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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
78/159

FILE-76 提案と選択

 総括区――ワイアット・カーラの理事棟の執務室。


「そうか、排除対象共が動き始めたか」


 山積みにされた創立魔道祭の書類を片づけながら、ワイアット・カーラは部下からかかってきた電話の報告を聞いて温度のない声で呟いた。


「狙い通りだ。そのまま監視を続けろ」


 全知書を狙う連中が罠とも知らず大会の賞品に喰らいついてきた――ことではない。罠だと知りつつ、その罠を掻い潜ろうと行動を起こすことが想定内なのだ。寧ろそのように動いてくれなければ困る。


「父上、やはり私は解せません」


 部下との通話を切ったワイアットに、娘であるファリス・カーラが納得いかない顔で抗議した。


「なにがだね?」

「敵を大会で誘き出し撃破することは構いませんが、そのために学院警察にまで手を回して()()()()()()()()()()()()()など……無関係の学生に被害が及んだらどうするのですか?」


 幽崎・F・クリストファーを始め、ここ数週間で事件を起こし指名手配された者たちをワイアットは解放した。全員ではなく全知書を狙っていると思われる連中だけではあるが、それでも一般人が危険に晒される可能性があることには変わりない。

 だが――


「それでいいのだ。獲物をチラつかせておけば奴らが下手に暴れることもないだろう。自由に動いてもらわねばこちらの作戦に支障を来たす」

「ですが――」


 尚も反対意見を述べようとするファリスに、ワイアットは一枚の指令書を突きつけた。


「任務だ、ファリス・カーラ。大会前の一仕事を貴様に与える」


         ☆★☆


 旧学棟――探偵部会議室。


「……なんの冗談だ、幽崎」


 唐突に現れた最大級の敵に、恭弥は皆を下がらせつつ声を低くして問いかけた。

 そんな恭弥たちの反応を愉快そうな顔で嘗め回すように見ていた幽崎は、はっ、と短く息を吐いて肩を竦めた。


「俺だって冗談にしてぇよ。だが、てめぇらが出ようとしてる大会は腹立たしいことにチーム制だ。友達のいねぇ俺が出場するにはどっかのチームに入らねぇといけねぇだろぉ?」

「なら自分で適当に集めればいいだろ?」


 わざわざ恭弥たちの下へ顔を出す意味がわからない。そもそも幽崎に出場なんてしてほしくないが、それは流石に問屋が卸さないだろう。


「狙うのは優勝だ。今の敵はお互いじゃねぇ。なら雑魚を集めるより黒羽、てめぇと組んだ方が確実で合理的だろ」


 少しでも強い魔術師と手を組みたい。だから幽崎はここに現れ、話を持ち掛けた。もしかして先日手を組もうって言い出したことも関係しているのかと深読みしそうになったが、あの時は恭弥も幽崎も創立魔道祭を気にも留めていなかった。

 レティシアが眉を吊り上げて幽崎を指差す。


「ていうかあんた指名手配されてるでしょ!? 出られるわけないじゃない!?」

「あぁ? あー、それがどういうわけか今日の朝に解除されてな、今は晴れて自由の身ってやつだ」


 そういえばいつも部室に来る時に目につく学内掲示板から指名手配書が消えていた。創立魔道祭の新しいポスターが張り出されていたから一時的に撤去されたのかと思ったが、そうではなかったらしい。


「こりゃあ、いよいよ持って罠臭いな」

「大会で『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を狙う人たちを一網打尽にするってことでしょうか?」


 土御門が腕を組んで唸り、白愛が不安に表情を曇らせる。学院側が本気だということは嫌というほど理解できた。

 誰もが事の深刻さに頭を悩ませる中――


「そういえば、拙者、あの者との勝負がついておらぬ。いざ尋常に勝負でござる!」


 難しいことは放棄して目の前の勝負を優先した静流が問答無用で幽崎に飛びかかった。腰に挿していた二振りの日本刀を抜き放ち、幽崎の体を斬断する勢いで閃かせる。

 だが、幽崎はバックステップで悠々と斬撃をかわした。追撃しようとする静流だったが、足元に広がった黒い水溜りから生えた手に足首を捕まれて転倒した。


「おいおい猛獣を飼うならちゃんと躾けとけよ! 誰彼構わず噛みついてたらまたお尋ね者にされちまうぜ?」

「き、気持ち悪いでござる。これも悪魔でござるか……?」


 さらに複数の黒い手が伸びて転んだ静流の体に絡みつく。そのまま黒い水溜りに引きずり込まれるようなことにはならなかったが、幽崎の狂気的な赤い瞳を見るといつでもそれが可能だと伝わってくる。

 人質を取られた、と解釈しておくべきだろうか。


「まあ、アレだ。狙いが見え過ぎてて逆に怖ぇが、だからこそ俺たちが組む意味はあると思わねぇか? てめぇらが俺を入れたくねぇって気持ちはよぉーくわかるぜ。俺だって本音は同じだからよぉ」

「……」


 恭弥は黙った。幽崎は恭弥だけを見て話している。他の部員たちも恭弥の判断を待つように沈黙した。

 と、恭弥の頭に念話とは違う声が響く。


 ――どうするのじゃ、我が主よ? 汝が一言命じればわしがあの小僧の首を取ってやってもよいが。


 幽崎の気配に気づいて目を覚ましたらしいアル=シャイターンの声だった。


 ――そう簡単にはいかないだろう。お前と幽崎がぶつかれば被害は部室だけじゃ済まない。


 アル=シャイターン曰く、幽崎の中にも魔王クラスの悪魔が眠っている。そんな両者がぶつかればどうなるか……軽く見積もっても学院の一区画が更地に変わる。

 今は、幽崎に提案に返答することが最良で最優先だ。

 答えは、この数秒の沈黙で固まった。


「いいだろう」

「恭弥!?」「黒羽くん!?」「大将!?」(恭弥!?)


