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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
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FILE-64 探偵部員たちの休日~黒羽恭弥①~

 休日がやってきた。

 新入生たちにとっては、入学してから二度目となる休日である。


 学生としての黒羽恭弥は休みだが、BMAのエージェントとしては絶好の探索日になる。とはいえ昨夜も一晩中幽体離脱して最奥区画に侵入していたため、霊体状態での活動は少し休憩した方がいいだろう。

 最奥区画――教授メイガス以上の権限でなければ入ることのできない区画――のセキュリティは霊体状態でも噂通り厳しかった。察知されないように気をつけるだけでも精神が擦り切れそうだった中、結局『全知の公文書アカシック・アーカイブ』に関する真新しい情報は得られなかった。


 だが、気になる情報はあった。

 十六時からの探偵部のミーティングで全員に開示するつもりではいるが、その前にこちら側でできる限り精査しておきたい。


 朝から早速行動を開始……したかったのだが――


「……」

(……)


 現在恭弥の部屋では、一羽のカラスとチョコレート色の肌をした少女が無言で睨み合っていた。

 昨夜の情報交換にやって来ていたセイズ魔術師のエルナと、恭弥が成り行きで契約した悪魔の王ことアル=シャイターンである。

 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような擬音を背景に幻視しそうな対立に、恭弥は朝食のゼリーを飲みながら見守ることしかできなかった。


 どうしてこうなったのか?

 話はつい二分前に遡る。


「肉じゃ肉! そんな食い物かどうかも怪しいドロドロした物より肉を食え我が主よ!」

(それより野菜を食べなさい。ビタミン剤だけで過ごしてたなんてお姉ちゃん悲しくなってきたわよ)

「否、野菜など不要。わしは極太のビフテキが食べたいのじゃ!」

(それは朝から重た過ぎるわね。タンパク質は卵でいいわ。朝は野菜をいっぱい食べることが健康的よ)

「肉じゃ!」

(野菜よ!)

「肉!」

(野菜!)

「……」

(……)


 要は恭弥がいつもゼリーばかり飲んでいることを二人が憂いた結果だった。悪魔にまで心配されるとは、そろそろ本気で食生活を見直す時が来たのかもしれない。


 そんなこんなで、今に至る。

 ちなみに『肉も野菜も食べればいいじゃないか』という恭弥の革新的妙案は発言と同時に却下されている。もはや両者とも維持を張り合っているだけだ。


「ふん、害鳥の分際でわしと我が契約者の食事情に口出しするでないわ」

(害鳥じゃないわ。私は恭弥のお姉ちゃんなんだから、弟の健康を考えるのは当然よ)

「『家族』と言うやつかや? わしは下僕しか持たなかった故、ようわからぬ」


 腕を組んだアル=シャイターンは見下すような眼をしたまま首を捻る。嘴をパクパクさせるエルナがこれから『家族』のなんたるかを悪魔に御高説するとなると……日が暮れるかもしれない。


 そんな時だった。


「だったらアルちゃんが大将の妹になったらどうだ?」


 唐突に、本当に前触れもなく、第三者の声が二人の口論に割って入ったのだ。

 無論、恭弥ではない。エルナを入れるために開けっ放しにしていた窓から、ピアスをした茶髪の少年が飛び込んできた。


「土御門、入るなら玄関から入れ」

「いいじゃねえの。普段静かな大将の部屋から言い争いが聞こえてきたから、なんの一大事かと思って慌てて駆けつけたんだぜ?」


 恭弥の部屋は寮の三階。茶髪の少年――土御門清正の部屋はその丁度真上に位置する。どちらが速いかと言われれば、確かに窓だ。


「汝よ、わしがなにになれと? もう一度申してみよ?」

「だから、家族がわからないんなら形だけでもなってみたらいいのさ。とりあえず、大将を呼ぶ時は『お兄ちゃん』ね」

「おい、やめろ」


 鳥肌が立つ。土御門の声での『お兄ちゃん』という響きも威力絶大だった。


「『お兄ちゃん』……ふむ、試してみるかの」


 アル=シャイターンは顎に手をやって思案顔になり、ニコパッと小悪魔的笑顔を浮かべて恭弥を見た。


「お兄ちゃん、わしはビフテキが食べたいのじゃ!」

「……」

「おおう、凄いぞチャラいの! この呼び名、我が主の顔が非常に嫌そうに歪んだのじゃ!」

「マジで!? あの微妙にしか笑わない大将だぞ!? あとチャラいのってオレのことですか!?」


 土御門が恭弥の顔を覗き込んだ時には既に無表情に戻していた。この程度で精神が乱れるとは、恭弥もまだまだ修行が足りない。


「むふふ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! 汝は今日からお兄ちゃんじゃ♪」

「……」

(落ち着きなさい恭弥!? 気持ちはわかるけどここで〈フィンの一撃〉はダメよ!?)


