FILE-80 新手
「ヒャハハハハハハッ! おらおらどうした雑魚共が! かかって来ねぇのかぁ? それともこぉーんな下級悪魔程度にも勝てませんってかぁ?」
三メートルを超える一つ目の巨人の肩に乗った幽崎は、群れ従う下級悪魔たちに攻めあぐねている学院警察と生徒会の面々を見下して嘲笑した。
彼らが近づけるはずがないとわかっていながら。
無闇に突撃すれば悪魔たちの餌食になるか幽崎の術式で生贄にされるかの二択である。並程度の魔術師が集まったところで脅威でもなんでもない。彼らは上級生とはいえ、所詮は学生なのだ。
「くっ、近づけないのであれば、遠距離から狙い撃て!」
どこかで見たことのある学院警察の指揮官が指示を飛ばす。当然、そう戦法を切り替えることくらい幽崎は読んでいた。
四方八方から火の玉や光弾や雷撃が飛んでくる。
だがそれらは全て、幽崎に届く前に見えない壁にぶつかったように消滅した。
「なっ!?」
幽崎を囲んでいる者たち全員に動揺が走る。それを幽崎は楽しそうに見下しながら、巨人の傍に控えている小型犬ほどの大きさをした蠍に似た悪魔を指で示す。
「悪魔にもいろいろあってなぁ。こういう結界を張るタイプもいるんだよ。てめぇら程度の魔術で破れると思うな。破りたけりゃ黒羽の〈フィンの一撃〉レベルの術式でもぶつけてみやがれ!」
遠距離魔術での攻撃は続くが、幽崎に届くどころかその辺の下級悪魔にすら対したダメージを与えられない。その間にも次々と悪魔の餌食になる者が続出する。
触手に絡め取られる者。
爪で体を引き裂かれる者。
溶解液を頭からぶっかけられる者。
一人また一人と倒れて行く度に、恐怖や絶望の思念が場に満ちてくる。餌となる魂も随分と集まった。
そろそろ、次の段階だ。
「貪欲で強欲で邪欲なクソッタレな悪魔共。てめぇらの好物は山盛り用意した。好き勝手暴れて腹を満たしやがれ!」
狂ったように狂った台詞を唱え、幽崎は新たに悪魔を召喚する。
周りの下級悪魔や幽崎が乗っている巨人の中級悪魔よりも、ずっと上位の悪魔をこの世界に顕現させる。
巨大な獅子に跨った黒騎士の悪魔。
二本の大鎌を持った死神のような悪魔。
黒い鱗に覆われた小型のドラゴンに似た悪魔。
今までの雑魚とは格が違う怪物たちが召喚陣から出現した途端、幽崎を取り囲んでいた学生たちの表情が完全な絶望に塗り替えられた。
こんなのに、勝てるわけがない。
誰もがそう思っただろう。
「さあ、ショータイムだ。創立魔道祭の前にてめぇらの血祭と行こうぜぇ! ヒャハハッ!」
楽しそうに、愉しそうに、高々と哄笑する幽崎。召喚した悪魔たちが一斉に動き出し、学生たちを貪り食うように襲いかかる。
悲鳴が上がった。
「た、退避! 退避!」
指揮官が堪らず撤退を指示する。とはいえ、そんな指示などなくともほとんどの学生は逃げることしか考えられなくなっていた。
「逃げんのかぁ? まあ、追いかけはしねぇよ。――俺はな」
だが、逃げる相手を見逃すほど悪魔たちは優しくない。これ幸いとばかりに背中を向けた者から容赦なく引き裂いていく。
「ひぃいいいいいいいいッ!?」
「うわぁあああああああああッ!?」
「ぎゃああああああああああああッ!?」
各方向から断末魔が上がる。
血飛沫が床や壁や天井を真っ赤に染める。
一気に惨劇の舞台となったそこに――
「あ~く~まの~~♪ 臭いが~するぜ~♪」
この場の状況には似合わない、叫ぶような歌声が聞こえてきた。
「あぁ?」
幽崎が眉を顰めたその刹那、学生たちを追っていた死神の悪魔に三つの縦線が刻まれた。
「……は?」
三分割された死神の悪魔が絶命して黒い霧となって消える。その周りにいた下級悪魔たちも次々ち斬り裂かれて消滅し、一つの人影が幽崎に向かって凄まじいスピードで駆けてくる。
「こんなに~♪ たくさんの~♪ 悪魔を狩るのは~♪ は~じ~め~て~だぜ~♪」
下手糞な歌を叫びながら。
人影は幽崎の周囲に結界を張っていた蠍の悪魔を鉤爪で串刺しにすると、そのまま飛び上がって一つ目巨人の悪魔をも踊るように引き裂いた。
放り出された幽崎は地面に着地すると――ニィと愉快そうに唇を歪ませる。
「おいおいおいまじかまじかヒャハハ! こりゃ面白ぇなぁおい! なんか狂った奴が来やがったぜ!」
自分のことは棚上げしてそう言うと、幽崎はようやく立ち止まった強襲者を睥睨する。
両手に長く鋭い鉤爪を装備した少年だった。灰色の髪で目元は隠れ、猫背でゆらりと構えている。
他の雑魚とは明らかに違う。
「おれの名前は~♪ ディオン・エルガー~祓魔学専攻の四年生~♪ てめ~を狩り殺す~♪ 祓魔の戦士~♪」
「ハッ、糞エクソシストが調子のいいこと言ってんじゃねぇぞ! おっと悪ぃな、思いがけず『クソ』って二回言っちまったよ! 別にいいよなぁ、てめぇら糞だもんなぁ!」
ワイアット・カーラが絡んでいるのに、奴の近衛隊である祓魔師たちが動かないわけがなかった。




