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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
65/159

FILE-63 探偵部員たちの休日~九条白愛~

 休日がやってきた。

 新入生たちにとっては、入学してから二度目となる休日である。


 九条白愛は平日と変わらない時間に目覚めると、普通に着替えて普通に朝食を食べ、普通に約束の時間まで読書などをして過ごした。

 今日はレティシア・ファーレンホルストと一緒に買い物をする約束をしているのだ。


 遅れては申し訳ないので、きっちり十分前に着くように寮を出た。新入生の女子寮はそれぞれ入学時に通ったゲートのある地域ごとに分けられているため、白愛とレティシアではどちらかの寮よりも駅を集合場所にした方が近かったりするわけである。


 駅前に到着して待つこと数分――レティシアが慌しく駆けて来たのがだいたい約束の一分前だった。


 そのまま電車で第一商業区に移動し、ちょっと怖い感じの上級生に絡まれたりもしたが、通りすがりの知り合いの助けもあってなんとか無事に切り抜けられた。

 そしてようやくショッピングができると思った矢先、そんな予定など宇宙の彼方にでも放り出してもいい事案が発生した。


「こっちじゃこっち! 急ぐのじゃお兄ちゃん・・・・・


「「お兄ちゃん!?」」


 幼女姿の悪魔の王(アル=シャイターン)に『お兄ちゃん』などと呼ばれている黒羽恭弥の姿を見かけたのだ。

 これを事案と言わずしてなんと言おうか。


「黒羽くんが……おに……おにい……」

「悪魔の王になんて呼び方させてんのよあいつ!?」


 白愛にとって入学時からお世話になっている『特別な男の子』が、よもや幼女趣味に目覚めて人外幼女にそう呼ばせているなどとは思いたくない。断固、思いたくない。

 もしそうなら泣くかもしれない。

 その気持ちは、黒羽恭弥を『運命の人』と呼ぶレティシアも同じだったようだ。


「九条さん」

「はい」

「尾行するわよ!」

「はい!」


 この真相を確かめずにお買い物などできはしない。


        ☆★☆


 黒羽恭弥はアル=シャイターンに引っ張られるようにして――まずは第一商業区で最も大きな電気屋へと入っていった。


「電気屋でなにをするんでしょう?」

「ていうか、恭弥に家電って似合わないわね」


 携帯電話すら触れない恭弥である。土御門曰く、部屋にはパソコンどころかテレビも冷蔵庫も洗濯機もなかったとか。

 テレビは学院都市のテレビ局しか映らないからなくてもいいが、家電の『三種の神器』がないのは致命的ではないかと白愛は思う。

 恭弥はBMAの任務で学院に来ている。もしかすると、すぐに学院から去るつもりだからなのでは……? そう思うとなんとも言えない寂寥感を覚えてしまう。


 だが、ここで電気屋に来たということは、長期間留まらざるを得ない状態になったのではないか?

