表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
98/159

FILE-96 戦場の夜

 大会は初日から予想を超えた波乱を見せていた。

 大多数がチームの合流と拠点の確保に動きながらも、遭遇の度に小競り合い以上の戦闘が勃発していたからだ。


 それは参加者の多くがチームでの優勝など二の次で、ただ単に合法的な戦闘で己の力を誇示したい連中ばかりだったからだろう。

 だが、そういった動きも時間が経つにつれて少しずつ収まっていった。

 戦いは三日間。初日から戦い続けていたら体力も魔力も尽きてしまう。ほどほどのところで切り上げ、誰もが合流と拠点確保を優先し始めた。


 そして――数時間が経過した。


 現在は午後九時を回っている。大会開始が午後一時からだったため、既に八時間以上が経過していることになる。人工の太陽はとっくに沈み、戦場となっているフィールドにも当然、夜の帳は静かに下りていた。

 明るい内は各地から響いていた戦闘音もすっかり落ち着き、森も草原も荒野も岩山も砂漠も湖も嘘のような静寂に包まれている。


『さてさて、ここで一日目の中間発表を行うよ!』


 そんな戦闘フィールドの様子を映した学院中のモニターから司会実況のテンション高い声が響いた。


『全二十四チームの内、なんと七チームが初日で全滅ドロップアウト! 魔力結晶を失って退場した参加者は五十一名にも上る!』


 それは初日で参加者の約半数が戦場から消え去ったことを意味している。全滅はしていないものの、ほとんど壊滅状態のチームも存在しているだろう。

 画面に参加チームの現在の生き残り状況がリストアップされる。チーム名が灰色になっているものが退場したチームであり、チーム名の横に書かれている数字が残り人数だ。

 この中間発表は投映魔道具を通して戦闘フィールドにも通達されている。これからそれを見て聞いて諦める者も少なからず出てくるだろう。リタイアするのは簡単だ。自分で自分の魔力結晶を叩き割ればいい。


『この通り、未だ五人全員が生存しているチームもいるぞ! そして全員とはいかなかったが、無事に合流を果たしたチームも何組かいるようだ!』


 最も戦闘の激しかった中央湖のエリアには現在、生存競争を勝ち残った五組のチームが湖面を挟んで睨み合っている。夜になったためお互い動けず膠着状態が続いているようだ。

 面積の広い森林エリアにはかなりの数の参加者たちが身を潜めている。そして草原エリア、荒野エリアと続く。開幕に大規模な乱戦のあった岩山エリアは過疎化しており、人が長期滞在できる環境ではない砂漠エリアなどは片手の指で数えられるほどしか残っていない。


『もうすっかり夜。今のところ戦闘は発生していないね! だけどしかーし、日本の諺に「嵐の前の静けさ」ってもんがある! 夜だからと言って大会は中断なんてしない! ここから動き出すチームもあるかも……しれないね!』


 ここでなんか動きがあるまでCM入りまーす、と適当な調子で告げられた言葉の後に画面が化粧品のコマーシャルへと移行した。


        ☆★☆


 北東――森林エリア。中央湖付近。


 黒羽恭弥、幽崎・F・クリストファー、甲賀静流の探偵部チーム三名は大樹に登って身を潜めていた。


「レティシア殿とフレリア殿とは合流できなかったでござるな」

「とっくに倒されちまってる……ってわけじゃねぇな。俺らのチームは五人全員残ってやがる。ヒャハ、あいつら戦闘能力は大したことねぇと思ってたのにやるじゃねぇか」

「早めに合流したいが、今は夜だ。どこにいるのかわからない現状で闇雲に動くわけにはいかない」


 当然、夜になればどこのチームも警戒心が高まっているだろう。間違いなく至るところに罠が張られている。恭弥たちなら暗闇でも罠を発見し回避することは容易だろうが、それでも大きな移動は避けるべきだ。


