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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
99/159

FILE-97 召喚系と転移系

 旧学棟――探偵部会議室。


 アレク・ディオールは室内の中央で黒焦げになっていた。


「……これはこれは、少々困った事態になってしまったようです」


 特に困った口調ではなかったが、アレクは罅割れた片眼鏡の位置を直すと、再び瞬間転移のルーンを発動させる。


 だが――バチィイッ!! と。


 放電したような火花が飛び散り、アレクはより焦げ臭さを増した姿となって戻ってきた。先程から何度試しても同じ結果だった。

 アレクは意識を集中させれば転移先のルーンがどこに刻まれているのか感覚的に知ることができる。それが例え地球の裏側だろうと、異空間に造られた都市から遠く離れたバトルフィールドだろうと、同じ位相の空間内に存在するのであれば変わらない。

 つい数十分前、転移できる箇所が一つ増えた。それはつまりアレクの主人であるフレリア・ルイ・コンスタンが現在位置に転移のルーンを刻んだことを意味している。おかげで彼女が砂漠エリアにいることはわかったが、どう足掻こうがそこにアレクが転移することは叶わなかった。


「アレクさん! もうやめてください!」


 見兼ねた白愛がついに悲鳴を上げた。今にも泣き出しそうな彼女にアレクはいつもの穏やかな微笑みを向ける。


「ご心配には及びません、白愛嬢。焦げているのは服だけでございます」


 そう言ってアレクは襤褸切れとなった執事服の上着を脱ぎ棄てる。強がりでもなんでもなく、ルーン文字の刺青がビッシリと刻まれた肉体には焦げ跡一つとしてなかった。


「アレクの旦那のことは聞いちゃいたが、実際に見るとすげえな」

「ぼくもルーンを刻んでもらえればもっと強くなれるかな?」


 土御門とフェイが感心したようにアレクの引き締まったボディを見詰めてくる。


「ルーンを肉体に直接刻むことには相性等の問題がありますので、フェイ様が私と同じようにされて強くなれるかどうかは保証いたしかねます。というより、ここまで多くのルーンを刻むことは普通の人間では不可能でしょう」

「ん? それってどういう――」


 眉を顰めた土御門が質問する前に、アレクは瞬間転移でその場から消えた。今度は火花が散ることはなく、十秒ほどで元の位置へと戻って来る。


「失礼。お嬢様方もおられますので、着替えてきました」

「はえーよ。オレだったらその服着るのに五分はかかりそうだ」


 新品同様の皺一つない執事服を完璧に着こなすアレクに土御門は呆れた顔をしていた。ちなみに割れていた片眼鏡も取り換え、乱れた髪もしっかり整えられている。


「あの、やっぱりまたフレリアさんのところに転移されるおつもりですか?」

「……(無謀)」


 リノとチェリルが心配そうに訊ねてくる。声を出せないチェリルは持参のメモ帳での筆談だ。


「いいえ、少なくとも私では不可能だということは判明いたしました」


 アレクは先程脱ぎ捨てた焼け焦げた執事服を回収しつつ首を横に振る。


「どうやら、彼のバトルフィールドには参加チケットに込められていた転送魔術以外からの転移を弾く結界でも張られているのでしょう。もしくは参加者を転送した直後に外部から接触を完全にシャットアウトした、といったところでしょうか」


 回収した執事服の切れ端を塵一つ残さずゴミ袋に詰めたアレクに、腕を組んだ土御門が疑問を投げかける。


「でもよ、それなら召喚系の魔術だって使えないだろ。オレら陰陽師みたいに護符に式神を封印して持ち込んだってんならわかるが、幽崎の野郎はそうじゃねえはずだ。あいつ、普通に悪魔を召喚してたぞ?」

「おやおや、土御門様は召喚系と転移系の違いをご存じないので?」

「あぁ? 呼ぶか行くかの違いじゃねえのか?」

「そこではありません」


 能動的か受動的かの違いは当たり前。問題は物体を別の場所から別の場所へと移動させるプロセスにある。


「転移系はあくまで同空間移動。物理的な壁であれば無視できるでしょうが、結界等に阻まれていては転移できません。対して召喚系のほとんどは異空間移動になります。異空間を経由、もしくは異空間そのものからなにかを呼び出すのですから結界など意味はありません」


 転移系の中には学院の『ゲート』のように異空間を行き来する物もあるにはあるが、それは特殊な上に元の空間へと戻るにはもう一度術を発動する必要がある。

 もしかすると、参加チケットは転移系ではなく、持ち主をバトルフィールドに迎え入れる召喚系だったのかもしれない。解析を間違えたとは思いたくないが、時間も限られていては見落としもあるだろう。


「皆さん見てください! 砂漠エリアのオアシスが映りました!」


 リノがモニターの前に全員を呼ぶ。先程まで延々とCMが流れていたモニターには、確かに夜の砂漠の景色が映っていた。


「……(オアシスに豪邸?)」

「えっと、間違いなくフレリアさんですよね、これ」


 チェリルのメモ帳を見て白愛が苦笑を浮かべる。「凄いです」「……(住んでみたい!)」とテンションを上げ始める〈世界樹の方舟(アーク・セフィラ)〉の子供たちの中で、リモコンを持っていたフェイだけが深刻そうな表情をしていた。


「土御門のお兄さん、ぼくの勘違いだったらいいんだけど、画面にここが映ったってことは……」

「ここで戦闘が、始まる……ッ!?」


 瞬間、この場にいる全員が事態の深刻さに気づいて顔を青くした。


「あ、誰かがオアシスに近づいてきます!」


 リノが画面を指差す。そこにはずっしりとした体型の大男が真っ直ぐにオアシスに向かって歩み寄っていた。


「あれは……祓魔師のでっかい人!」

「ふむ。一瞬しか見覚えありませんが、確かお嬢様を追いかけ回していた不埒者でございますね」

「待ってください! 元々アレクさんが後から駆けつける予定だったのに、それができないってことは……」

「やばいぞ! フレリアちゃんが危険だ!」


 皆が慌てる中、一人だけ落ち着いているアレクは白い手袋を嵌めた手を顎に持って行く。


「これは本当に困りました」

「困ったで済むか! 祓魔師の連中は大将たちを殺すつもりなんだろ!」

「それは違うでしょう、土御門様。少なくとも、こうしてカメラが回っている前で失格になるような行為はしないはずです。都市へ強制転送された後はわかりませんが」

「どっちにしろなんであんたはそんな落ち着いてんだ! あんたが行けなけりゃフレリアちゃんがやられちまうだろうが!」

「ええ、これは忌々しき事態です。私がお嬢様の代わりに戦えないということは――」


 アレクはニコリと優し気な、それでいて冷徹な微笑みを浮かべて祓魔師の男を見る。



「彼、死ぬかもしれませんね」


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