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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
86/159

FILE-84 予想外の援軍

 巨漢の祓魔師――ダモンはターゲットのフレリアを見失っていた。


「あれぇ? どこに行ったんだな?」


 キョロキョロと辺りを見回し、大剣を肩に担いで中庭を徘徊している。近くで戦っている甲賀静流とベッティーナ・ブロサールの余波で溶岩やら雷撃やらが飛んでくるが、ダモンは大剣を一振りするだけでそれらを豪快に弾いていた。


「ベティたぁんたちはもう少し周りを気にして戦ってほしいんだな」


 ダモンは迷惑そうに頭を掻いて呟いている。

 その様子を、フレリアは少し離れた建物の陰から眺めていた。


「ありがとうございますー。エルちゃんのおかげで上手く隠れることができましたー」


 フレリアは肩に乗せたハツカネズミに礼を言う。彼女――エルナが上手く誘導してくれたおかげでダモンを撒くことができたのだ。


(あなたが一番危なそうだったからね。ほら、今のうちにルーンを刻みなさい)

「はいですー」


 フレリアは取り出した白のチョークで地面のタイルにルーン文字を描く。しばらく待つとその文字が輝き、執事服を纏った片眼鏡の青年が転移してきた。


「お嬢様、ずいぶんとお時間がかかりましたね。おや? 他の皆様は?」


 アレクは一礼すると、怪訝そうに周囲を見回す。


「バラバラになっちゃいました。でも近くで戦っていると思いますー」

(一人ずつ回収して行くしかないわ。まずはレティシアから――)


「見つけたんだなぁ」


 ぬっと。

 巨漢が建物の隙間に顔を出した。ダモンは大剣を振りかぶり、建物ごとフレリアたちを押し潰さんと叩きつける。

 アレクがフレリアを抱いて飛ぶ。大剣の振り下ろされた建物は凄まじい衝撃に晒され、斬れるというより砕き飛ばされた。


「どちら様で?」

「敵さんですー」

(今は無視よ。戦っている余裕はないわ)


 御意、とアレクが頷き、ダモンがフレリアたちを振り向く頃には既に転移が完了していた。


        ☆★☆


 恭弥の指先から放たれた〈フィンの一撃〉が、ファリス・カーラの魔術で射出された巨大な十字剣を弾いた。


「黒羽恭弥、なぜ悪魔の力を使わない?」

「使う必要性がない」


 恭弥は幽崎のような悪魔使いではないのだ。どこまで行こうとガンドの魔術師。悪魔の力は強力だが、そもそも祓魔師を相手にそれを出せば逆に不利になってしまうことくらい想像できる。


「舐められたものだな」


 十字剣が雨となって降り注ぐ。恭弥は後ろに跳んでかわした。これら一本一本が退魔の聖剣だ。身に悪魔の王を宿している恭弥がまともに受ければどうなるかわからない。

 避けられることを先読みしていたファリスが恭弥に接敵する。十字剣による神速の剣撃を、恭弥は〈湖の騎士(ランスロット)〉の大剣――〈アロンダイト〉で受け止める。


 数度の打ち合い。


 単純な剣技では互角だ。高名な騎士の英霊と融合している恭弥にも遅れを取らないファリスは、流石は現聖王騎士と称賛できる。

 だが、お互いに剣技が全てではない。


「我が剣は聖にして正。世に害なす悪鬼神霊を討ち滅ぼす光なり」


 ファリスの祓魔術が十字剣に宿る。輝きを発した十字剣と組み合った瞬間、恭弥の〈アロンダイト〉は浄化されるように消え去った。


「――ッ!?」


 咄嗟に恭弥は距離を取る。人差し指を突きつけ、相手の体調を崩す〈ガンド撃ち〉を放つ。だがそれも、輝く十字剣の前に全て弾かれてしまった。

 ファリス・カーラには本来不可視である〈ガンド撃ち〉――つまり精神的な呪いが視えている。恭弥が悪魔の力を使わなくとも、霊的な術式が主流であるガンド魔術にとって祓魔師は相性が悪いようだ。

 幽体離脱や憑依などは自殺行為になる。

 そうなると、戦い方を変える必要があるだろう。


「一つ訊く。貴様はなぜ全知書を求める?」


 十字剣を構えたままファリスが問う。


「それはBMAとしてか? 俺個人としてか?」

「貴様個人としてだ」


 恭弥は怪訝に思う。BMAとしてならともかく、個人の目的を訊く理由がわからない。

 わからないが、個人なら答えたところで問題はないだろう。


「知りたいことがある。それだけだ」


 まともに答えるかどうかは別の話だが。


「そんなことは皆が同じだ。私が問うているのはその先、知ってどうする?」

「そっちこそ訊いてどうする? 世界をどうこうするつもりはない、とでも言えば見逃してくれるのか?」

「まさか。単なる興味だ。貴様ほどの術者がなにを願うのか、抹殺する前に訊いてみたかった」

「個人的な問題だ。話す義理はない」

「そうか。ならば死ね!」


 ファリスの周囲に無数の十字剣が出現する。それらは一斉に剣尖を恭弥に向け、ファリスと同時に突撃してくる。

 その直後――


 キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!