「食事を取っておけ」


 恭弥は十秒でチャージできるゼリーを懐から取り出し、幽崎と静流にも放り渡した。受け取った幽崎はあからさまに嫌な顔をする。


「黒羽、まさかと思うが、てめぇいつもこんなもん食ってんのか?」

「効率がいいからな」

「ねぇわ!」


 幽崎はゼリーを飲まずに放り捨てた。地面に落下していくゼリーの容器を静流が「勿体ないでござる!」とキャッチする。


「こんなんで腹の足しになるか! ちょっと待ってろ!」


 幽崎はナイフを取り出すと、自分の人差し指を軽く傷つけた。つーっと僅かに流れる血を樹皮に擦りつけ、それを媒体に一体の悪魔を呼び出す。

 それは影でできたような黒く丸い体に、小さな羽と裂けた口だけを持つ小型の悪魔だった。


「入れてたもん出せ」


 幽崎が命令すると、悪魔の口が自身の体の体積よりも大きく広がり――その奥からお茶のペットボトルとコンビニ弁当を三人分吐き出した。


「俺からのサァービスだ。食え」

「お前の食糧だろ?」

「非常用に余分に入れてんだ。てめぇのゼリーだってそうだから俺らに配ったんだろうが」


 渋々と弁当を受け取る恭弥。今は戦場にいるのだ。早く栄養を摂取できて味も悪くないゼリーの一体どこが悪いと言うのか。


「拙者のはトンカツ弁当でござる! 師匠にはすまないでござるが、拙者もこっちがいいでござるね」


 ゼリーの一体どこが悪いと言うのか。


 納得がいかないまま、恭弥は包装を破って弁当を食べ始めた。ゴミは先程の悪魔が食べて(?)くれたため、ここに恭弥たちがいたという証拠は残らない。

 三人が食べ終わったところで、用済みになった悪魔は闇夜に溶けるように消え去った。


「それで、どうするでござる師匠? このまま夜を明かすでござるか?」

「いや、夜襲をかけていくつかのチームを潰しておく」


 恭弥は中央湖の方角に目を向ける。そこには微かな明かりが五つ灯っていた。自分たちの居場所を教えるような行為は、彼らが馬鹿ではなければ罠または牽制だろう。


「いいねぇ。中央には五つのチームが陣取ってるみてぇだが、どこから潰す?」


 幽崎が好戦的な笑みを浮かべる。静流も心なしか瞳を輝かせていた。

 この戦闘狂どもと共闘すると思うと頭が痛くなりそうだ。元々、恭弥自身もチームで戦うことは訓練してはいるが好きではない。

 だから――


「俺たちにチームワークは期待できない。近いところを三つ同時に襲撃する」

「ひゅー♪」


 幽崎がわざとらしく口笛を吹いた。単騎で突撃するのはこいつも望むところなのだろう。


「殲滅が完了するか、一人では勝てないと判断したら一度ここに戻れ。他の二チームも異変に気づいてアクションを起こすはずだ」

「了解でござる」


 三人は最後に一度だけ視線を交わすと、それぞれ別々の方角へと音もなく移動を開始した。


        ☆★☆


 南東――森林エリア。大樹の洞。


 レティシアは自分一人くらいならなんとか身を隠せるその中で、ショートブレッドを齧りながら改めて占術を行っていた。


「――この場所が安全でいられるのはあと二時間くらいってところね。少し休んだら移動しないと」


 並べられたタロットカードを捲りつつ、頭に浮かんできた結果に溜息をつく。

 もちろん、占いであるため絶対に当たるわけではない。だが、レティシアは自分の占術に自信を持っている。〈蘯漾〉から貰った宝貝よりこちらを指標にした方がいい。


「恭弥たちもそう遠くないようだし、今夜中には合流できるかしら?」


        ☆★☆


 南――荒野エリア。


 くすんだ赤毛の美女――九十九は簡易テントの前で集まった仲間と焚火を囲んでいた。焚火には小さめの鍋がかけられ、ニンジンとジャガイモと鶏肉だけの簡単なシチューが煮えていた。


「一人減ってしもうたけど、問題はないえ。あてらはあてらの作戦をきっちりこなしたらええ」


 部下が鍋を掻き混ぜる様子を見ながら九十九は言う。夜中に明かりは自分たちの居場所を教えることになるが、その点は幻術で巧妙に隠蔽されている。遠くからでは昼間でもただの荒野が広がっている風景しか見えないだろう。近づけばそうでもないが、幻術の存在を他者が認識できる距離とはつまり彼女たちの射程内である。


「とはいえなぁ、〈蘯漾〉に〈グリモワール〉に幽崎はんのおる『探偵部』……人数減っとるんはあてらと〈蘯漾〉だけやないの。最終的にぶつかった時、あてらが不利にならんようせなあかんなぁ」


