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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
97/159

FILE-95 目撃

 爆撃のような轟音と共に中央エリアの大地が微かに揺れた。

 瓢箪の縊れを緩やかにしたような形をした湖の周囲は深い森に囲まれており、今の衝撃で木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び逃げて行く。


 波紋を残す湖のとある岸辺には、まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターが形成されていた。

 その陥没した地面の中心に佇むのは、熊と兎を合成したような継ぎ接ぎだらけの巨大ぬいぐるみだった。


「こちらロロ・メルです。鬱陶しくも挑んで来やがった雑魚どもはあらかた片付いたです」


 ぬいぐるみの肩に腰かけた小柄な少女――祓魔師チームのロロ・メルは、その辺に散らかるように突っ伏して意識を失っている一般生徒たちを冷めた目で見回した。

 魔力結晶を奪われ、一人また一人と都市へ強制送還されていく。


「とりあえず落ち着いたみたいですが、ここって目立ちやがるので今後もたくさんの参加者が押し寄せて来るんじゃねえですか?」

『どうやらそのようだ。我々の敵は一般生徒ではない。無駄な戦闘を避けるためにも、拠点の場所は変更せざるを得ないな』


 通信魔道具から聞こえてくる声はリーダーのファリス・カーラのものだ。学院での階級は第四階生(フィロソファス)のロロが上だが、祓魔師としては最高位の聖王騎士(パラディン)である。最初は新入生にリーダーを任されて妬ましい気持ちもあったが、正直面倒そうなので今は特に異論はない。


「ロロの戦闘は無駄だったって言いやがるですか?」

『いや、おかげで参加者たちの流れを把握できた。やがてそこは陣地争いの中心となる。我々がそれに参戦するわけにはいかん』

『えー、じゃあどうするのぉ? ファリスたぁん?』


 喉に物が詰まって圧迫されたような声。ファリスは無事にダモンと合流できているようだ。


「また戦闘になる前に離脱するですが、どこに向かったらいいんですか?」


 周囲を警戒しながらロロはぬいぐるみに乗ったまま移動を始め、ファリスに指示を仰ぐ。


『中央がダメなら全体を見渡せる場所……岩山エリアがよかろう。ベッティーナ、貴様は今どこにいる?』


 確かベッティーナの初期位置は岩山エリアだったはずだ。彼女は祓魔師チームの中で最も機動力がある。大会開始から二時間と少し。もうとっくに中央エリアに入っていてもおかしくはない。


『応答。岩山エリアの麓付近かと思われます』

『貴様の足でまだそこなのか?』

『肯定。十人ほどの参加者と乱戦になっていました。岩山エリアにいたほぼ全員が当方に向かって来たように思われます』


 湖を迂回するルートでぬいぐるみを北へと向かわせながらロロは首を捻る。


「妙ですね。仕掛けた奴がいるんじゃねえですか?」

『予測。直前に数度、探知魔術の発動を感知。九十パーセントの確率で存在しているでしょう』

『貴様に参加者たちを仕向けたということは我らの敵かもしれん。探し出して狩っておけ』

『了承。一人〈ルア・ノーバ〉の構成員を討ち取りましたが、他にも存在している可能性を考慮して行動します』


 了解の言葉を最後にベッティーナとの通信が途切れる。岩山エリアの探索は彼女ならばロロたちが合流する前に粗方終えてしまうだろう。


『では各自、北の岩山エリアを目指せ。ディオン、聞こえていたか?』


 荒野エリアにいたディオンはずっと応答がなかったが、ファリスから呼びかけるとジジッと耳に障るノイズが聞こえた。

 続いて金属を打ち合わせるような衝突音と、怒号。

 明らかに戦闘中だった。


『りょう~か~い♪ りょう~か~い♪ でもお~れ~が一番遠い~♪ しかも戦ってるな~う♪ 数時間じゃ無理だぜ~い♪』

『まともに喋れないのか貴様は? まあいい。時間は指定しない。だがなるべく急げ』


 ファリスはそう指示を出して通信を切った。ロロは通信魔道具を制服のポケットに仕舞うと、ドカドカと大股で走るぬいぐるみの顔に抱き着くように凭れ掛かる。


「はぁ、移動とか超面倒臭えですが、雑魚が群がってくるよりはマシですかね」


 目立たないようにするなら自分の足で走るべきだが、それは死ぬほどだるいのでロロは戦闘になれば一般生徒だろうと遠慮なく蹴散らすつもりだった。


        ☆★☆


「うんうん、まあ、勝てないよねぇ」


 岩山の陰からベッティーナ・ブロサールを含めた参加者たちの乱戦を見物していた王虞淵は、予想以上に彼らが使えなかったため小さく溜息を洩らした。

 わざとわかりやすく探知魔術を発動させて参加者たちを呼び寄せたのはよかったが、足止め程度にしかならなかった。もう少し疲労させてくれたら王虞淵がトドメを刺そうと考えていたのに、半機械人のベッティーナは息すら切らしていない。


