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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
72/159

FILE-70 理事棟の潜入調査

 ブースター作成班と位相調査班に分かれて活動することになった探偵部員たちは、早速その日の夜から行動を開始していた。


 ブースター作成班はフレリア、アレク、レティシア、白愛。

 位相調査班は恭弥、エルナ、静流、土御門。


 なお、恭弥に憑依しているアル=シャイターンとエルナに憑依しているエーテルの精霊は人数にカウントしていない。


 そして、日付を跨ごうとする時間帯。

 位相調査班の四人がやってきたのは――学院都市の総括区である。


「んで、どこに潜入するんだ?」


 建物と建物の隙間に隠れ、コンビニで買った菓子パンを食べながら土御門が訊ねた。総括区には学院警察の本部などもあり、区画自体に侵入許可の権限はない。だが建物内は全く別の話であり、区画内で最もセキュリティの高い建物は――


「理事棟だ。総括区で調べていないのはあとそこだけだからな」


 恭弥は夜天に聳える三つの黒い塔影を見上げた。理事棟とはその名の通り、基本的に理事長イプシンマス権限でなければ自由に出入りできない。例外はその理事長イプシンマスに許可された人間くらいだろう。

 最奥区画ですら教授メイガスクラスであれば入れることを考えると、なにか重要な情報が秘匿されている可能性が高い。

 今日、最奥区画ではなくそこに潜入することに決めた理由は当然ある。ファリス・カーラと共に都市外から理事長イプシンマスの一人が帰ってきたと噂になっていた。そこで改めて三人の理事長イプシンマスを調べたところ、予想外の事実が判明したのだ。


「土御門、甲賀、お前たちは侵入しなくていい。ここで待機していろ」


 BMAの人間ではない彼らにはできるだけ危険を冒さないようそう命じたが、そんな言葉に素直に従うほど物わかりのいい二人ではない。


「それはあんまりでござるよ、師匠。待っているだけだとここまで来た意味がないでござる」

「そうだぜ大将。オレは優等生って柄じゃねえからよ。校則違反するくらいなんてこたぁねえ」


 不満そうに文句を垂れる二人に、塀の上を歩いて来た黒猫エルナが溜息混じりの念話を飛ばした。


(待機組には周囲の警戒や定時連絡、脱出ルートの確保って役割があるのだけれど)

「ああ、なるほどね。そういうことならオレっち得意かも」


 エルナの説明で土御門は納得したようだが――


「拙者は潜入したいでござる」


 静流はまだ不服そうに頬を膨らませていた。


「適材適所ってやつだな。静流ちゃんはじっとしてられないタイプだから、大将たちについてった方がいいんじゃないか?」


 土御門の言い分にも一理ある。いや、一理どころか恭弥には彼女が大人しく待機している姿が全く想像できなかった。


「……仕方ない。ヘマはするなよ」

「承知いたした!」


 なにが嬉しいのか静流は満面の笑顔を浮かべる。行動時はマフラーで顔を隠すようだが……こんなに表情豊かな忍者がいていいのだろうか?


(決まったのなら迅速に行くわよ。潜入時間は一時間。それを超えたり誰かに見つかった場合は速やかに退避すること。いいわね?)


 エルナの確認に三人は頷き、恭弥が幽体離脱をしようとしたその時――


「さっきこっちの方から声が……あ、お前たち! そこでなにをしている!?」


 静流の声が思いのほか大きかったせいか、警邏中の警官生徒に見つかってしまった。先日の事件もあって学院警察の方でも警備体制を厳重にしているようだ。


「あー、すんません。なんか道に迷ってまして」


 土御門の行動は迅速だった。ペコペコと何度も頭を下げながら警官生徒の下へと駆け寄っていく。


「道に迷っただと? こんな時間に?」

「自分方向音痴なもんでして。しかも新入生だから土地勘がないんすわ。ちょっとコンビニに行っただけなのに寮に帰る道がわかんなくなっちゃいまして。いやぁ、お巡りさんに会えて助かりましたわぁ」


 普段以上の軽薄な口調でデタラメを吐く土御門。咄嗟の事態なのによく回る舌である。


「夜間の外出は控えるように言われているはずだ」

「禁止はされてないっしょ?」


 へらへらと笑う土御門に警官生徒は不審な目を向けるが、彼の持っているコンビニのレジ袋を見てとりあえず納得した様子になった。


「……そっちの二人も方向音痴か? こっちに来なさい。学生証を提示してもらう」

「あー、アレは違うっす」


 土御門が指を鳴らすと――ぼふん。恭弥たちの足元で小さな爆発が起こった。煙幕のように噴き上げた煙が二人と一匹を包む。土御門が警官生徒に駆け寄る前にこっそり地面に落としていた護符を起爆させたのだ。

 土御門は和紙でできた二枚の人型を警官生徒に見せた。


「オレの式神っす。夜間に一人ってのはほら、危険ですし」


 彼の意図を察していた恭弥たちは、煙が晴れる前に速やかにその場を離脱していた。


「まさか土御門がこんな形で役に立つとはな」

(いい具合にチャラけた感じが出ていたわね)


 音もなく学区内を駆ける恭弥たちは、言葉はアレだが土御門のファインプレーを素直に賞賛していた。

 わかってはいたことだが、夜間巡回中の警官生徒が他の学区に比べて多い。理事棟に至るまでも何人もの警官生徒をやり過ごした。やはり幽崎の件が警戒態勢を強めているのだと思われる。


(どうする、恭弥。この様子だと、下手に幽体離脱するのも危なそうよ?)


