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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
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FILE-66 探偵部員たちの休日~黒羽恭弥③~

 エーテルの精霊を追い続けている内に、時刻は正午に近づいてきた。


「お兄ちゃんお腹すいたのじゃー」


 両手でお腹を抑えるアル=シャイターンがあざとく上目遣いでそう言ってくる。恭弥には効果はいまひとつだということをいい加減学んでほしい。


「お前、さっき負の感情を食べたんじゃないのか?」

「わかっておらぬな。魂や負の感情は悪魔としての糧じゃ。腹は膨れぬ。こうして人界に顕現しておる身では普通の食事も必要なのじゃよ」

「だったら霊体に戻ればいいだろう?」

「腹が減っては戦はできぬ。汝の国の言葉じゃ」


 意外と日本に詳しいアル=シャイターンだった。取り憑いているから恭弥の知識を参照できるのかもしれないが……。

 無視と行きたいが、これ以上街中でダダを捏ねられては敵わない。恭弥は低めの位置を飛んでいるエルナを見上げて思念を飛ばした。


(エルナ、精霊は?)

(街路樹の枝に止まったわ。流石にあの子も疲れて休憩しているようね)

(今なら捕獲できそうか?)

(難しいわね。物凄く警戒しているもの。よっぽど研究施設に戻るのが嫌だって感じね。酷いことされていたのかしら?)


 精霊がしばらく動きそうになく、こちらからの手出しも厳しそうであるならば。

 見張りつつ、休憩を取っておくべきだ。


「……なら一旦食事にするか」


 この辺りにスーパーまたはコンビニまたは薬局はないだろうか、と周囲を見回す恭弥。その肩に舞い降りたエルナと、腕を組んだアル=シャイターンから冷ややかな視線を感じた。


「お兄ちゃん、まさかゼリーを探しておらぬな?」

(ここまで来てそれだと依存症を疑うレベルだわ)

「……」


 彼女たちにはそのうち十秒でチャージできる素晴らしさを理解してもらいたい。


「そこのハンバーガーショップでなにか適当に買ってくる。精霊を見張っといてくれ」

「わーい肉じゃ! 肉大盛で頼むのじゃ!」

(ファーストフードはアレだけど……ちゃんとサラダも頼むのよ?)


 一体と一羽に見送られ、恭弥は念のため財布の有無を確認してから黄色いM字が目立つ建物へと入った。


 そして約五分後。


 宣言通り適当に人数分のハンバーガーとフライドポテトとコーラを買ってきた恭弥は、まずターゲットの動向を確認する。


「精霊は?」

「うむ、まだおるぞ。それよりはよう肉を寄越すのじゃ!」


 アル=シャイターンが辛抱堪らずレジ袋に手を突っ込んでハンバーガーを掴み取った。包みを開くと、先にバンズに挟んであったレタスとピクルスを抜いた。そのまま齧りつかない辺りこの悪魔はファーストフードをよくご存知らしい。


(エルナは?)

(私はいいわ。カラスに餌やりしてるところなんてあまり見られたくないでしょう?)

(人に戻ればいいだろ?)

(ここで? このまま戻ると私全裸よ?)


 それは困る。通報物だ。すっ飛んできた学院警察になんて説明すればいいのか見当もつかない。


「さてさて、我が主に合わせて日本人流に……いただきますなのじゃー♪」


 一度解体したハンバーガーを組み立て直したアル=シャイターンが大口を開けた。

 その時だった。


 キラン! と街路樹の一部が緑色に輝いたかと思うと、掌サイズの人型をしたなにかが超高速で飛び出しアル=シャイターンのハンバーガーを掠め盗った。


「あんぐ!?」


 勢い余って自分の手に齧りつくアル=シャイターン。そんな彼女を余所に恭弥は人型のなにかが飛んで行った方向を見やる。


「精霊が動いたぞ!」

(具象していたわね)


 今の精霊はその辺の人にも明らかに見えていた。そもそも具象しなければハンバーガーに触れることなどできない。

 腹が減っていたのか?

 精霊が?


「ぐぬぬ、ぐぬぬぅ……小蠅ごときが、よくもわしの、わしの供物をっ」


 涙目のアル=シャイターンが駄々っ子のように地団太を踏んだ。それだけで大地が大きく揺れ、人々がパニックに陥った。

 魔力が高まる。

 アル=シャイターンの金色の両眼が憤怒に光る。


「許さんのじゃあぁああああああっ!?」


「おい待て!?」


 恭弥の静止も聞くことなく、アル=シャイターンはチョコレート色の風となり途轍もないスピードで逃げた精霊を追いかけていった。


        ☆★☆


 アル=シャイターンは疾駆する。

 その勢いはチョコレート色の旋風が発生するほどであり、悪魔の王が通り過ぎた後は大型ハリケーンにでも襲われたのかというほどの被害をもたらした。

 実際、誰もが自然現象だと思っただろう。超スピードで疾走するアル=シャイターンの姿を視認できた者はほとんどいない。


 被害など気にしない。

 途中でレティシアを撥ねたようだが気にしていられない。一応避けようとは努力した。悪魔の王がんばった。


 両手でハンバーガーを抱えるエーテルの精霊も、速い。というより、奴は短距離の空間を跳躍しながら移動している。


 追いつくまでにいくつもの区画を跨いだ。

 やがてどこかの公園でガラの悪そうな男を撥ね飛ばしたのを最後に、アル=シャイターンはその手で精霊を鷲掴みにした。


「ふん、最初からこうしておけばよかったのじゃ」


 アル=シャイターンは手の中でもがく精霊を凶悪な笑みを浮かべて見下ろす。精霊は空間跳躍しようとするが、残念ながら相手が悪い。たとえ空間を司る精霊であろうと、より上位の霊格である魔王アル=シャイターンが軽く封じにかかればこの通りである。