「ん? 仲間の祓魔師と通信しているのかな?」


 立ち止まったまま動かないベッティーナを『視て』王虞淵はそう判断する。こちらの意図にも気づかれただろう。一番都合がいいのは乱戦の中にいた〈ルア・ノーバ〉が犯人だと勘違いしてくれることだが――


 フッ、と。

 生温いなにかが体を通過したような感覚がした。


「あ、まずいねぇ」


 探知魔術だ。

 岩山エリアにいた参加者のほとんどは倒されたため、今探知に引っかかるのはベッティーナを嵌めた犯人――つまり王虞淵だけである。


 一応探知に引っかからないよう魔術的にステルス状態になっていた王虞淵だが、それで引っかからないのは低位の魔術だけである。逆探知を恐れることのないベッティーナが今使ったのは高精度広範囲の探知魔術だった。

 つまり――ベッティーナが迷わずこちらを振り向く。


「バレちゃったねぇ」


 王虞淵は即座に後ろへと飛んだ。ベッティーナとの距離は五百メートルほどはあったが、数秒後にはさっきまで王虞淵がいた場所に義手義足の少女が立っていた。


「発見。データ照合。〈蘯漾トウヨウ〉の首領――王虞淵と判明しました」


 敵意もない無表情が王虞淵を見下す。


「これより殲滅を開始します」

「やってみるといいよ」


 王虞淵が口の端をニヤリと歪める。瞬間、ベッティーナが立っていた岩に無数の『目』が開いた。


「――ッ!?」


 気づいたベッティーナが飛び退くと同時、ぎょろりと動く悍ましい『目』から岩全体を覆い尽すほどの強烈な輝きが放出された。

 爆音。光が止んだ時、ベッティーナが立っていた岩が跡形もなく消滅していた。


「仙術。宝貝と判断します」


 王虞淵の下へと飛び降りるベッティーナは空中で術式を発動させる。


「抜剣。聖具――〈フラガラッハ〉」


 ベッティーナの周囲にいくつもの魔法陣が展開。それぞれから湾曲剣が射出されるように飛び出し、王虞淵へと殺到する。

 王虞淵はバックステップで串刺しにせんと迫る湾曲剣を回避した。


「おっとっと、怖いねぇ。まともに戦ったら僕でも勝てないかも」


 微塵も焦った様子を感じさせない間延びした口調でそう呟く王虞淵。着地したベッティーナに瞼を閉ざしたまま視線を向け、ヒラヒラと手を振った。


「というわけで、悪いけどここは退散させてもらうよ」

「逃走。阻止します」

「うんうん、そうだろうねぇ。でもねぇ、僕だって仕掛けたからには見つかるリスクもちゃんと計算しているんだよ?」


 王虞淵は振っていた手を止めてパチンと指を鳴らした。


 刹那、地面に夥しい数の『目』が開く。


「不覚ッ!?」


 まるで魔法陣を描くように配置された妖しい『目』たちが一斉に輝きを放った。今度も強烈な爆光と共に鼓膜を突き破る勢いの爆音が轟く。

 咄嗟にその場を離れようとしたベッティーナを凄まじい衝撃が打ちつける。吹き飛び、岩山に衝突して壁に減り込んだ彼女だが、ダメージとしては微々たるものだろう。


「被弾。軽傷。迎撃します」


 義手に備えつけられていた刃を起動させる。刃は祓魔術の聖光を帯びて拡張し、巨大な光の刀剣となって巻き上がる土埃を一閃の下に吹き飛ばした。


 空中に展開されていた無数の『目』が星のように瞬いていた。


「なっ!?」


 ベッティーナの顔が初めて驚愕に歪んだ。

 そんな彼女の様子を王虞淵は閉ざした瞼の裏から眺めていた。ただし既に離脱しており、岩山から離れて森の中を駆けている状態だ。


「僕を追ってくるなら、この攻撃を凌ぎ切ってからだねぇ」


 不敵に笑う王虞淵の『目』たちが、〈フラガラッハ〉を展開して対抗しようとするベッティーナに斜め上空から一斉射撃を開始した。


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