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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
94/159

FILE-92 五人対八人(ひとり)

 恭弥は決して幽崎から意識を逸らさず、森の中を北に向かって走っていた。

 並んで走る幽崎は、今のところ妙な真似はしていない。だが、いつ恭弥の予想を外れた行動を取るかわかったものではないのだ。


「おい、黒羽。向こうで雑魚同士が戦闘してやがるぜ。横槍入れないか?」

「勝手に潰し合っているなら放っておけばいい。それより先に甲賀と合流する」


 つい数分前だ。ある程度移動したので宝貝を使うと、反応が三つあった。一人は〈グリモワール〉の構成員、一人は〈ルア・ノーバ〉の構成員、そして最後の一人が甲賀静流だった。

 既に大会開始から一時間ほどが経過している。早くも脱落者が続出しているようだが、静流は当たり前だがまだ生き残っている。というより、数分前から移動していない。

 こちらが宝貝を使ったことはわかっているはずだ。受信側は送信者が誰なのかわからないが、すぐにソナーを返せば知ることはできる。それもなかった。


 昼寝でもしているのか? 怪我をして動けないのか? 宝貝の使い方を忘れたのか?

 考えられることはいくつもあるが――


「恐らく、戦闘中だ。あの甲賀が数分で倒し切れてないとなると、祓魔師の連中かもしれない」

「いいや、そいつはねぇな」


 幽崎は即座に否定した。


「なぜわかる? いや、そもそもさっきの横槍入れようとした件もなぜわかった?」


 幽崎が探知魔術を使った形跡はない。それなのに知覚範囲外の情報を正確に入手している節がある。


「簡単な話だ。探索用の悪魔をバラ撒いてんだよ。てめぇとよくつるんでる陰陽師が使う式神みてぇに、そいつらが知覚したもんが俺にも共有されてんだ」


 納得。幽崎も〈蘯漾トウヨウ〉に渡された宝貝を完全には信用していないらしい。恭弥も今はこれしかないから使っているが、最後まで持っていると罠に変わりそうな気がしてならない。


「で、この辺に祓魔師がいるとする。探索用悪魔なんて速攻見つかって潰されてんだろうよ。だが現状は一体も消えてねぇ。つまり、そういうことだ」


 一理あるが確証はない。戦闘力もない悪魔より目の前の敵を優先しているだけかもしれない。


 その時、近くから火柱が噴き上がった。

 静流の五行忍術だ。


「急ぐぞ」


 恭弥が走る速度を上げると、幽崎もそれに余裕でついてくる。すると幽崎はピクリとなにかに反応した。その口元が嫌らしく歪む。


「あぁ、やっぱり祓魔師じゃねぇな。胸糞悪ぃ魔力の感じがしねぇ」

「小僧の言う通りじゃな。これは祓魔師の奴らじゃないの」


 と、恭弥の胸元からぬっとチョコレート色の幼女が顔を出した。最初は幽崎に襲いかかろうとしていて抑え込むのが大変だったアル=シャイターンだが、今は一応落ち着いている。

 アル=シャイターンは幽崎と同じように悪魔的な笑みを浮かべ――


「じゃが、我が主の知らぬ連中でもなさそうじゃ」


        ☆★☆


《甲賀流五行忍術・陰ノ滅技――水剋・爆烈蒸気ノ術》


 噴き上がった火柱に大量の水が覆い被さる。水剋火。急激に超高温と接触した水は、炎を消す代わりに一気に気化して大爆発を起こした。


 水蒸気爆発。

 沸騰しそうな蒸気が熱風に乗って奔る。木々を薙ぎ倒しながら周囲に広がる爆発は、しかし一ヶ所に集まった敵だけを避けていた。


「発動前に消し切れなかった。術式と術式を重ねてくるとは、流石だね」


 グラツィアーノが数秘術による事象書き換えを行ったことで、チーム『特待生』の五人はかろうじて爆発から逃れていた。


「まさか特待生(ジェレーター)でもないただの新入生(ニオファイト)にこれほどの猛者がいるとはな」


 驚嘆を口にしながらランドルフが飛び出した。その後ろから足に筋斗雲を纏った曉燕が続く。

 ランドルフは拳に振動魔術を付与し、触れるもの全てを粉砕する一撃を放つ。だが、大振りされたそれは静流にとって避けてくださいと言っているようなものだ。当然かわして、その隙に二人目の静流がランドルフの巨体を蹴り飛ばした。


「ぐおっ!?」

「こんのーっ!」


 曉燕が如意棒を伸ばして振り回す。それを三人目と四人目の静流が日本刀で受け止め、さらに五人目が火行忍術――〈灼熱吐息〉で口元から炎を噴射して曉燕を後退させた。

 向こうではユーフェミアが唱えた炎の魔術を六人目が水行忍術で相殺し、遠方から狙撃してくるオレーシャの魔弾を七人目が弾く。八人目はグラツィアーノに解析する暇を与えないように連続で物理攻撃を仕掛けていた。


