! ……ひうっ!?
屈んだモニカは俺を膝の上に載せた。細く白い足が見えて俺は思わず目を閉じる。
だがそれも束の間、今度は俺の背中にモニカの胸が押し付けられた。
『……硬いな』
ちょっ!? コルトと同じ反応してるんじゃないよ!
ギリギリの状態で理性を保っている俺の、頭の中で響く悪魔の声。
コルトよりは若干感触はあるよ? ……って、何言ってんだ俺。
『何を言っている。こんなの無いようなものだ』
あんたにとって貧乳は同じ扱いなのか!?
大体、悪魔が女性の体にケチ付けるなんて変な話だよな。悪魔って男だとか女だとか、そういう性的な事には興味がないと思っていたけど。
『何を言っている、興味などない。だが、知識として女の乳房がどういうものであるのか理解しているだけだ。乳房のない胸部など、“硬い”以外の表現がないのでな』
乳房とか言うな、生々しい。
「じゃあ、今度は泡でゴシゴシしないとねー」
俺は再びバケツの中のお湯に浸けられた。
モニカはそばに置いているボディソープを手に取り、少しだけ手のひらに塗り広げるように泡立てると俺を再び抱きかかえて膝の上に載せ、俺の体を洗い始めた。
ボディソープに香りが付いているのか、柑橘系の香りが浴室に広がる。
俺の体を撫でるように洗うモニカは上機嫌で鼻歌を歌っているようだ。
本当、恥ずかしくて死にそうだ。まるで自分の体を撫でまわされている感覚……興奮なんてしている余裕はない、こんなの耐えられる訳がない!
こういうシチュエーションではいきなり元の姿に戻る、なんてのがお約束なんだけど……まさかな、まさかだよな!?
『主よ。元の肉体の治癒が完了した。すぐに現在の姿を解除し元に戻すぞ』
ちょおおおおおおおお!? おおいおいおい! お前ふざけんな! 分かってて言ったろ今! マジで止めろよ、俺を社会的に殺す気か!
『ふっ……冗談だ。主がつまらぬ事を考えているから戯れに言ってみただけだ』
こ、この野郎……マジで今、ヒヤッとしたじゃないか。
この悪魔、俺の扱いに慣れてきたのか遊んでやがるな。
『そう怒るな。今の状態で元に戻してしまえば小娘は羞恥の表情を見せるどころか、失神すると思うぞ。なんせ、主の中身を曝け出す事になるのだからな』
しかもまだ傷は治っていないのかよ!? よくそれで元に戻るなんて言えたな! 風呂場が大惨事になるじゃないか!
『全く、冗談の通じぬ主だな。つまらぬ男よ』
冗談でも言って良い時と悪い時があるでしょうが! マジで心臓止まりかけたぞ、この悪魔!
『悪魔だが?』
…………もういい。しばらく話しかけないでくれ。
この悪魔と話していたら、何かもうイライラしてしまう。ただでさえギリギリの状態なのにイライラさせられるのは面倒だ。無駄な事にエネルギーを使いたくない。
「じゃあ、洗い流すよ」
モニカは俺を抱きかかえ、バケツの中に戻すと体についていた泡を手で撫でるように洗い流し始めた。
知り合って数日の女の子に体の隅々まで現れるなんて……こんな経験、絶対できなかっただろうな。
この事は一生黙っていよう、モニカに知れたらトラウマものだろ。
というか、今後どんな顔してモニカに接したらいいか分かんない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「きゃー! 凄く可愛い!」
モニカに身体の隅々まで現れ、綺麗さっぱり汚れを落とされた俺は濡れた体を乾かされた後、モニカに抱きかかえられて部屋へと連れていかれた。
この屋敷の使用人達は、部屋の隅に佇んで俺の姿を引きつった笑顔で眺めている。
いやだ……そんなに見ないで。お願い、見ないで!
『ふふふ……主よ。なかなか似合っておるではないか』
頭の中に響く悪魔でさえ、俺の姿が見えているのか失笑する始末。
……本当、もう嫌だ。何でこんな目に。
部屋に連れてこられた俺は、モニカの着せ替え人形になっていた。
どうやらこの部屋はモニカの部屋らしい。女の子らしい小物やぬいぐるみなどが置いてあり、意外と子どもっぽいところもあるようだ。
机には何冊かの本が積み上げられ、読みかけだったのか一冊が開いたままだ。
モニカのベッドの上にはいくつもの小さな衣装やアクセサリーが並べられ、俺はなぜかそれを着せられている。
もっと可愛い魔物なら未だしも、マガリイノシシを着飾っても可愛いはずないんだけどな。
「ど、どうですか? 可愛いと思いませんか?」
「そ、そうですね。とても可愛いと思いますよ!」
急に問い掛けられ戸惑った使用人は引きつった笑みを浮かべながら苦し紛れに返答する。
他の使用人もそれに便乗するように、うんうんと強く頷いていた。
大体この衣装、明らかにペット用の衣装じゃないか。他にペットでも飼っているのか?
それにどれもフリフリで女の子ものだし……俺をメスと勘違いしているのか?
ペット用の服まで、体格に合わせて伸縮自在だなんて……もう何でもありなんだな、この世界。
「じゃあ、次はこの衣装にしようかな。絶対可愛いはず!」
嫌ぁぁぁぁぁぁぁ! もうやめてぇぇぇぇ!