 安全策を取るなら寮から幽体離脱するべきだったが、その方法は一人もしくは同行者がエルナのみの場合だ。土御門や静流になにかあった時、肉体が近くになければ対処できない。そう考えていたが、予想以上に警備が厳重だった。


「このまま潜入する」

「どの棟でござるか?」


 理事棟は三つある。三人いる理事長の内、現在学院に戻っているのはワイアット・カーラだけだ。恐らくファリス・カーラの血縁者だと思われる彼が、つい先日まで学院都市外に遠征していた理事長である。

 わざわざ人がいる場所に忍び込むのはマヌケだろう。残り二人――現在主が不在の理事棟に潜入するべきだ。


「ここから見て手前の棟――オズウェル・メイザースの理事棟だ」


 オズウェル・メイザース。

 名前だけならよく知っている。

 魔導書を専門に扱う魔導師の一人だ。顔を合わせたことはないが、まさか魔導師が学院の理事長イプシンマスをしていたとは今日調べるまで知らなかった。知っていたなら真っ先に潜入していたくらいだ。

 魔導書を解読し、魔導書を執筆する魔導師。『全知の公文書アカシック・アーカイブ』についての情報を持っている可能性が高いだろう。


「エルナ、先に中に潜入して扉を開けられるか?」


 理事棟の真正面――固く閉ざされた大扉の前で恭弥は確認する。


(通気口の位置は把握しているわ。三分ほど待ってなさい)

「了解」

「普通に開くでござるよ?」

(「は?」)


 静流がなんの警戒もなく扉のノブを握っていた。開かれた扉の向こうには、あまり飾り気のない廊下が奥の闇へと続いている。

 フロントもなにもなく、いきなり廊下という構造に少々の違和感を覚える。


「迷宮構造になっているのか?」


 入ることはできるが、許可されていない者が踏み込めば入口へと戻される結界の類だ。下手に進めばいつの間にか監獄の中に捕らわれてしまう危険性もある。

 そう考えて恭弥とエルナが躊躇していると――


「入口に罠はないでござる。これはただの廊下でござるね」


 静流が無警戒に――いや、無警戒に見えてしっかり罠や術式が張り巡らされていないか把握した上で理事棟に一歩足を踏み入れた。


 なにも起こらない。


「師匠たちも早く来るでござるー!」


 一応小声でそう叫ぶ静流に、恭弥たちは顔を見合わせてから続くことにした。


 直線の廊下を進むこと数分――


「あ、エルナ殿、そこ『せんさー』がある故、気をつけるでござる」


 言われ、エルナは黒猫の足をピタリと止めた。恭弥が即座にガンドの探知魔術――守護霊や周囲の霊的存在に働きかけて対象物を見つける術式――を発動させると、確かにエルナが踏みそうだった床には感知術式の刻印が刻まれていた。


(あなた、よくわかるわね。なにか術を使っているの?)

「術? そんなの使わなくてもなんとなくわかるでござる」

(なんかもう、いろいろ凄いわね……)


 要は忍者の勘である。感心するべきなのか呆れるべきなのか、エルナの口調は反応にとても困っていた。


 感知術式に警戒しつつ、恭弥たちは廊下を進む。

 廊下はひたすらに直線だった。どう考えても棟の直径を超えているが、部屋もなければ上に登る階段も見当たらない。明らかに空間が捻じ曲げられている。

 やはり、迷宮構造だ。

 このままでは力尽きるまで歩かされてしまう。


「おかしいでござるなぁ、そんな気配はしなかったでござるが……」


 静流の獣以上な直感でも気づけない内に、恭弥たちは術中に捕らわれてしまったようだ。

 今まで潜入した研究施設や書庫、最奥学区ですらこんなことにはならなかった。


 ――流石に、一筋縄ではいかないってことか。


 理事棟の潜入は早まったかもしれない。もう少し入念に調べてから対応策を練って入るべきだった。


(迷宮に閉じ込められたとするなら、妙ね)


 エルナが立ち止って神妙な声音で告げる。


(これだと、本当に『閉じ込めただけ』になるわ。普通、こちらの消耗をただ待つより、てっとり早く片づけられるようになにかしらアクションがあるはずよ)


 罠と言える物もあの感知術式くらいである。少しベタだが、大玉が転がってきたり大量の水が溢れて来たりしても不思議はない状況のはずだ。


「それがないということは、誰も俺たちの存在に気づいていないか」

「閉じ込めること自体が目的でござるか」

(私たちが気づくまで・・・・・高みの見物をしている誰かさんがいるか、ね)


 そうとわかれば――容赦する必要はない。

 恭弥が人差し指を構え、静流が胸の前で印を結ぶ。

 不可視の衝撃波と雷撃が左右の壁を穿ち、迷宮を作り出していた結界ごと木端微塵に崩壊させた。


 一瞬だけ眩い光が弾け――目を開けると、そこは廊下ではなくどこかの大広間だった。


「なるほど、流石はロルク・ヴァナディースの弟子たちです。あの程度の迷宮では自力で脱出されてしまいましたか」


 大広間の中央に鎮座する長テーブルの奥に、一人の青年が分厚い本のページを捲りながら腰かけていた。

 クリームブロンドの長髪に中性的な相貌。侵入者の前だというのにどこか落ち着いた不思議な雰囲気を纏う青年は、本を閉じるとエメラルド色の瞳を恭弥たちへと向ける。


 彼は――


「初めまして。黒羽恭弥君、エルナ・ヴァナディース君。警戒しなくていいですよ。話は君たちの師匠から聞いています」


 現在学院を離れて表の世界へと赴いているはずの理事長イプシンマス――オズウェル・メイザースだった。


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