 甲賀流忍術奥義――〈八方分身ノ術〉。


 幻影などではない正真正銘の分け身。かといって静流の能力を八等分しているわけではない。どれもがオリジナルとほぼ同等の力を持つ、単純計算で数も力も八倍となる秘奧の術だ。

 欠点があるとすれば、持続時間が数分しかないというところか。

 だが、数分あれば大概の決着はついてしまう。


「僕としたことが、見誤ったかな?」


 八人目の日本刀をナイフで受け流しながらグラツィアーノが呟いた。


「分身のことは知っていたけれど、まさかそれでこうまで戦力差が逆転するとはね」

「拙者の分身を甘く見ない方がいいでござるよ」

「うん、理解したよ」


 八人目が逆袈裟に日本刀を振う。グラツィアーノは大きく後ろに跳んで回避した。


「グラツィアーノ、ここは一度退くべきではないか!?」


 オレーシャの声が響く。姿は見えない。気配の隠蔽魔術を使っているのか、まるでドームの中で反響しているかのように声から位置を特定することができない。


「そこでござる!」


 が、それは静流以外の話だ。静流の超野性的な勘は魔術の壁を越えて標的を見つけ出していた。

 七人目が投げたクナイが一本の木に吸い込まれていく。舌打ちが聞こえ、人影が別の木に飛び移った。


「撤退は賛成しないよ。ボクたちは彼女と戦うのは三度目だ。この分身がそう長くは保たないことはわかっている。時間を稼げば勝機はあるよ」

「シャオも逃げる気はないよ! 逃げたい人だけ逃げれば?」


 ユーフェミアが六人目、曉燕が三・四・五人目を同時に相手しながら反対する。ランドルフが地面を粉砕して一人目と二人目を遠ざけてからグラツィアーノを向いた。


「と、言っているが?」

「どの道、分身が消えるまで撤退は不可能だろう。どうにか凌ぐしかないね」


 数秘術が火炎を打ち消す。八人目は追撃せず、一旦グラツィアーノから距離を取った。


「やはりお主たちは強者でござるな。拙者、分身を使ってこれほど長く戦ったことはないでござる」


 一人目の静流が楽しそうな笑顔を浮かべる。するとその周りに他の七人も集結した。


「もっと勝負していたいでござるが、そろそろ分身の時間切れでござる故、次で一気に片をつけさせてもらうでござるよ!」


 言うと、八人全員が日本刀を握ったまま器用に胸元で印を結ぶ。


《木は大地に根を張り、養分を吸収し土地を痩せさせる》


 八人の詠唱が重なった。


《甲賀流五行忍術――〈木撲瀑砂(もくぼくばくさ)〉》


 刹那、静流たちとグラツィアーノたちの丁度中間地点の地面から、天を衝くような巨大な樹木が突き上がった。

 しかし、それが攻撃というわけではない。


「地面が!?」


 ランドルフが足下を見る。巨大樹の張った根がそこまで伸びていた。急速成長する代わりに地面の養分が根こそぎ奪われ、干からび、やがて砕けて砂と化す。

 その砂が、巨大樹を中心に吸い込まれるように滑り落ちていく。


「流砂か!?」


 滝のごとく流れる砂に足を取られ、グラツィアーノは堪らず尻餅をついた。


「みんなシャオに掴まって!」


 唯一空を飛んでいる曉燕が手を伸ばす。まずはユーフェミアが彼女の左手に掴まり、続いてランドルフが右手で引き上げられる。


「うぅぅうぅ、ルフルフおもーい……」

「……すまん」


 申し訳なさそうに謝るランドルフ。グラツィアーノは救出が間に合わず砂に流されていく。


「グラツィアーノ!」


 離れた木に隠れていたオレーシャが叫ぶ。


「問題ない! 解析完了だ!」


 数秘術を展開していたグラツィアーノは、流砂の深淵に飲まれる寸前で術式を書き換えた。巨大樹がガラス細工のように砕け散り、砂漠化した部分はまるで幻だったかのように元の森の地面へと戻る。

