FILE-78 対策会議
雰囲気はギスギスしていながらも、会合は目立ったトラブルもなく進行していた。
進行と言ってもプログラムがあるわけでもなく、ただの会食で時間が過ぎていくだけである。今まで敵対または不干渉だった組織や個人が仲良く談笑できるはずもなく、一通りの顔合わせが終わればそれ以上は関わろうとしなかった。
誰もがわかっているのだ。
この場で下手に暴れれば、その瞬間に周囲全てを敵に回して排除されてしまうことを。
「うんうん、だいたい挨拶は終わった頃かなぁ? それでは皆さんこちらに注目!」
大広間の最前――ちょっとしたステージのように段差を高くした場所に、マイクを握った王虞淵と九十九が立った。
集まった全員が食事と会話をストップしてステージに視線を向ける。プログラムはないと思ったが、聞かされていないだけで主催者側ではきちんと段取りされているようだ。
「ただ集まって顔合わせて終わりじゃ意味ないえ? あてらは今や敵やなく同志。いかに学院の罠をくぐり抜けて大会を勝ち抜くか、ここらで打ち合わせと行こうやないの」
妖艶に微笑む九十九。胸元や足を必要以上に露出させた格好だが、そんな単純な色香に惑わされる小者はこの場にはいない。「あのお姉ちゃんセクシー過ぎるだろテンション上がるわぁ!」と言って白愛に塩を撒かれている土御門くらいだ。
「まずは大会のルールをおさらいしておこう」
王虞淵がそう言うと、前方の壁にプロジェクターで大会のチラシが映し出される。
「大会は皆が知っての通りチーム戦。運営が用意した専用フェールドでの乱闘戦で、支給される魔力結晶を奪い合う形だねぇ。一チーム五人だから、人数が足りないところはこの場で余っている人をスカウトするといいんじゃない?」
それもこの会合の目的の一つだろう。ざっと見る限り、五人以上で固まっているグループの方が少ない。本来は大会に参加することすらできなかった人間同士をチームにする。即興過ぎてチームワークは心配だが、戦力増強には繋がる。
「大会開始直後は、僕らはどこに飛ばされるかわからない。専用フィールドもその時まで詳細は明かされないようだしねぇ。これはちょっと僕らには不利だけど、臨機応変に対応するしかないねぇ」
恭弥たち探偵部の方でも調べたが……専用フィールドがどこなのか、魔力結晶がどういった物なのか、などのチラシ上で曖昧な部分については結局わからなかった。
だからこそ、考えられる可能性を想定して作戦を練らなければならない。
「あてらはまず、近くのチームと合流せなあかん。相手は複数チームで袋叩きにするつもりやろうから、もたもたしとると狩られるえ。こちらも基本は複数のチームで連携して撃破するんが望ましいやろ。ちゃんと連携取れるように仲良くなっとくんやえ?」
「一般参加のチームとあたった場合は好きにするといいねぇ。殺すと失格だから、適当に痛めつけて結晶を奪う感じかな? ここまででなにか質問はあるかい?」
チームの合流と連携。この辺りは基本だ。どういった状況になっても真っ先にそのように動く必要がある。
「どうやって味方のチームと合流すればいい? レーダーが支給されるわけじゃないし、探知魔術を使えば敵にも位置を知られちまうぞ?」
挙手をして質問を投げたのは、猟兵団〈燃える蜥蜴座〉のリーダー格だった。戦場の経験値では恐らく一番突き抜けている連中だ。
「そこは問題ないねぇ。君たち全員に発信機とレーダーの役割を担う宝貝を渡すよ」
「全員にか?」
「リーダーだけだと、もしチームバラバラで専用フィールドに入ることになったら困るからねぇ」
目を閉じていてなにを考えているかわからない王虞淵だが、様々な事態を想定して対策はきちんと練っている様子だ。この場に集う曲者たちを纏めようとするだけのことはある。
「そうだねぇ、もう渡しておこうか」
王虞淵が手振りで指示を出すと、〈蘯漾〉の構成員たちが金の装飾が施された豪華なトレイを持って大広間に入ってきた。トレイには貝殻の形をしたバッジのような物が乗っており、それを恭弥たちも一つずつ受け取った。
「使い方は魔力を通すだけでいいねぇ。そうすると一般的な探知魔術のように同じ宝貝を所持する者の位置が脳内に流れ込んでくるようになっている。それが誰なのかっていう情報も入ってくるから、合流し易いと思うよ」
「おーい虞淵殿よ、それじゃあ敵にもわかっちまうんじゃないか?」
訊ねたのは秘密結社〈グリモワール〉のリーダー格だった。彼の懸念通り、普通の探知魔術と同等なら相手にも知られてしまう恐れがある。
「この宝貝を逆探知できるのは同じ宝貝だけだよ。そういう仙術が編み込まれているからねぇ。なんなら今試してみるといいねぇ」
言われ、何人かが宝貝を発動させる。宝貝を身に着けていた恭弥は風に吹かれたような感覚で探知されたことが感じ取れた。わざと外していた者が逆探知しようと試みていたが、どうやらできなかったようだ。
この宝貝の有無で顔を覚えていなくても敵味方の区別もできる。敵が仕組みに気づいて利用しないとも限らないが……ひとまずは、これなら大丈夫だろう。
他に質問がないことを認め、王虞淵は話を続ける。
「次に僕らが戦うことになる学院の戦力についてだねぇ。他にも調べている人はいるだろうけれど、とりあえず〈ルア・ノーバ〉が調査した情報を共有しておこう。九十九さん、お願いできるかい?」
「あいよ」
王虞淵が一歩下がり、九十九がステージ中央に立つ。
「はっきり言うて、数の上では学院側の方が戦力は上や。あてらのほとんどは今年入ったばかりの新入生。組織全体で見れば学院ごときちっぽけやもしれへんけど、ここには派遣された限られた人数しかおらん。既に仲間を失ったもんもおるやろう」
恭弥たちが認知しない場所でここにいる連中も『全知の公文書』を狙って動いていた。その過程で互いが、または学院と衝突していたことは想像に難くない。入学時と変わらない戦力を保持しているところは少ないと思われる。
「学院側の主戦力は学院警察と生徒会、そして元祓魔協会の祓魔師を中心としたワイアット・カーラの近衛隊。他にもワイアット・カーラの思想に同調する組織が集まっとるようやえ」
そこは恭弥たちが調べた内容と一致する。生徒会についてはイマイチ戦力が掴めなかったが、学院警察は辻斬りの一件で大幅に戦力低下しているはずだ。近衛隊は数こそ少ないが精鋭揃い。ファリス・カーラもその近衛隊に入っている。
「絶望的や思うもんは帰って構わんえ。数は敵わんくても、あては質なら負けへんと思うとる。学院の戦力も所詮は学生。あてらが力を合わせれば――」
「ちょっと待って九十九さん」
と、王虞淵が目を閉じたまま表情を険しくして割って入った。彼は冷や汗を掻き、苦笑気味に呟く。
「これは……ちょっとまずいことになったねぇ」
「王はん、なにか〈視えた〉んえ?」
九十九が怪訝な顔をして訊ねた次の瞬間――屋敷の外から盛大な爆音が轟いた。
「どうやら、今日の会合はバレバレだったみたいだねぇ」
大広間がざわつく。外からは爆音が続き、戦闘が勃発していると思われる怒号や悲鳴が聞こえてきた。
爆音の中、王虞淵が声を張る。
「皆さん、速やかに退避を! 学院が攻めてくるよ!」
瞬間、大広間の壁一面が爆発で吹き飛んだ。




