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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
83/159

FILE-81 祓魔隊の襲撃

 目立たないように脱出を試みる恭弥たちの前にも、敵は立ちはだかった。


「! 止まれ!」


 静かな殺気と微かな魔力の高まりを感じ取った恭弥が叫んだ次の瞬間、目の前に無数の十字剣が降り注いだ。あと一歩でも踏み込んでいれば地面と一緒に串刺しにされていただろう。


「この剣って……」


 見覚えのある十字剣にレティシアが苦虫を噛む。立ち止まって警戒する恭弥たちの周囲三方から三人分の足音が近づいてきた。

 やはり、接触を回避することはできなかった。


「忠告はしたはずだ。こうなる前に学院を去れと」


 前方から現れたのは、白の改造制服を纏った銀髪の少女。恭弥に向けて十字剣を突きつけた彼女は、国際祓魔協会の聖王騎士――ファリス・カーラだった。


「ファリスたぁん、こいつらが探偵部ぅ? なんか全員ひょろっとしてて弱そうなんだな」


 右方から一際大きな鈍い足音を立てて二メートルを優に超える巨漢が歩み寄ってくる。背中には身の丈ほどもある大剣を担ぎ、脂肪の厚そうな肉体をファリスと同様の白い改造制服が包んでいる。


「……このにぶちん。よく感じろです。全員、一流以上の力はありやがるです」


 その巨漢の肩には対照的な小柄な少女が腰かけていた。フリルたっぷりの改造白制服に紫がかった長い髪。継ぎ接ぎだらけの不気味な人形を抱いている。


「理解。当方の見立てでは、危険度は黒羽恭弥――その中にいる悪魔の王が最高レベルかと」


 左方に立ち塞がったのは、両腕両足が義手義足となっている半機械の少女だった。感情のない冷たい瞳が恭弥を射る。そしてやはり、こちらも白の改造制服だ。どうやらそれがワイアット・カーラの近衛隊に共通する格好らしい。


 三方を塞がれた。来た道を戻る選択肢も選ばせてはくれないだろう。彼女たちを退けなければ、とてもじゃないが転移のルーンを刻む隙なんてありはしない。


「最初から俺たちだけを狙っていたような配置だな。いいのか? 向こうで幽崎が暴れているぞ?」


 悲鳴はここにまで届いている。幽崎の召喚した悪魔に対抗するには彼女たち祓魔師の力が必要だろう。四人もこんな場所にいていいはずがない。


「そちらには馬鹿が一人向かった。それで問題はない」


 あの幽崎を相手にたった一人で問題ないと言い切るファリス。信頼している口振りではないが、それが寧ろ余程の実力者だということを示している。

 ファリス以外の三人も戦わなくたってわかる。かなり強い。


「今回も見逃してくれる……って空気じゃないわね」

「勝負なら望むところでござる!」


 レティシアがカードを、静流が日本刀を構える。二人とも自然と脱出の要になるフレリアを庇う位置取りをしていた。


「う~ん、困りましたねー。ルーンを刻む間だけ待ってくれませんかー?」

「待つわけ――」


 巨漢が背中の大剣を抜く。


「ないんだな!!」


 ビュッ! と、巨漢の動きとは思えない速度で大剣がフレリアの頭上へと叩きつけられた。彼女を庇っていた二人も巻き込むほどの一撃は、間一髪で全員が横に飛んでどうにか回避できた。


「この――」


 レティシアがカードを翳したその手を、振り上げられたぬいぐるみが弾く。


「お前の相手はロロがしてやるです」

「くっ……こんのチビっ子が、舐めるな!」


 カードを弾かれた手でロロと名乗った少女を殴ろうとするレティシアだったが、その前に振り回されたぬいぐるみが横腹を殴打した。

 ごっ! とぬいぐるみからは考えられない鈍い音が鳴り、レティシアは小さく悲鳴を上げて数メートル地面を転がった。


「レティシア殿!」

「阻止。貴殿は当方――ベッティーナ・ブロサールがお相手いたします」


 レティシアに加勢しようとした静流にベッティーナと名乗った半機械少女が切迫する。刃が取りつけられた義手で日本刀と競り合いながら、彼女は機械的な淡々とした声で、のんびりとした動作で大剣を持ち上げた巨漢に告げる。


「決定。ダモンはフレリア・ルイ・コンスタンの処分をお願いします」

「うえぇ、おいら女の子を痛めつける趣味はないんだな」


 面白くなさそうにぷにぷにの頭を掻く巨漢――ダモンだったが、軽く溜息をつくと大剣を構え直してフレリアを見下ろす。


「でもごめんね、フレリアたぁん。これ、任務だから仕方ないんだな」

「ふわぁ、おっきな人ですねー。なにを食べたらそんなになるんですー?」

「え? そうだなぁ、お肉かなぁ?」

「わたしもお肉大好きですー」


 まるで緊張感のない会話をしつつもダモンは大剣を振り下ろし、フレリアはそれを奇跡的に躓いてかわす。


「フレリア、逃げろ!」

「余所見している暇はないぞ、黒羽恭弥!」


 反射的に飛び退いた恭弥の鼻先を銀の剣閃が掠った。ファリス・カーラの連撃はそれで終わることなく、まるで生き物のような複雑さで恭弥を仕留めようと襲い掛かってくる。


「チッ」


 舌打ちし、恭弥は指先から〈フィンの一撃〉を放つ。ファリスは十字剣を立てて不可視の衝撃波を受け流し、即座になにかを唱えて左手の指で宙に陣を描いた。

 宙空に描かれた魔法陣から巨大な十字剣が射出される。それを恭弥は〈フィンの一撃〉で撃ち落とすと、側面から仕掛けてきたファリスの剣閃を左手で受け止めた。

 左手には部分的にオーラを纏っている。騎士の籠手にも見えるそのオーラは、〈湖の騎士(ランスロット)〉と部分的に融合したものだ。

 完全融合には少し時間がかかるが、部分的ならば省略できる。

 恭弥は右手にオーラの剣を握り、ファリスを振り払うように一閃する。


「それはまだ……悪魔の力ではないな」


 後ろに飛んで距離を置いたファリスが恭弥を睨む。なぜ本気を出さない? 彼女の青い瞳がそう告げていた。

 アル=シャイターンの力は、できれば恭弥も使いたくはない。アル=シャイターンが勝手に顕現して戦う分には構わないが、悪魔の王と融合してしまうと恭弥が恭弥でいられなくなる可能性がある。

 自我を失うのはガンド魔術師としてあってはならない。


「悪魔を呼べ、黒羽恭弥。全滅するぞ」


 状況は、最悪だ。

 完全に分断されてしまった。四人全員がバラバラに戦っている。フレリアが転移のルーンを刻めることが知られている以上、敵の最初の狙いは彼女だ。

 今はまだなんとか無事のようだが、ダモンとかいう大男は彼女一人で戦える相手ではない。


 ――わしを使うかや? 我が主よ。


 と、悪魔の囁きが脳内に響いた。


 ――いや、まだだ。


 まだ、その時ではない。


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