 術式を打ち消された静流はパチクリと瞬きした。


「やるでござるね。流石に、拙者一人で特待生(ジェレーター)を五人相手にするのは無茶でござったか」


 ポフン、とマヌケな音と煙を上げて分身たちが消えていく。一人となった静流だが、それでも戦意は全く衰えない。負けるとも思っていない。


「でも、楽しいでござるな!」


 分身は消えても他の術は使えるのだ。拮抗した勝負。静流は心の底からワクワクが加速していた。マフラーの下の唇がついつい緩んでしまう。


「奴はしばらく分身を使えない! 叩くなら今だね!」


 地面に降りたユーフェミアがマントの内側に仕込んでいた無数の短剣に魔力を通す。魔女宗の黒魔術により浮遊した短剣が一斉に静流へと射出された。


「まずは動きを止める」


 短剣を弾いたりかわしたりしていた静流の足元にオレーシャの魔弾が炸裂する。鳥黐(とりもち)状の粘着性物質が足に絡みつき、静流の身体を地面に縫いつけた。


「おっ、しまったでござる!?」


 焦りを覚えて鳥黐を外そうとする静流だったが、敵がそんな暇を与えてくれるはずがない。


「うぉおおおおおおおおおおおおおッ!?」

「アハッ♪ 今度こそシャオの勝っちーッ!!」


 振動魔術を纏ったランドルフと、如意棒を巨大化させた曉燕が飛びかかってきた。これは受けるしかないと覚悟を決めて静流は目を閉じる。

 だが、いくら待っても衝撃はやって来なかった。



「悪いな。五対一が卑怯とは言わないが、チームメイトを失うわけにはいかないんだ」



 目を開けると、そこには灰色熊のオーラを纏った黒羽恭弥が二人の攻撃を受け止めていた。


「師匠!」


 静流が歓喜に叫ぶ。それと同時に、後方から奔った黒い衝撃波がランドルフと曉燕を弾き飛ばした。


「あぁ? なんでてめぇらもう五人揃ってやがんだぁ?」


 森の奥から現れた白金髪赤目の少年が歪んだ笑みを貼りつけていた。彼の両脇にはサッカーボールサイズのタツノオトシゴのような悪魔が浮かんでいる。先程の衝撃波はその悪魔が放ったものだろう。


「幽崎・F・クリストファー……驚いた。まさか君たちが組んでいたなんてね」


 グラツィアーノが苦い顔をした。事前に参加チームの情報は公開されていたが、それはチーム名だけで個人の名前までは出されていない。手配は取り下げられていても幽崎は犯罪者である。そんな彼がチームメイトという事実は静流も硬く口止めされていた。

 と――


「幽崎……? うっ……」

「どうした、ランドルフ?」


 唐突にランドルフが頭を押さえて膝をついた。ユーフェミアが怪訝そうに顔を覗き込む。彼は真っ青な顔をして焦点の合わない目で地面を見詰めていた。


「ん? あー、ヒャハハッ! てめぇはあの時生贄にした雑魚じゃねぇか! なんだまだ生きてたのかぁ?」


 幽崎が獲物を見つけたように嘲笑を浮かべてランドルフに歩み寄った。


「生贄……? くっ、思い出せない……」

「おやおやぁ、もしかして記憶失っちゃってんの? ああ、可哀想に。可哀想だから思い出させてやろうかぁ? 命が吸われていく恐怖と絶望の記憶ってやつをよぉ!」

「お前!?」


 ユーフェミアが幽崎を睨みつけた時――


「幽崎、少し黙れ」


 このまま彼の心を破壊しかねない幽崎を、恭弥が強引に下がらせた。それから話題を変えるようにグラツィアーノに視線を向ける。


「どうする? このまま潰し合うか?」

「いや、やめておこう。お互い、ここで消耗するのは早過ぎる」


 グラツィアーノの判断は迅速だった。


「えーっ!? 戦わないの!?」

「駄々を捏ねるな、孫。勝ちたければ退くのだ」

「ぶー」


 近くの木の中から飛び降りてきたオレーシャに曉燕が膨れっ面を向ける。


「ランドルフ、一人で立てるか? 立てなかったとしても、ボクは君の巨体に肩なんて貸さないからな」

「ああ、なんとか大丈夫だ」


 曉燕以外は撤退を納得したようで、ぞろぞろと森の奥へと消えていく。最後までグラツィアーノがこちらを警戒していたが、やがてその気配も随分と遠ざかった。

 五人の気配が完全に途絶えた頃になって、幽崎が呆れたように恭弥に言う。


「黒羽さんよぉ、あいつら逃がしてよかったのかぁ? なんなら何体か悪魔召喚して追跡させてもいいぜ?」

「グラツィアーノはどうかわからんが、他の連中は無関係の一般参加だ。あいつも言っていたが、ここで消耗するよりは戦闘を避けた方がいい」


 そう答える恭弥はほとんど無表情だった。それが本音なのか建て前なのか。なにを考えているのか静流にはよくわからない。静流的にはまだまだ全然戦えたから、ちょっと残念ではある。


 そんなことより。


「しっしょーっ! 助かったでござる!」


 鳥黐から脱出した静流は恭弥に飛びついた。


「おい、離れ――」

「さあ、いざ尋常に勝負でござる! 師匠!」


 グラツィアーノたちが去ったのなら、今度は師匠に稽古をつけてもらえばいい。静流の思考回路は自分に都合よく巡っていた。


「……お前、チーム戦だってこと覚えてるか?」


 ウキウキしながら日本刀を構える静流に、恭弥はなぜか胃の辺りを押さえて溜息をつくのだった。

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