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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
73/159

FILE-71 ブースター作成班待機組

 同時刻、ブースター作成班はコンスタン邸に集合していた。


 とはいえ、実際に作業を行える者は錬金術師のフレリアだけである。アレクと共に指定された素材を掻き集めたまではよかったが、彼女が地下の工房に籠ってしまうとレティシアや白愛は手持無沙汰となってしまった。

 最初、正真正銘田舎出身の白愛は見たこともない豪邸に目を白黒させていた。「凄いです! こんな大きなお家は初めてです! お城みたいです!」と珍しくテンションの上がっていた彼女も、時間が経った今はもう落ち着いてリビングのソファに所在無げな様子で腰かけている。

 同じくやることのないレティシアは改めて邸内を見回した。確かに凄い豪邸ではあるが……正直、レティシアにとっては実家より小さい。白愛と感動を共感できなかったことが少々寂しかった。


「私、本物のメイドさんも初めて見ました」


 リビングを行ったり来たりする忙しないメイドたちを眺めながら、白愛がすっかり尽きかけていた話題を捻出するように呟いた。


「そんなに珍しいもんじゃないわよ。ウチに来たらここの数十倍はいるわ」


 別に見栄を張っているわけではない。この邸ではフレリアのお世話をする最少人数しか働いていないのだから、ファーレンホルスト本家の大豪邸と比べたらそうなってしまう。

 白愛がクスリと笑う。


「レティシアさんもお嬢様だったんですね」

「なによ? 九条さんてばこの全身から漂うお嬢様オーラに気づいてなかったの?」

「ごめんなさい。私には視えなくて」

「霊視の類じゃないからね?」

「はい、わかってます」


 からかわれたらしい。控え目で人見知りなイメージのあった白愛だが、レティシアとはそのくらい打ち解けてくれているという証左だろう。

 そんなどうでもいい話をしている間も、メイドたちはせっせと働いている。もう夜も遅い。零時はとっくに回っているのに、一体なんの仕事をしているのだろう。


「メイドさんたち、忙しそうですね。なにかお手伝いできないでしょうか?」

「ダメよ、メイドの仕事を奪ったりしちゃ。殺されるわ」

「殺されるんですか!?」

「ええ、メイドってイキモノは仕事に並々ならぬプライドを持ってるものなの。与えられた仕事を他人にさせるなんて末代までの大恥になるわ。日本流ならハラキリかしら? あーやって忙しくしている間が彼女たちの幸せなの。だから雇い主は二十四時間年中無休で働かせる気概が必要よ。フフフ」

「き、気のせいでしょうか? お嬢様オーラじゃなくて凄くブラックなオーラが視えます……」


 怪しげに笑うレティシアに、白愛はちょっと引いていた。

 と――


「お嬢様方、もう夜も遅いですし、そろそろお休みになられてはいかがですか?」


 お喋り以外全くやることもない暇人二人に、アレクが紅茶のおかわりを注いでくれた。言外に「やることないから寝ていいよ」と告げられたわけだが、たとえ暇でもそういうわけにはいかない。


「フレリアさんや恭弥たちが頑張ってるのに、あたしたちが先に寝るなんてことはできないわ」

「そうですね。せめて黒羽くんたちが無事に帰ってきたのを確認するまでは、心配で眠れません」


 さっきまでのおふざけの混じった談笑ムードではなく、真面目な表情で二人はそう答えた。


「左様でございますか。では軽くお夜食でもお作りいたします」

「あ、そこまでしていただかなくても大丈夫です」

「いえいえ、そろそろお嬢様のお腹の虫が暴走する頃合いですので、ついでです」


 片眼鏡の位置を直してアレクはにこやかに微笑んだ。どうせ作るのなら、いただいてもいいかもしれない。だが――


「あたしたちはともかく、フレリアさんに夜食なんて食べさせていいの?」

「普段であればNGですが、今夜はお嬢様もずっと働いておりますので」


 アレクは紳士然と一礼し、無駄に音のしない足取りでリビングを立ち去った。まったくよくできる執事である。

 リビングはレティシアと白愛の二人きりとなった。

 話題も底を尽き、大時計の秒針が動く音だけがチクタクと響く。


「……黒羽くんたち、大丈夫でしょうか?」


 ふと、白愛が窓から夜空を見上げながら呟いた。


「ちょっと占ってみるわ」


 暇潰しには丁度いいと思い、レティシアはタロットカードの束を取り出す。

 カードをテーブルの上に無作為に並べて魔力を通す。今回は簡易版なので、カード浮かせたりはしない。その代りに魔力を帯びたカードはテーブル上を勝手に滑り、十字型の図形を描いた。

 レティシアは瞑目し――すっと右手を十字の中心に持っていく。

 すると、一枚のカードがレティシアの掌に吸い寄せられた。杖をつき、ローブを纏った白鬚の老人のイラストが描かれているカードだ。


「『THE HERMIT』――『隠者』の正位置。思慮。慎重。内面への探求。結論を急がず、慎重に行動すべし。早まれば失敗を招き、取り返しのつかない事態に陥るでしょう」


 脳裏に浮かんだ結果を読み上げると、白愛は不安そうに眉を顰めた。


「……えっと、どういうことでしょう?」

「わからないけど、危険があるってことかしら?」


 どういう危険かはわからない。危険ではなく、なにか重大な選択に迫られると解釈することもできる。


「とりあえず、恭弥とエルナさんなら早まった真似はしないと思うわ」

「静流さんと土御門くんが心配ですね……」

「ああ……終わったわ。なにもかも」

「あ、諦めないでください! きっと黒羽くんたちがなんとかしてくれますから!」


 まだ理性的に動く土御門はともかく、本能と感覚で行動していそうな静流が心配過ぎて胃が痛くなりそうなレティシアだった。


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