 周りから驚愕と戦慄の悲鳴が上がった。

 感情論や互いの立場を持ち出せば――あり得ない。幽崎は犯罪者で、恭弥はどちらかと言えばそれを取り締まる側である。

 しかし、現在の状況と目的を鑑みれば――確かに合理的な提案になる。悪くはない話、いや、幽崎を野放しにする方がよっぽど恐ろしい。


「よろしいのですか、黒羽様?」

「意外ですねー。普通は断ると思いますー」


 フレリアとアレクも意外そうな顔で恭弥を見た。

 無論、タダで提案を受けるつもりは毛頭ない。


「条件が三つある」

「欲張りだな。言ってみろ」


 幽崎もこうなることは織り込み済みだったようで、特に嫌な顔をすることなく話を促した。


「まずは甲賀を開放しろ」

「こうが? ああ、この忍者女か」


 パチンと幽崎が指を鳴らすと、静流に絡みついていた腕が黒い水溜りの中に掃除機のコードを回収するようにしゅるるるっと引っ込んでいった。


「た、助かったでござる……」


 静流はすぐさまその場を飛び退く。一応これで二敗になるのではないかと思うが、彼女の中ではまだ敗北にはカウントされてなさそうだ。

 静流が安全な距離を取ったことを確認し、恭弥は二つ目の条件を口にする。


「二つ、『血染めの十字架(ブラッディ・クロス)』に関わるお前の知ること全てを教えろ。『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を狙う理由もだ」

「ああ、構わねぇよ」


 幽崎は意外なほどあっさり承諾した。


「気をつけて、恭弥。こいつ嘘吐く気満々よ」


 レティシアが警戒して睨みつける。幽崎はクツクツと笑いながら否定した。


「いいや? 俺は別に『血染めの十字架(ブラッディ・クロス)』の盟主様に忠誠を誓ってるわけじゃねぇからよぉ。組織の情報を売るくらいなんともねぇだけだ。ただ、盟主様が『全知の公文書アカシック・アーカイブ』をどうするつもりなのかは俺も知らねぇ。悪ぃがそこだけは答えられねぇぜ」

(信用ならないわね)

「口から出任せに決まってますー」


 エルナも、フレリアですら嘘だと決めつけている。この場の者たちにとって、幽崎への信頼はゼロどころかマイナス方向に振り切れていた。


「真偽はてめぇらで判断しな。ま、嘘なんてつかねぇがよ。どうする? 今すぐここで吐いちまえばいいか?」

「いや、それは後でいい。すぐに必要な情報でもない。真偽を判定する術式を組んだ部屋で尋問させてもらう」

「ヒャハハ、怖いこと言うねぇ。――で、最後の条件は?」


 尋問と聞いて愉しそうに嗤う幽崎は本当に狂っていると思いながら、恭弥は最後の条件を告げる。

 これが最も大事となる条件だ。


「『首輪』をつけさせてもらう」

「へえ、カッコイイのを頼むぜ」


 裏切り防止。行動制限。監視。それらを幽崎に課さなければ、この危険人物をチームメイトになど加えられない。

 恭弥は幽崎を指差した。


「あ?」


 それを見て幽崎が眉を顰めた瞬間――ドン! と軽い衝撃が幽崎を跳ね飛ばす。


〈フィンの一撃〉……ではない。


「ガンドの呪いを撃ち込んだ。下手な真似をすれば心臓を破裂させる」

「チッ、思ってたより面倒な首輪貰っちまったぜ……」


 いくつかの机を巻き込んで転倒した幽崎は、上体を起こすと忌々しげに舌打ちした。

 これで条件は全て揃った。首輪さえつけてしまえば、今になって幽崎が尋問を拒むこともできない。


「恭弥、本当にいいのね? 部長としては正直反対なんだけど」

「放置して敵になるよりはマシだと判断した」

「気が合うな、黒羽。今回ばかりは俺もてめぇを敵に回すよりは面倒事が減ると思ってここに来たんだ」


 恭弥と幽崎以外はまだ納得していない様子だったが、それでいい。その方が全員で幽崎を警戒できる。


「そういうわけだ、土御門。幽崎と代わってくれ」

「大将がいいならまあ、いいけどよ……」


 幽崎の提案を受け入れた理由の一つには本来無関係の土御門を参戦させないという意図もあったが、それは口に出す必要はないだろう。


「話が纏まったのなら、俺からもう一つ大事なお知らせがある」


 起き上がった幽崎が律儀に倒した机を戻してその上に腰掛ける。


「三日後、中国マフィア〈蘯漾(トウヨウ)〉の屋敷で全知書を狙う連中が顔合わせをすることになってんだ。合法組織、非合法組織の垣根なくな。てめぇらも来い」

「なんだと?」


蘯漾(トウヨウ)〉とは魔術界にも通じている中国の裏組織だ。完全な魔術結社というわけではなく基本的にはマフィアなのだが、大量の宝貝(パオペイ)――仙術を宿した道具――を非合法に売り捌いているためBMAのブラックリストにも登録されている。

 この学院に潜入していることは恭弥も把握していたが、今までは特に目立った動きを見せていなかったため放置していた。

 それが今になって『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を狙う者たちを集めている。


 なんのために?

 答えは容易に察しがつく。


「学院に対抗するためにゃ、俺らも潰し合うのは一時止めて手を組もうって話だ」

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