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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
81/159

FILE-79 脱出

 大穴の穿たれた壁から魔術的に武装した学生たちが雪崩れ込んでくる。


「この場にいる者は大きな犯罪を企てようとしている! 全員捕らえろ! 抵抗する者には容赦するな!」


 彼らにはそういう情報で伝えられているらしい。そして指示を出している学院警察の腕章をつけた指揮官には見覚えがあった。


「ちょっとあれ、ルノワ警部じゃない!?」


 レティシアが目を丸くする。ルノワ・クロードは先日の辻斬り事件の時に恭弥たち探偵部と協力して捜査を行っていた学院警察の警部だ。


「学院警察も今回は敵になる。こうなることはわかっていたはずだ」

「そうだけど……なんか複雑ね」

「ど、どうしましょう? 事情を話せばわかってくれるでしょうか?」


 慌てる白愛に恭弥は敵勢力を観察し――首を振る。


「いや、無駄だろうな」


 幸い、ルノワはまだ恭弥たちには気づいていない。相手が彼だけならば『探偵部として潜入していた』と言い訳できそうだが……この屋敷に攻め込んで来ているのは学院警察だけではないようだ。

 学院警察の腕章をしている者たちの他にもう一つ――生徒会の腕章を嵌めた生徒も散見できる。役職があるわけではなく単なる下働きのようだが、それでも見る限り個々人の実力は学院警察を上回っているように思われる。


 爆発した壁は恭弥たちから見て左側。そこでは一番人数の多かった〈天顕宗〉のグループを中心に激しく交戦しているが、奇襲による混乱のせいで体勢が整っていないため次々と捕らえられていく。


 これは、撤退した方がよさそうだ。

 どうやら他の連中も同じ考えらしい。



 大広間前方――ステージ上。

 王虞淵は目を閉ざしたまま状況を見渡していた。


「今戦う意味はないよねぇ。人数の限定された大会ならともかく、際限なく増援が来るこの場で交戦すれば間違いなく僕らは敗北するよ」

「そうかえ? 全員もしもの時のために戦える準備はして来とるはずや。あてはこの際やから一気に叩き潰してもええと思うえ?」


 くすんだ赤毛を不自然に揺らめかせ、九十九が好戦的にそう言う。ステージに近づいて来た学院警察や生徒会を、彼女は九本の束に分かれた赤髪の先から青白い火炎弾を射出して撃ち飛ばした。


「うんうん、そう考えることが相手の望みだねぇ。ここで本気で潰し合えば勝っても負けても『創世の議事録(ジェネシス・レコード)』は入手困難になっちゃうよねぇ。大会が中止になるとかで」

「チッ、そらあかんわ」


 九十九が納得したのを認めると、王虞淵は拡声器を口元にあてて告げる。


「皆さん退避を! 今なら裏門が手薄になっているのでそちらから脱出するといいよ!」


 真っ先に動いたのは大広間右側――襲撃から一番遠い位置に集まっていたグループだった。


「そういうことであれば、我らはお先に失礼するよ」


地獄図書館(ヘルライブラリ)〉の司書が周囲に複数の魔導書を展開する。浮遊する魔導書のページが自動的に捲れ、彼と周りに集まっていた秘密結社〈グリモワール〉の四人の足元に魔法陣を描いた。

 彼らは魔法陣の輝きに包まれ――そして消え去った。


「あいつら転移しやがった汚いぞ!?」

「俺らも連れていけ!?」

「他に転移できる奴はいないのかっ!?」


 転移魔術の使えない者は叫び、使える者は次々と大広間から離脱していく。転移はできずとも己の無力さを喚くことのない連中は、迅速に王虞淵の指示通り大広間を出て裏門を目指していた。


「ほんなら、あてらも逃げるえ。王はん、あんたも捕まらんよう頑張りや」


 九十九の全身が青白い炎に包まれる。だがそれは転移などではなく、炎が弾けた後には一匹の赤い毛並みをした九尾の巨狐が出現していた。

 狐は討ち取ろうと迫ってきた学院警察や生徒会を薙ぎ倒し、〈ルア・ノーバ〉の味方を背中に乗せて回収。そのまま青白い炎で天井に穴を穿って飛び出していった。


 そうして誰もが撤退モードに移行し始める中――


「ヒャハハハハッ! 逃げる? なんだてめぇら揃いも揃って腰抜けかぁ? 雑魚どもが群れて襲ってきた程度でチビってんじゃねぇぞ!」


 幽崎一人は、狂気的に嗤いながら足元に禍々しい魔法陣を展開させた。それは襲いかかろうとしていた学院警察や生徒会の生徒の動きを止め、底なし沼のごとく床へと沈めていく。

 悲鳴を上げて魔法陣に喰われた数人は――次の瞬間、多種雑多な異形の姿に変わって大広間に出現した。


「うわぁあああああああああああっ!?」

「あ、悪魔だ!? 悪魔を召喚しやがった!?」

「幽崎・F・クリストファーを抑えろ! これ以上召喚させるな!」


 敵を生け贄にして悪魔を召喚する幽崎に狙いが集中する。しかし近づけば生け贄にされ、そうでなくとも召喚された悪魔の猛威に晒されるため阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 そして幽崎の反撃を皮切りに、脱出ではなく攻撃に転じる者が増え始める。