 気づいたら恭弥はアル=シャイターンに人差し指を向けていた。


「ふう……」


 恭弥は一息吐くと、己に対しガンド魔術を発動。精神の稼働を強制シャットダウン。数秒後、再起動。無理やり冷静さを取り戻す。


「食事のことはもういいだろ。それより、昨夜仕入れた情報を交換するぞ」


 恭弥はベッドに腰を下ろして全員を見回す。エルナとアル=シャイターンはまだ不満そうだったが――


(……この件は後日決着をつけましょう)

「望むところじゃ」


 決着を先延ばしにしてくれた。できれば中止して欲しかったが、そこは恭弥が食生活を見直せば解決する案件だから今は保留にする。


「お? それオレが聞いてもいいのか?」

「どうせミーティングで話す内容だ。問題ない」


 許可が下りたので土御門は床に胡坐を掻いて聞く姿勢になった。どうせこいつはダメだと言っても素直に出て行くとは思えない。


 先にエルナが思念を飛ばす。


(私の方は……ごめんなさい、特にこれと言って話すことはないわ。過去に表の世界で行われていた人体魔改造計画についてなら話せるけど、聞く?)

「関係なさそうだな」

「使えん害鳥じゃのう」

(……この)

「エルナちゃん落ち着いて落ち着いて!」


 今にも翼を広げてアル=シャイターンに飛びかかりそうだったカラスを土御門がどうどうと抑えた。エルナもまさか悪魔の王に勝てるとは思っているわけもなく、そんな無茶にまで発展することはなかった。


 続いて恭弥からの報告だ。


「俺の方でも『全知の公文書アカシック・アーカイブ』についてはなにも見つかっていない。だが、一つ関係するかもしれない情報は仕入れた」

(それは?)

「学院のどこかにある研究施設に『エーテル』の具象精霊がいるらしい」


 勿体つけることなく告げると、恭弥に取り憑いているアル=シャイターン以外は意味がわからないといった様子で首を傾げた。


「エーテルっつうと、アレか? 五大元素にカウントされるやつ」

「ああ」


 神学におけるエーテルとは、古代ギリシャの『輝く空気の上層』を表す言葉だ。火・水・風・地の四大元素を拡張した五番目の元素になる。


「エーテルは天体の構成要素だ。仏教で置き換えれば『空』にあたる。この空間の構築にも一役買ってるんじゃないか?」

(なるほど、だから『全知の公文書アカシック・アーカイブ』に到達するための鍵になるかもしれない。そう言いたいわけね?)


 理解の速いエルナに恭弥は首肯した。『空』――つまり『虚空』だ。空間構成物質の具象精霊であれば、恭弥たちの辿り着きたい異空間までの道を作れるかもしれない。


「つまり、その具象精霊の捕獲が汝の……もといお兄ちゃんの願いなわけじゃな? ならばわしが叶えてやろうぞ」

「その前に呼び方を戻してほしい」

「その願いはわしが飽きるまで叶わんのじゃ」


 簡単な願いがなぜ叶わない。

 恭弥はもう諦めることにした。


「待てよ大将、エーテルの精霊はどっかの研究施設にいるんだよな? まさか襲撃するつもりか?」

「いや、どうやら研究施設でトラブルがあって精霊が逃げ出したらしい。だから学院側に捕獲される前にこちらで保護する」

(手がかりもなしに?)

「手がかりならあるのじゃ」


 アル=シャイターンが口元に嘲笑を浮かべる。そんなこともわからんのかや? と表情で語っている彼女にエルナの纏う空気がムッとした。

 アル=シャイターンは窓の外を指差す。


「というか、そこにおるぞ?」


(え?)

「なに?」


 恭弥たちがアル=シャイターンが指差した窓の外を見やると、そこには緑色に淡く発光する物体がふわふわ飛んでいた。

 アレがエーテルの具象精霊?


「なんかいるのか? オレには見えねえが……」


 精霊は霊体だ。普段は人に視認されることはない。土御門が見えなくても当然だろう。


(追うわよ恭弥!?)

「ああ!」


 ふわふわどっかに飛んでいく緑色の発光体を、恭弥たちは窓から飛び出して追いかけた。

 ただ一人部屋に残された土御門は――


「おー、なんか面倒そうだな。見えないオレがいても邪魔っぽいから、頑張れよ大将」


 ちょっと寂しそうに駆け去っていく友の背中を眺めるだけだった。


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