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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
84/159

FILE-82 裏門と正門

 中国マフィア〈蘯漾(トウヨウ)〉の屋敷――裏門。


 王虞淵(ワングエン)に示された脱出ルートに我先にと飛び込んだ者たちは、その門の手前で立ち止まらざるを得なかった。

 誰もいなかったはずの裏口に、唐突に四人の学生が出現したからだ。


「そこをどけ! 我々は犯罪者ではない!」


 誰かが叫んだ。事実その通り、今この場にいる者たちは各国の諜報機関の者がほとんどだった。彼らは彼らで話し合い、一時的にチームを組むことにしていた。


「それはできないわね。あなたたちが何者だろうと関係ないの」


 応じたのは、大人びた艶やかな声の女性だった。

 足元まで届きそうな黒髪。長身でスタイルもいいが、〈ルア・ノーバ〉の九十九のように無駄に肌を露出してはいない。まるで生徒の模範とでも言うように、学院の制服をきっちりと着ている。


「〈蘯漾(トウヨウ)〉の集会に参加していた者は全員捕縛しろという命令よ。でも捕まえるだけなんて甘いわね。本来この学院の生徒ではないのなら――」


 女性は妖艶に笑う。



「うふふ、殺してしまうべきだと思うのよ」



 その楽しそうな声に殺気を感じ取った彼らは一斉に身構えた。が、次の瞬間、足元から突き上げてきた影のような黒い茨が何人かの心臓を貫いた。

 回避できた者も、次々と生え伸びてくる茨に捕らえられ悲鳴を上げて絶命していく。反撃で拳銃を発砲したり魔術を発動したりする者もいたが、それらは全て女性に届く前に茨によって防がれてしまった。


「あはははは! いいわねいいわね。もっと苦痛の歌声を聞かせてちょうだい!」


 断末魔が轟く中を黒い茨が踊る。その光景を女性は恍惚とした表情で眺めていた。


「や、やめてくれ! 自分は魔術エネルギー開発機構の者だ! 敵ではない!」


 制服の上に研究衣を纏った青年が必死の形相で叫ぶ。

 だが――


「だから、うふふ、そういうのは関係ないのよ」

「ひぃ!?」


 黒い茨は這い寄るように彼の手足に絡みつくと、まるで血を吸うようにその棘で皮膚を裂き、骨を折り、最終的には食い破るように左胸を貫いた。


「副会長、流石にやり過ぎです。会長に怒られますよ」

「あらあら? それは困るわね。でも――」


 控えていた少年に糾弾された女性は、



「もう終わっちゃったわ」



 文字通り血の海と化した裏門前の惨状を見て、本当に困ったように眉をハの字にする。


「バレないように、ここ、片づけといてくれないかしら?」

「俺がですか?」

「そういうのが庶務のお仕事でしょう?」

「違います」


 腕章に『庶務長』と書かれている少年が溜息をつく。『副会長』の女性は気にする様子もなく「お願いするわね」と微笑んでいた。


 そんな『副会長』と『庶務長』の様子を――


「今回、こちらが優勢だけど相当な被害が出てるわね。はぁ、これ総額いくらになるの?」

「また悪魔の王の時みたいに対策会議でありますか?」


 門の外側から、二人の女子生徒が様子を伺っていた。それぞれ『会計長』と『書記長』と書かれた腕章を嵌めている。


「とりあえず、会長には報告しますからね」


 疲れたように『庶務長』は言うと、スマートフォンを取り出してどこかに電話をかけた。


        ☆★☆


 中国マフィア〈蘯漾(トウヨウ)〉の屋敷――正門。


 正面突破で堂々と脱出を試みていた者たちは今――死屍累々の山と化していた。

 死んでいるわけではない。意識を失っているだけだ。とはいえ山の底辺に押し潰されている者は窒息しているかもしれないが……彼らの中にはあの〈燃える蜥蜴座〉や〈DD団〉のメンバーも含まれていた。


「あはは、困ったものだね。彼女にも」


 人の山を見上げながらスマートフォンで通話する男子生徒は、報告された内容に苦微笑を洩らした。

 彼の腕には『会長』と書かれた生徒会の腕章が嵌められている。


「今回は一応殺しも許可されている。彼女に処罰は与えられないよ。各国の諜報機関には対応が必要になると思うけどね」


 実のところ、正門には学院警察も生徒会も人員を割いていなかった。一見すると最も手薄な場所だったが、それは別に罠でもなんでもない。


 正面突破を考えた者たちも、まさかたった一人が出口を塞いでいるとは思わなかっただろう。

 そして、そのたった一人に手も足も出せず惨敗してしまうことも。


「まあ、我々生徒会がこの件に関与するのはここまでだ。ワイアット理事長には可能ならば大会にも参加するように言われているけれど、生徒会は運営側だからね。お断りしたよ」


 スマートフォンからほっとしたような気配が伝わる。通話相手の『庶務長』は基本的には雑用全般を任されているから気苦労が絶えない。余計な仕事が減ったため安堵したのだ。


 と、背後に倒れていた巨漢がむくりと起き上がった。


「この糞野郎がぁあああああああああああああああッッッ!!」

「おっと」


 巨大な戦斧が魔術的に強化された凄まじい腕力で『会長』の背中に振り下ろされた。だが、彼は危なげなくその一撃をかわすと、そのままカウンターの要領で巨漢の顔面を鷲掴みにした。

 体重百キロは優に超えているだろう巨漢が軽々と持ち上げられる。


「まだ動けたなんて、流石は〈燃える蜥蜴座〉の学院潜入部隊部隊長ってところだね」

「畜生、この俺が……俺たちが……こんなひょろ男一人に……」


 アイアンクローをかまされた巨漢が悔し気に呻く。戦斧を振り上げようとしたので、『会長』はその前に顔面を掴んだ掌に魔力を込めた。


「がぁあッ!?」


 電流でも流されたかのように巨漢がビクン! と痙攣した。白目を剥き、泡を吐き、完全に意識を断絶された巨漢は襤褸切れのように投げ捨てられた。

 スマートフォンから慌てた声が聞こえる。


「ああ、心配はいらない。今片づいたよ。あとは祓魔師たちと学院警察に任せて、我々は退散しよう」


 そう言って通話を切ると、『会長』は未だ至る所から悲鳴の上がっている屋敷を一瞥し、静かに踵を返した。


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