「ああ、そうだな。そいつの言う通りだ。脱出するにしても負け犬みてーに裏口からこそこそ逃げる必要がどこにある? 正面突破だろ!」

「気が合うじゃないか、〈燃える蜥蜴座〉。聞いた通りだ。我ら〈DD団〉も奴らに続くぞ!」


 二つの武装集団が敵が溢れてくる壁の穴に向かって突撃する。〈DD団〉が放つ銃撃の音が間断なく轟き、〈燃える蜥蜴座〉のリーダーが振るう大戦斧が数人単位で敵を薙ぎ飛ばす。


「おやおや、これだから脳筋どもは困るねぇ。――僕らも撤退するよ。ああ、もう裏口はダメそうだねぇ。仕方ない」


 王虞淵は溜息をつくと、そのまま部下を連れてステージの裏の隠し扉に消えていった。その後で見ていた誰かが隠し扉を開けようとするが、そこはもうただの壁となっていた。



 状況は、大きく分けて裏から逃げるが正面突破するかの二択。

 恭弥たちもそろそろ動かなければ手遅れになる。


「みんないるか? 俺たちも退くぞ」


 恭弥の呼び掛けに探偵部の仲間たちが集まってくる。レティシア、白愛、土御門……静流は近くで学院警察と交戦中。フレリアとアレクは――


「お嬢様、屋敷まで転移いたしますよ」

「ふぁってくらはい、あとあの回鍋肉だけもぐもぐ」

「……このような時まで食べるのはやめていただけませんか?」


 料理の皿から手を離さないフレリアをアレクが引きずってきた。


「申し訳ありませんが、私どもは先に脱出いたします。薄情と思われるかもしれませんが、せめてご武運を祈っております」

「それなのですが、アレク、わたしは置いて行ってください」

「お嬢様?」


 アレクがあり得ないものでも見るように目を見開いた。フレリアからはさっきまでのマイペースな雰囲気は消え、いつか見た真面目で凛とした表情をしている。


「フレリアさん、どういうこと?」


 レティシアが訊くと、フレリアは白愛と土御門を見た。


「最初に逃げてもらうのは、本来は無関係のツッチーとハクアですー。頑張れば二人は運べますよね? わたしは最後で構いません」

「そんな!」

「待て待て、そういう理由で逃がされるのは好きじゃないぜ」


 本当は静流も無関係と言えばそうなのだが、向こうで「強者からかかってくるでござる! 何人がかりでも構わぬでござるよ!」と楽しそうに群がる学院警察たちを吹き飛ばしている姿を見ればとても関係ない枠組みに入れられない。


「お願いします、アレク」


 フレリアは冗談でもなんでもない、真剣な眼差しを従者に向ける。

 そんな主に、アレクは――


「……承知いたしました」


 抗議したいことは山ほどあるだろうが、状況は一刻を争う。彼は主の意思を尊重した。


「では、失礼いたします」

「ひゃっ」

「ちょい、オレはまだ納得してな――」


 アレクは白愛と土御門を抱えると、嫌がる二人の意思は無視して転移した。


「よかったのか?」

「はいー。わたしが行ってしまうと、アレクがここに戻ってくるルーンを刻めませんから。脱出はみんなでしないとわたしが嫌なんですー」


 確認する恭弥に、フレリアはいつもの笑顔に戻ってそう答えた。


 とそこに、二振りの日本刀を構えた静流が飛び退ってくる。

 満面の笑顔で。


「師匠、これは切りがないでござるね!」

「楽しそうに言うな」


 学院警察と生徒会のほとんどは幽崎や正面突破組の対応に追われているが、それでも恭弥たちを囲んで余るほどの人数が残っている。


「ここでルーンを刻むのは無理ね。離れた方がいいわ」


 レティシアがカード魔術で応戦しながら言う。逃げるには大広間の出入り口か、壁の穴、〈ルア・ノーバ〉のように屋敷を破壊してもいい。

 だが、どこから逃げても危険度は大きい。裏口の方はもう敵が流れ込んでしまったし、正面突破は論外。壁を壊せば注目される。

 脱出ルートを模索していると、頭に声が響いてきた。


(恭弥、こっちから逃げられそうよ)


 そういえばいつの間にかいなくなっていたハツカネズミのエルナが、一つの窓の前に立って恭弥たちを呼んでいた。


「エルナ、助かる。幽崎は……」

 探すが、幽崎はもう大広間にいなかった。一応チームメイトなので声をかけようと思ったが、奴はもう放っておけばいいだろう。


 エルナの案内に従って窓から飛び出す。こちら側には屋敷に出入りできる門がないためか、敵はほとんどいなかった。

 これなら追ってくる敵を退ければ転移のルーンも刻めるだろう。

 恭弥は〈ガンド撃ち〉で追手の足を止めつつ、他に敵がいないか警戒する。大丈夫そうだと思ったが……どうやら、そう上手くはいかないらしい。


 ――気をつけよ、我が主。この気に喰わん感じ……奴らも来ておるぞ。


 恭弥の中で大人しくしていたアル=シャイターンが、そう頭に直接警告してきたのだ。


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