「汝はここで八つ裂きにしてやりたいところじゃが、それでは我が主の願いは叶わぬ。わしは心が広い。供物を綺麗なまま取り返せたからよしとしようかのう」


 精霊からハンバーガーを奪い取って口に放り込む。妖精のような小さい人型をした精霊は悔しそうに淡く発光した。


「ではこのまま我が主の元へと連れて――ッ!?」


 行こうとした瞬間、アル=シャイターンはその場から大きく跳躍した。



 コンマ数秒前までいた場所に、一本の十字架の剣が深々と突き刺さっていた。



「今のを避けるか。どうやら想像以上に強大な悪魔らしい」


 巻き上がった土煙が薙ぎ払われ、十字の刺繍が施された白い改造制服を纏った少女が歩み出てきた。

 銀細工のようなアッシュブロンドの長髪に白い肌、相貌は美の女神として描かれそうなほど整い、蒼く澄んだ瞳が強固な意志の光を宿してアル=シャイターンを捉えている。

 騎士然とした佇まい。腰には十字を象った長剣を佩き、そして彼女の周囲にも無数の十字剣が浮遊していた。


「〈学外遠征〉から戻ってきて早々に大物と出くわすとは、私も運がない」


 そう愚痴を漏らす割には、明確な戦いの意思を持ってその場に立っているように見える。

 先程の一撃が僅かに腕を掠めて血を滴らせるアル=シャイターンは、即座に襲撃者の術系統を見抜いた。


「……汝、祓魔師エクソシストじゃな?」

「IAE――国際祓魔協会が聖王騎士パラディン、ファリス・カーラだ」


 国際祓魔協会(International Association of Exorcists)。

 悪魔退治を専門とする祓魔師エクソシストを集めたカトリックの組織だ。この学院と同じように位階制であり、『聖王騎士パラディン』とはその最高ランクに該当する。

 悪魔の王とて、右手だけの力しかない今のアル=シャイターンでは油断ならない相手だ。


「上級悪魔、貴様の名を聞こう」


 苦虫を噛み潰したような表情をするアル=シャイターンに、ファリス・カーラは問う。


「上級などではない。わしはアル=シャイターン。悪魔を統べる王の一柱じゃ」

「……驚いた。さらに想像を超えた大物だったとは」


 ファリスは瞠目するが、すぐに落ち着きを取り戻して腰の十字剣を抜く。

 その時――


「――ッ!?」


 不可視の衝撃波が真横からファリスを襲った。

 直前に気づいたらしいファリスは十字剣で受け流し、アル=シャイターンにも警戒しながら衝撃波を放った犯人を睨む。

 アル=シャイターンの契約者――黒羽恭弥を。


「貴様は……黒羽恭弥か?」

「そういうお前はファリス・カーラだな?」


 お互い面識はないはずだ。しかし、どちらも相手のことを知っていた。

 幽崎に忠告された恭弥は、最奥区画に潜る前に念のため彼女のことも調べていたのだ。ファリスも恐らく似たようなものだろう。


「なるほど、そこの悪魔は貴様が都市を救う代わりに引き受けたものか」

「そこまで知っているなら話が早い。これは俺の問題だ。手を出すな」


 睨み合う両者。今のうちにアル=シャイターンが襲ってもいいが……戦闘になるなら魂を喰える許可を取りたいところである。


「承知はせん。悪魔だけではない。貴様もだ。たとえBMAだろうと、『全知書』を狙う者は抹殺させてもらう。アレは世に出してはならんものだ」


 ファリス・カーラから溢れる感情は恐怖でも怒りでも恨みでもない。

 正義。使命感。そういった正の意識は悪魔にとっては不愉快でしかない。

 と――


「恭弥!」

「黒羽くん!」

(恭弥!)


 公園の入り口からレティシアと白愛とエルナが駆けつけてきた。あの二人はエルナが見つけて呼んだのだろう。

 彼女たちを視線だけで見ると、ファリスは剣を収めた。


「今は分が悪いか」


 空中に浮かんでいた無数の十字剣も幻のように消え去る。


「やがて正式に貴様らを討ち取る命が下るだろう。死にたくなければ、その時までに諦めて学院を去れ」


 厳しい口調で忠告し、しかし決して悪魔が喜びそうな殺気は出さずに彼女は立ち去った。

 しばらく待っても退いたと見せかけて奇襲してくるようなこともなく、ようやく緊張の糸が解けたらしいレティシアが口を開いた。


「どういうこと? さっきの誰よ? わかるように説明しなさい」

「ああ、部室で話す。精霊も捕まえたようだしな」


 恭弥がアル=シャイターンの手に捕らわれている精霊を見る。


「あと、悪魔に『お兄ちゃん』って呼ばせてる理由もしっかり話してもらうから」

「……それはだいたい土御門のせいだ」


 恭弥は疲れたように視線を逸らした。この様子だとまだまだ楽しめそうだと思うアル=シャイターンだった。


 ――おまけ―― 

 その頃のござるちゃんは――

「む、なにやつでござる!?」

「辻斬り発見! 今度はシャオが勝つ番だよ!」

「勝負でござるか? 受けて立つでござる!」

「そいつが終わったら次はボクとやってもらうよ!」

「孫、マグナンティ、お前たち退院したばかりだろう……私はやらんぞ」

「三人まとめてかかってくるでござる!」

「私はやらんぞ!?」

 


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