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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
96/159

FILE-94 Magic of Minor Arcana

「あーもう!? しっつこいわね!?」


 荒野で襲ってきた上級生の男から逃げつつレティシアは喚いていた。相手は一般生徒。レティシアたちの事情とはほぼ無関係の無駄な戦闘で力を消耗したくないから逃げたのだが、すぐに撒けると思っていたが意外と……いや、もうかなり執念深い。

 相手としては倒せそうな相手を倒せる時に倒そうという考えなのだろう。


 ――あたし、舐められてるのかしら?


 一般生徒とはいえ、こちらも優勝を狙っている以上、いずれは倒さないといけない相手である。このまま逃げ続ける方が逆に体力を消耗してしまうだろう。

 面倒だが、倒すか追って来られなくする必要がありそうだ。


「お?」


 寧ろ鬼ごっこを楽しんでいるような笑みさえ浮かべて追走していた上級生は、急に立ち止まって振り返ったレティシアを見て反射的にブレーキを踏んだ。ずがががが、と足の裏で地面が数メートルも抉れる。


「ついに諦めデースか? まあ、新入生が第六階生(アデプタス・メジャー)のミーからここまでエスケープできたのデスからプライスしてあげまショーウ!」

「いらないわ。それよりあたしを追いかけたことを後悔しなさい」


 レティシアはカードケースの一つから一枚のカードをランダムに抜き取る。運に左右されるが、そこに入ってあるカードについてはなにを引いても構わなかった。


「『NINE OF SWORDS』――『ソードの9』の正位置。悲しみ。絶望。罪悪感。眠れない夜に苦悩の刃を!」


 カードが淡く輝き、レティシアの周囲に九つの長剣が出現した。浮遊するそれらは敵目がけて射出され、鍛え上げられた肉体に吸い込まれるように突き刺さった。

 血は出ない。この剣がダメージを与えるのは肉体ではなく精神だからだ。


 小アル(Magic of)カナの(Minor)魔術(Arcana)


 レティシアが主に使っているのは二十二種類の大アルカナだが、タロットカードはそれが全てではない。(ワンド)(ソード)聖杯(カップ)硬貨(ペンタクル)の四スートに分かれる小アルカナがある。各スートは小姓(ペイジ)騎士(ナイト)女王(クイーン)(キング)の人物札と、A~10までの数札から成り、全部で五十六種類になる。トランプによく似ている構成だ。実際、トランプとタロットの関連性は諸説ある。


 レティシアは大アルカナと小アルカナ四スートをそれぞれ分けてカードケースに入れている。無論、そんなものは占術では使えない。戦闘用だ。

 だからこそ、ある程度意味の方向性が決まっている小アルカナならランダムでなにを引いてもよかった。


「おおおおおおおううぅッ!?」


 ニヤケていた表情を苦悶に歪める第六階生の男子生徒。精神に刺さった九本の刃はなんでもないことにすら深い絶望を与える。


「ほら、言ってみなさい。あたしを追いかけてごめんなさい。呼吸をしてごめんなさい。生まれて来てごめんなさいって」


 男子生徒は堪らず膝をついた。だがそれ以上屈服することはなく、レティシアの言葉に対する返答もない。


 ――抵抗されてる? やっぱり第六階生にもなると手強いわね。


 レティシアはもう一枚ソードのカードを構える。しかし、これ以上は流石に彼の精神を破壊し兼ねない。物理的な魔術では間違って殺してしまうかもしれないと危惧したわけだが、ここはそちらに切り替えた方がいいのだろうか?


「……ハハッ」


 男子生徒が笑った。


「これはなかなかストロングなメンタルアタック。デースが、ミーを支配できるのは……このフィールドのどこかにいるミーのフィアンセだけデース!」


 そしてなんかわけのわからないことを叫ぶと、彼の胸に刺さった九本の剣が霧を払うように掻き消された。


「まさか、精神強化で弾いたの?」

「このくらいのガードができなくて第六階生になることはインポッシブル!」


 叫ぶと同時に彼はポケットから取り出した手袋を嵌めた。その手袋の甲に刺繍されていた魔術文字が輝くと、彼の両腕に赤い光が灯った。


「今度は肉体強化ってところね」


 向こうはレティシアを叩き潰すことに容赦はなさそうだ。


「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 男子生徒はテンションの高い叫び声を上げて躍りかかってくる。速い。先程の鬼ごっこでは手加減していたのか、その瞬発力は腕だけではなく足もなにかしらの肉体強化が施されていると思われる。


「くっ」


 あっという間もなく背後に回られたレティシアは、首にゴツイ腕を巻きつけられてしまった。チョークスリーパーで締めつけられた喉では呼吸もままならない。


「さあ、ギブアップするなら今デースよ?」


 本気になればレティシアの細い首など容易く圧し折ってしまえそうな筋力だが、そうしないのは彼が加減しているから――だけではない。


 ――あんまり好きな戦い方じゃないけど。


 レティシアの右手には四枚のカードが握られていた。それらは別のカードケースから適当に引いた四スートの小アルカナだ。


 (ワンド)は活力を、(ソード)は知性と論理性を、聖杯(カップ)は感情的エネルギーを、そして硬貨(ペンタクル)は物質的な価値を。

 それぞれのカードが持つ意味を自らに付与する。


「〈アルカナ武装〉――今のあたしは、たぶんあんたより強化されてるわよ」


 レティシアは左手で首に巻きついている腕を捻って引き剥がす。腕の関節が変な方向に曲がった男子生徒が悲鳴を上げるが、そこは容赦なく背負い投げの要領で地面に叩きつけた。


「ホワッツ!?」


 強化された肉体を女子の細腕で軽々と投げ飛ばされたのだ。男子生徒は目を白黒させて驚愕していた。


「新入生だからって甘く見たあんたが悪いわ」


 肉弾戦は得意じゃない。というか好きじゃない。それでも大会に出場するからには必要になるかと思って準備していてよかった。


「トドメよ」


 レティシアはカードを引く。今度は大アルカナのケースから選んで引いた。


「『THE CHARIOT』――『戦車』の正位置。不屈の意志。敵の征服。前進し、勝利をもたらす一撃を放つ!」


 向けられた『戦車』のカードに魔力が通り、一条の光線が放射される。

 その寸前――


「オゥ……まだ負けるわけにはいきませーん」


 飛び起きた男子生徒が『戦車』のカードを手で弾いたのだ。光線は明後日の方向に飛び、彼はそのまま遠くに跳躍してレティシアに背中を向けた。


「新入生のレディ! ここはエスケープしまーすが、次はお互いのチームで総力戦デース!」


 白い歯を見せてそう言い残すと、彼は颯爽という言葉が似合いそうな速度でどこかへと逃げ去っていった。

 レティシアは追わない。元々はこちらが逃げていたのだ。

 だが、一つわかったことがある。


「あたしたち以外の連中も気をつけないと、下手したら負けるわね……」


 たとえ一般生徒だろうと、強い者は強いということだ。


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