 どこからともなく、耳を劈くような奇声が響き渡った。奇声は超音波の領域に達し、恭弥とファリスは堪らず耳を押さえた。


「くっ……なんだ、この声は!?」


 ファリスが呻く。彼女たちの援護射撃、というわけではなさそうだ。鼓膜が張り裂けそうになっているのは恭弥も同じ。こちらの味方だとも考えにくい。

 数分間にも感じられた数秒が過ぎ、超音波がピタリと止む。

 と――


「恭弥!」

「無事でござるか師匠!」


 両手で耳を押さえたレティシアと静流が駆け寄ってきた。少し遅れてフレリア、エルナ、いつの間にか戻って来たらしいアレクの姿も見えた。


「間に合ったようですねー」

「今の声は、お前たちがやったのか?」

「いえ、ただ彼らはこちらの味方のようです」

「彼らだと?」


 やはり第三者の介入があったらしいが、その件を問い質す前に祓魔師たちも集まってきた。

「ファリスたぁん、ごめんなさいなんだな」

「不覚。当方も仕留め切れませんでした」

「あの逃がしやがったガキ、今度見つけたら叩き潰してやるです!」


 ドシドシと足音を立てる巨漢。両腕両足が機械の義手になっている少女。巨大化した継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみに乗った背の低い少女。

 敵味方、バラバラになっていた者たちが集合した。


「なにがあった? いや、ターゲットが揃ったのなら纏めて葬ることが先だ!」


 ファリスが体勢を立て直し、たった一歩の跳躍で恭弥に切迫して十字剣を振り下ろした。


 ガキィイン!!


 だがそれは、恭弥とファリスの間に割り込んだ小さな人影によって受け止められた。


「なに!?」


 驚愕に目を見開くファリス。彼女の十字剣を受け止めていたのは――腕だった。

 ただの腕ではない。赤い鱗に覆われた、蜥蜴のような腕だ。


「悪いね、祓魔師のお姉さん。悪魔は切れても、ぼくの竜鱗は切れないよ」


 まだ声変りもしていないソプラノ。竜の腕を持った少年は、十字剣の刃を握り締め、その容姿からは考えられない腕力でファリスを投げ飛ばした。

 着地したファリスは十代前半と思しき少年を見据え――


「貴様は……〈世界樹の方舟(アーク・セフィラ)〉の混じり物か」


 その正体を看破する。


「ファリス! そのガキです! レティシア・ファーレンホルストを逃がしやがったのは!」


 ぬいぐるみの祓魔師――ロロがキレ気味に叫んだ。恭弥がレティシアを見ると、彼女は「そうよ」と言って頷いた。


世界樹の方舟(アーク・セフィラ)〉――生まれつき魔術的な体質や能力が備わっていたせいで親に捨てられた子供たちを保護している孤児院組織だ。〈蘯漾(トウヨウ)〉の集会でも見かけていたが、彼らはまだ幼い子供だ。とっくに捕まったか、殺されてしまったと思っていた。


「〈世界樹の方舟(アーク・セフィラ)〉がなぜ俺たちを?」

「話は後だよ、BMAのお兄さん。――リノ!」

「はい」


 少年が名前を呼ぶと、恭弥たちの背後から一人の少女が歩み寄ってきた。こちらも十二~三歳くらいだろう。

 彼女は祓魔師たちの前に出ると――カッ! と両目を大きく見開いた。


「魔眼!? しまった、あの少女の目を見るな!?」


 ファリスが気づくも、遅い。

 彼女たちの体には、既に異変が起こっていた。


「か、体が動かないんだな……」

「チッ、石になっていくです」

「理解。あの少女は石化の魔眼」


 爪先から、指先から、まるで体を侵食されるように石になっていく祓魔師たち。ファリスが最後の力を振り絞り、十字剣を地面に突き刺して転移の魔法陣を展開させる。


「大会だ! 決着はそこでつけるぞ黒羽恭弥!」


 最後にそう吐き捨て、完全に石化したファリスたちは転移の光に包まれどこかへと消えていった。


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