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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
76/159

FILE-74 祭に向けて

 創立魔道祭に対する学院生徒たちの反応は様々だった。


 初めての大きなイベントに胸を躍らせる新入生。昨年よりも盛り上がると期待する上級生。単に祭好きで騒ぎたい者。人混みと騒がしい場所が苦手で当日は引き籠ると決めた者。自分もなにか出店しようと準備を進める者。祭自体に無関心な者。


 そして、魔術対抗戦に出場しようと考える者たちも着々と動き始めていた。


 裏で蠢く思惑など全く知らず。

 あるいは罠だと知りながら。

 彼らは入念に対策を打ち、来るその時を待つ。


         ☆★☆


 とある研究施設の跡地。

 その廃墟の中で、幽崎・F・クリストファーは積み上げられた廃材の上に腰かけて創立魔道祭のチラシを眺めていた。


「なるほどねぇ、この『創世の議事録ジェネシス・レコード』ってのが引っかかるわけだ」


 魔術対抗戦の賞品一覧にひっそり紛れ込ませるように書かれているそれを指でなぞりながら、幽崎は愉快そうにクツクツと笑う。


全知の公文書アカシック・アーカイブ』が学院史に深く結びついていることはもうとっくに知っている。幽崎だけではなく、今も残っている彼の魔導書を狙う組織ならばそのくらい調べているはずだ。

創世の議事録ジェネシス・レコード』が学院の……いや、この空間世界そのものの誕生について記している魔導書であるならば、入手しない選択肢はあり得ない。


「大会に出場すりゃトップに近づける。優勝しようがしまいが、そこでぶん盗っちまえばいいわけだ」


 本物か偽物かは関係ない。偽物があるなら本物もある。問題は、そもそも『創世の議事録ジェネシス・レコード』などという魔導書が存在しているのか、という点だ。

 そこは追々調べるとして――


「んで、そのために俺と協力したい、と。オーケーオーケー。やっとこの前の傷が完治したとこで退屈してたんだよなぁ。てめぇらと仲良しこよしってのも悪かねぇ」


 廃墟の中にいる者は、幽崎一人ではない。

 幽崎を取り囲むように対峙している集団と――幽崎の周りに血を流して呻く者たちが十人単位で転がっていた。


「あての部下を山盛り倒しておいて、仲良しこよしはあらへんやろ?」


 取り囲んでいる者たちの内、一人の女子生徒が幽崎の前に出て呆れたように言う。くすんだ赤色の長髪に大人びた顔立ち。背は高くスタイルもモデル並に整っている。制服の胸元を大きく開いた、妖艶な雰囲気を纏う美女である。


「俺は別にてめぇらと戦争したっていいんだぜぇ? こっちは協力する義理なんざねぇんだからよぉ!」

「そらあかんわ。幽崎はんもわかっとるえ? もうあてらが潰し合う段階は過ぎたっちゅうことくらい」

「目下の敵は学院ってか? だから敵の敵は味方になりましょうって言いたいわけだな」

「他にも有力な組織や個人にも声はかけとる。善悪は問わずにな。今まではバラバラやったから学院に各個潰されてきおった。そんならあてらが連合組めば学院を退けられるんと思うてなぁ」


 この学院にどれだけの組織が潜入しているのか、幽崎も正確には把握していない。それらが徒党を組んだ程度で学院側が崩されるなどと安直に考える気もない。


「イチイチご高説垂れんなよ。返事はさっきしただろうが。オーケーだってよぉ」


 だが、利用できるものは利用する。学院側を退けることに成功すればよし、失敗しても痛手くらいは与えられるだろう。

 そして上手いこと『創世の議事録ジェネシス・レコード』を入手できれば、その時は用済みだ。向こうも同じ考えだろうが。


「ほんならあてらのチームに入るか? 対抗戦はチーム戦や。幽崎はん一人やろ?」

「あぁ?」


 その提案に幽崎は一瞬だけ思考を止めた。


「俺が、てめぇらのチームに? ……プッ、ヒャハハハッ! おいおい、そいつはセンスのいい冗談だなぁ! 俺が入るにゃてめぇらは雑魚過ぎんだよ!」

「……言うとくけど、あてが新入生ニオファイトやからと見縊っとったら痛い目ぇ見るえ? 爪を隠した新入生ニオファイトは仰山おるわ」


 そんなことくらい幽崎も理解している。目の前の女子生徒が特待生ジェレータークラスかそれ以上だということも。


「ハッ、てめぇがたとえ俺より強くても他が雑魚けりゃ負け一直線だ。心配すんな。俺には俺の当てがあるからよぉ!」


 幽崎がこの学院で組むとすれば、その当ては一つしかなかった。向こうは受け入れないだろうが、そこは受け入れさせるまでである。


         ☆★☆


 とある豪邸のラウンジ。

 中華風に装飾されたそこには十人ほどの生徒たちが集まっていた。


「うんうん、連合は着実と大きくなってるねぇ」


 その中の一人――漢服を纏った二十歳ほどの青年が窓から景色を眺めるように立って中国語で嬉しそうに呟いた。

 ただ、彼の目は閉じられており、実際はなにを見ているのかはわからない。


「首領、そこまでする必要があったのでしょうか……?」


 彼の背中に部下と思われる少年が不安そうな声音で訊ねてくる。


「そりゃあねぇ。こうでもしないと、本気で潰しにかかってくるワイアット・カーラの手勢には太刀打ちできないだろうねぇ」

「あの女は信用できるのですか?」

「できるわけないよねぇ。まあ、今回は僕と彼女の意見が合致したおかげで話が纏まった連合案なわけだからねぇ。そこを否定するってことは、僕を否定するってことになるよねぇ?」