 敵を排除するまでは仲間。その先を見据え、九十九はクツクツと妖艶に笑った。


        ☆★☆


 南南東――森林エリア。中央湖と荒野エリアの丁度境目。


 部下の二人と合流した王虞淵は、繁みに潜みつつ投映魔道具が中継した中間発表の映像を見て残念そうに肩を竦めた。


「おやおや、僕らのチームは二人も脱落しちゃったみたいだねぇ。腕自慢と言っても所詮はガキってことかねぇ」


 学院に潜入させている者は王虞淵を含め、全員が二十歳以下の少年少女だ。学生としてあまり不自然のない年齢で絞り込んでいる。これは〈ルア・ノーバ〉や〈グリモワール〉、他の組織も同じだった。

 唯一〈燃える蜥蜴座〉だけがリーダーとして二十歳前半の男を送り込んでいたが、あの襲撃を逃れられなかったのだから実力は大したことないのだろう。


「これからどうされますか?」

「うんうん、そこだよねぇ。僕らだけで動くのは流石に厳しいんだけど……」


 部下の問いかけに王虞淵は悩むように顎をさする。それから閉じたままの目を北に向けて――その先にいる三人の様子を『視』た。


「彼らが中央に仕掛けるみたいだから、そのお手伝いをしてあげようか」


        ☆★☆


 北――岩山エリア。


 集合した祓魔師たちは岩陰に隠れて野営を行っていた。


「謝罪。〈蘯漾〉のリーダー・王虞淵を取り逃がしました」


 頭を下げるベッティーナを、薄気味悪いぬいぐるみをぎゅっと抱き締めたロロが頬を膨らまして睨んだ。


「謝っても結果は変わらねーんですよ。その魔巧義手と義足は飾りですか? ロロなら術式の打ち合いになる前に足の一本でも捥いで逃げられなくしてやるです」

「まあまあ、ロロたぁん。ベティたぁんも頑張ったんだし、敵の手札がわかったから次は大丈夫と思うんだな」

「うっせえですよ肉団子は黙ってろです!」


 仲裁しようとするダモンにもロロは噛みついた。そして八つ当たりするように干し肉を噛み千切る。岩山エリアに来るまでにも大勢の参加者を蹴散らしてきた彼女は非常に機嫌が悪かった。とはいえ、あんな目立つぬいぐるみに乗ってドシドシ歩いていたのだから当然だが……。


「つか、ディオンの野郎はどこでなにやってやがりますか!」


 祓魔師たちはこの場に四人しかいない。一番離れていたディオン・エルガーが遅れるのはいいとして、いつまで経っても現れないことがロロの苛立ちに拍車をかけていた。

 倒されているわけではない。中間発表だと彼女たちのチームは全員生存している。


「奴はもう放っておけ」


 岩陰からリーダーであるファリス・カーラが姿を見せる。彼女はどこかと通信していたのだろう。耳元にあてていた通信機を取り外して制服のポケットに仕舞った。


「それより全員聞け。我々の敵のおおよその現在位置が判明した。充分に休息を取った後、近いところから襲撃する」


 告げると、祓魔師三人の表情が引き締まった。ファリスは視線をまっすぐに中央エリアの方角へと向ける。


「このまま五キロほど南下した場所に〈グリモワール〉と〈地獄図書館(ヘルライブラリ)〉のチームがいる。ベッティーナ、ロロ、私の三人で奴らを殲滅する」

「ファリスたぁん、おいらは?」

「岩山エリアに来る途中、オアシスがあったのを覚えているか?」

「うん。休みたかったのにファリスたぁんが急げって言った場所なんだな」


 残念そうに項垂れるダモン。ファリスはその時に寄っていればと内心で後悔しながら、先程の通信で得られた情報を口にする。


「そこにフレリア・ルイ・コンスタンがいるようだ。たった一人でな。ダモン、貴様はそこを襲撃しろ」

 


        ☆★☆


 北西――砂漠エリア。オアシス。


「ん~、おかしいですねー?」


 フレリアは錬金術で錬成した豪邸の床に刻んだルーンを見下ろして首を捻っていた。


「アレク、来ませんねー」


 ぐきゅるるるぅ、と両手で抑えたお腹から可愛らしい音が鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