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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
70/159

FILE-68 Meeting

「本日の議題――恭弥がアル=シャイターンに『お兄ちゃん』って呼ばせていた件について」

「待て」


 ようやく始まったかと思われたミーティングの議題に恭弥はストップをかけざるを得なかった。その件は全員が集合する前に全部説明したはずだ。


「冗談よ。本当は今後の活動予定について会議しようと思ってたんだけど、そこんとこひっくるめてアル=シャイターンが握っている『それ』が関係してくるんでしょ?」


 全員がチョコレート色の肌をした少女に注目する。魔王アル=シャイターンの右手には緑色に発光する妖精のような小人が握られていた。

 五大元素の一つである『エーテル』――その具象精霊だ。

 精霊は霊体であるため本来なら霊感のない人間には見えないが、具象精霊とはその中でも特に高い霊格を持ち、己の意思で人が認識できる姿へと顕現できる存在である。


 火のサラマンダー。

 水のウンディーネ。

 風のシルフィード。

 地のノーム。


 四大元素それぞれを司る精霊は有名だが、第五元素のエーテルとなると珍しい。空間の精霊――存在すら危ぶまれているこの希少種が、恐らく『全知の公文書アカシック・アーカイブ』に繋がる鍵となるはず。恭弥はそう睨んでいる。


「空間に穴を開けるにしても、そんな小っちゃい奴で大丈夫なのか?」

「協力してくれるかどうかもわかりませんよね?」


 土御門と白愛の不安はもっともだろう。精霊はアル=シャイターンの手の中で大人しくしているわけでもなく、必死に抜け出そうともがいているのだから。


(ここは私に任せて)


 エルナがカラスの翼を羽ばたかせてアル=シャイターンの前に移動した。それから落ち着かせるような優しい口調で精霊に言う。


(怖がらなくてもいいわ。安心して。私たちはあなたを利用するつもりだけれど、取って食うわけではないわ)


 精霊に人間の普通の言葉がわかるのかと思ったが、『利用する』と言った途端に表情を歪めたため理解はしていると思われる。


(一方的に使役するつもりもない。研究施設に戻りたくなければ守るし、他になにか望みがあるなら可能な限り叶えてあげる)


 精霊は暴れるのをやめてエルナをじっと見詰めた。怪訝そうな顔。エルナの言葉が嘘か真か測り兼ねている、といったところだろうか。

 もっとも、嘘をつくならもっと優しく甘い言葉を並べている。これは説得ではない。エルナは『利用する』ことを前提に告げ、ギブ&テイクの交渉を持ちかけているのだ。


(私のセイズであなたを憑依させる。言葉の真偽はそれでわかるはずよ)


 セイズ魔術とは降霊術。霊的な存在を己の身体に憑依させることで様々な魔術的現象を引き起こす術だ。

 エーテルの精霊を憑依させれば、恐らくエルナの意思でその力を使役できるだろう。それにそうすることで精霊を追手から守ることにも繋がる。

 精霊はしばらく考えるようにエルナを見詰め続け――


 やがて、緑色に輝く粒子となってアル=シャイターンの手を抜けカラスの――エルナの身体へと入っていった。カラスの姿が変異するようなことはなく、傍目には僅かに淡い光を纏ったようにしか見えない。


(そう。ありがとう。信じてくれて。捕まえる時は荒っぽい真似をしてごめんなさい)


 念話で謝るエルナは――憑依させたことで精霊との対話に成功したのだろう。そのまま軽く部員たちの紹介もやってくれた。傍から見れば独り言、念話の届かない人間から見ればただのカラスが首を捻っているだけだが。


「エルナ、空間制御の力は使えそうか?」

(急ぎ過ぎよ、恭弥。この子は協力的になってくれたけど、もう少し仲良くならないと力を借りられないの)


 貸してくれない、ではなく、借りられない。魔術の制約だ。急に新しい力を使えるようになるわけではない。恭弥のガンドだってそうだ。同じ霊体と何度も融合することで徐々に力の使い方を知っていく。無理に引き出そうとすれば両方の霊魂を壊すことになるだろう。


(というわけだから、土御門清正)

「ん? オレ?」


 唐突に名前を呼ばれた土御門が困惑した様子で自分を指差した。


(あなた、ちょっとハンバーガーを買って来てくれないかしら? この子、人間の食べ物に興味があってまずはそれを食べたかったそうよ)

「おう、そういうことなら任せとけ!」


 いい返事をして土御門は部室を出て行った。パシらされることについてはなんの疑問も覚えないらしい。


「じゃからわしから盗んだのかや? まったく身の程を知らぬ小蠅よのう」


 アル=シャイターンが犬歯を剥いて脅すような笑みを浮かべた。するとエルナはムッとした雰囲気を醸し出してアル=シャイターンを睨む。


(あなたのことは酷く警戒しているわ。恭弥の中に戻っていてもらえるとこの子も怯えなくて済むんだけど)

「怯え? それはいいのう! ほれほれもっと怖がるがよい! 精霊の恐怖。クカカ、どんな味か確かめてみるのもよかろう!」

「やめろ」


 ゴッ!


「あだっ!? 汝、またもわしの頭にチョップを下しおったな!? わしは幼気いたいけな童女じゃぞ! この鬼め! 悪魔め! お兄ちゃんめ!」


 素なのかわざとなのか、両手で頭を押さえて涙目で訴えてくるアル=シャイターンは見た目相応の少女にしか見えなかった。あと『お兄ちゃん』が悪口になっている気がする。


「エルナさん、実際問題、力を借りられるようになるまでどのくらいかかりそうなの?」

(やろうと思えば一晩でいけるわ。ただ……)

「ただ?」


 小首を傾げるレティシアに、エルナは少々言いづらそうに――


(この子の力だけじゃ、人を通せるほどの空間の穴は難しいと思う。それに一口に異空間って言っても無数に存在しているから、どの位相なのか割り出す必要もあるわね)


 現状の問題点を並び連ねた。


「あの、それって結局振り出しと変わらないんじゃ……」

(そうね。調査はまだ続けないといけないわ。異空間を渡れるようになれさえすれば運任せの探索もできるけれど)


 白愛が戸惑いながら言った通り、正直なにも変わっていなかった。鍵になると思ったが、現状では一歩も前に進めないため保護した意味がない。

 そう、現状では(・・・・)


「う~ん、つまり精霊さんの力を上げるブースターがいるんですね? わたしが作りましょうかー?」


 予想外の方向からクッキーを齧る音に混じって提案が飛んできた。


「フレリアさん、どうにかできるの?」

「アレクの空間転移はルーン魔術なんです。だからそれに近いルーンを、場に強く影響を与えられるような物質を錬成して刻んで…………はい、なんとかなるかもしれません」


 思考しながらもクッキーを食べる手を止めないフレリア。クッキーの城はもう半分以上が彼女によって消滅していた。後ろでアレクが深い溜息をついているのが見える。


「調査の方は拙者も力になれるかと。調べ物は得意でござる」


 静流が身を乗り出すように挙手した。


「そうね。静流さんはアホの子だけど一応忍者だし」


 レティシアがさりげなくディスっていたが、彼女の隠密能力は確かに高い。へまをやらかす心配は多々あるものの、戦闘能力的にも調査に加わってくれるのならば心強い。


「うん、今後の活動予定が決まったわ。ブースター作成班と位相調査班。この二つに分かれて動きましょう!」


 エルナやアレクやアル=シャイターンも含めて九人の大所帯となった探偵部が、この日、初めて本格的に本来の目的のために始動する。


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