「い、いえ、そんな、首領を否定するつもりでは……」


 首領と呼ばれた青年は振り返り、今にも殺されるのではないかと慄いている部下を向く。その目はやはり閉ざされたままだった。


「わかってるわかってる。君が純粋に組織を心配してるってことはねぇ」


 カラコロと笑い、青年は再び窓の外に顔を向ける。


「最悪の場合、こちらの切り札ちゃんを目覚めさせればいいと思うよ」


         ☆★☆


「チェンチェン! チェンチェン! これ出よう! これ!」


 とある街中のカフェでコーヒーを飲んでいたオレーシャ・チェンベルジーの前に、テーブルに身を乗り出すようにした孫曉燕が創立魔道祭のチラシを突きつけてきた。


「どうした、孫。いきなりだな。あとそのチェンチェンはやめてくれ」

「えー、可愛いじゃん」

「だからだ」


 辻斬り事件の後からなんだかんだで一緒にいることの多くなった二人である。実はクラスも一緒だったこともあり、他に友人もいないため暇な時は意味もなくつるんでいた。

 というより、孫曉燕がオレーシャになぜか懐いているのだ。オレーシャも危なっかしい妹ができたようでそんなに悪い気はしていない。


「それで、どれに出たいって?」

「これ!」


 曉燕がチラシの裏側を指で示す。


「魔術対抗戦か。それも戦闘形式……うん、腕試しには丁度いいだろうが」


 曉燕が出たがる理由はそれだけでも充分だ。だが、オレーシャは自分たちが出場できない致命的な理由に気がついた。


「チーム人数は五人だ。私たちでは人数が足りない」


 きょとんする曉燕。そしてなんか指で数え始めた。大丈夫だろうかこの子、と心配になるオレーシャである。


「ユーとござるんを入れよう!」


 それから思いついたように携帯を取り出してどこかにかける曉燕の行動力には舌を巻くものがあった。ちなみにユーとはユーフェミア・マグナンティ、ござるんとは……そういえば名前を聞いていないがあの忍者の少女である。


「ユーはオッケーだって。すぐこっちに来るって言ってた。あ、ござるんの番号知らないや」

「彼女は探偵部に入ったと聞いたぞ。出場するならファーレンホルストたちとだろう」

「ちぇー」


 だいたいその二人が入ったとしても四人だ。結局一人足りない。誰か適当に声をかけてもいいが、それでチームに入ってくれる物好きはいないだろう。

 そのまま待つこと十数分――。


「ボクをメンバーに入れるなんてなかなか見る目があるじゃないか、孫曉燕」


 どでかいトンガリ帽子に黒いマントを羽織った背の低い少女――ユーフェミア・マグナンティが合流した。

 ただ、やって来たのは彼女一人ではなかった。


「これは一体なんの集まりだ? 女子会なら悪いが俺は帰るぞ」


 ユーフェミアはやたらとガタイのいい男を連れて来ていた。見覚えはあるが、直接顔を合わせて喋ったことのない男子だ。


「マグナンティ、なぜダルトンがここにいる?」


 特待生ジェレーター第十二位――ランドルフ・ダルトン。前回の特待生集会ではユーフェミアと共に入院で欠席していた生徒だ。見ればランドルフは状況がわかっていないようで困惑した顔をしている。


「あー、さっきそこで見かけたから拉致ってきた。どうせ人数足りてないんだろう?」

「知り合いなのか、お前たち……?」


 彼も特待生ジェレーターなので実力は保証されているが、知り合いでもない少女に誘われてほいほいついていくような男なら信用できない。


「顔見知り程度かな。国が同じで、入学のゲートをくぐる時と入院中にちょっと会話をした程度の仲さ」


 見ず知らずでないのならば……まあ、納得できるか。


「おい、なんのために俺が呼ばれたのか説明してくれ」


 わけがわからない様子のランドルフに、オレーシャは大会出場メンバーを集めていることを説明する。ユーフェミアが説明していてくれたならよかったのに、と内心で愚痴る。

 話を聞いたランドルフは――


「いいだろう。入院で鈍った体を取り戻すには打ってつけだ」


 快く承諾してくれた。


「これで人数揃ったね!」

「孫、よく数えろ。まだ四人だ」

「いいや、五人だよ」


 その声はこちらに近づいてくる靴音と共にかけられた。


「そのチームに僕が入ってもいいなら、ね」


 中身の入ったティーカップを片手に歩み寄ってきたのは、爽やかに微笑む金髪の美男子だった。


「カプア……盗み聞きとは趣味が悪いな」

「探偵の性ってやつさ。聞こえてしまうんだよ」


 グラツィアーノ・カプア。イタリアで魔術師探偵をしていた新入生で、特待生ジェレーターの第四位だ。


「どうかな? 僕じゃ不満かい?」

「シャオは全然いいよ!」

「ボクも構わない。足を引っ張らなければね」

「俺は意見できる立場じゃない」

「まあ、特待生ジェレーター第四位に不満を言えるような面子じゃないだろう」


 共に辻斬り犯と戦った仲だ。寧ろどんな術を使うのか見たこともないランドルフよりは信頼できる。チームに入ってくれると言うのだから、人数が足りない現状では歓迎すべきだ。

 曉燕が行儀悪く椅子の上に立ち上がる。


「じゃあ今度こそ決まりだね! チーム『特待生ジェレーター』結成!」

「チーム名それでいいのか……?」


 握った拳を突き上げる曉燕は本当に楽しそうで、そんな彼女を見ているだけで些細なことなどどうでもよくなってくるオレーシャだった。


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