 実際に恭弥は迷わず生活家電のコーナーへと向かって行った。白愛とレティシアもこっそり後を追いかける。


 てくてく。すたすた。

「炊飯器を睨んでいますね……」

「部屋から飯盒が出てきたっていう恭弥よ!?」


 てくてく。すたすた。

「次は冷蔵庫でしょうか? ……あ、アルちゃんが物凄い勢いで扉を開けまくってます!?」

「止めなさいよ!? 中に入ってた野菜のサンプル手に取って唸ってないで!?」


 てくてく。すたすた。

「電子レンジのいっぱいあるボタンに戸惑ってるみたいです……」

「おじいちゃんか!?」


 その後もガスコンロやIHコンロ、オーブントースターに鉄板焼きプレートにポットにたこ焼き器に至るまで、恭弥はアル=シャイターンとキッチン用品を重点的に見て回った。


「自炊……するつもりなのでしょうか?」

「恭弥って料理できるの? いっつも十秒チャージのゼリーばっかり飲んでる気がするんだけど?」

「私も、一回みんなで食事した時以外だと、フレリアさんが持ってくるお菓子しか固形物を食べてるとこ見たことないです」

「恭弥の生態系が謎だわ」


 普段からなにを食べているのだろう? 流石にゼリーだけではないはず。もし外食やコンビニ弁当ばかりなのだとしたら、あまり健康によろしいとは言えない。


「今度から黒羽くんのお弁当も作ろうかな……?」

「え?」

「な、なんでもないです!?」


 思わず呟いた自分の言葉を省みて白愛は顔を真っ赤にするのだった。

 そうこうしている間に、一通り見て満足したらしい恭弥とアル=シャイターンは電気屋から出て行った。


「――って、結局なにも買わずに出てったわよ?」

「下見だったんじゃないですか?」


 他の店と値段を比較するために買わないことは白愛の母がよく行っていた。他店の方が安ければ交渉次第で値引いてくれるからだ。


        ☆★☆


 しかし、恭弥が他の電気屋に赴くことはなかった。

 次に恭弥とアル=シャイターンがやってきた場所は――


「まさかの映画館」

「黒羽くん、映画見るんですね」

「というより、アル=シャイターンにせがまれてた感じだったわね」


 映画館の外に展示されている宣伝ポスターを指差した小さい女の子に『お兄ちゃんお兄ちゃん、これが見たいのじゃ!』と言われるまま、恭弥は映画館の中へと入っていく。

 恭弥たちの姿が見えなくなるや、白愛とレティシアはアル=シャイターンが指を差していたポスターの前に駆け寄った。


「えーと……本当にこれでしたっけ?」

「ふぅん、日本のロボットアニメね」


 それは白愛も名前くらいなら知っている有名作品だった。シリーズがいくつもあり、ここで上映されているのはその最新作だ。白愛はそうでもないが、レティシアはちょっと興味ありそうだった。


 白愛たちも中に入る。

 上映開始にはまだ少し時間があるようだ。恭弥は柱の一つに凭れかかっており、アル=シャイターンはその辺をブラブラと歩き回っている。

 このまま待つつもりだろう。

 と思ったが――


「――って、結局見ないんじゃないの!? チケット買っちゃったじゃない!?」

「なんで入ったんでしょう……?」


 恭弥たちは入場することもなく、映画館での用事が済んだように立ち去ったのだった。


        ☆★☆


「レティシアさん! 黒羽くん洋服屋に入りましたよ!?」

「しかもレディースショップって!? まさかアル=シャイターンに服買ってあげるつもりなの!?」


 男子だったらたとえ女子と一緒でも入りづらさマキシマムの女性服専門店に、恭弥は全く臆することなく入って行ったのだ。


 白愛とレティシアはマネキンの陰に隠れて様子を窺う。店員の疑惑の視線が突き刺さるが気にしてはいられない。

 アル=シャイターンがいくつかの服を持って試着室に入る。


 数十秒後にチュニック姿となったアル=シャイターンがカーテンを開いた。


「どうじゃどうじゃ、お兄ちゃん? 似合っとるかの?」

「そうだな」

「こっちはどうじゃ? 白は好かんが、このワンピースはフリフリたっぷりできゅんと来るのではないか?」

「そうだな」

「ビキニがあったのじゃ! エロいのじゃ!」

「そうだな」

「……汝、いやお兄ちゃんよ、実はわしの格好なぞ割とどうでもよかろう?」

「そうだな」


 カーテンの間から顔だけを出したアル=シャイターンは不満そうに膨れっ面になっていた。

 そんな二人の様子に白愛とレティシアは――


「なんなのよ……これじゃまるでデートじゃない!?」

「黒羽くんが……アルちゃんと……デート……ソンナワケナイジャナイデスカ」

「九条さん目が怖いわ!? 感情が消えてて怖いわ!?」


 白愛は至って普通である。平常心である。恭弥がアル=シャイターンの独占ファッションショーに付き合っているくらいでココロガミダレルワケガナイ。


 そのファッションショーも満足したのか、二人はレジを素通りして店から出て行った。


「――ってやっぱりなんも買わないのね!?」

「デスヨネー」


 白愛の瞳が光を取り戻すのには、もう数分ほどかかった。


        ☆★☆


 そして――


「あの、見失ったわけですけど」

「気づかれたわね。流石過ぎるわ……」


 悔しそうに舌打ちするレティシアだったが、あれだけ叫んでいればこうなるのも自明の理であろう。


「なんだったんでしょうか?」

「わかんないわよ。もう今日のミーティングで問い詰めるしかないわね」

「そうですね……?」


 そう相槌を打った白愛のお腹がくきゅるるぅと可愛く鳴った。かぁああああっ、と赤面してお腹を押さえる。気づけばもういい時間だ。


「お昼にする? まだ探すなら付き合うわよ?」

「たぶん、見つけてもすぐに撒かれると思います」


 黒羽恭弥の正体はBMAの諜報員である。素人の白愛たちの尾行など丸わかりだっただろう。なんなら電気屋の時点で気づかれていたまである。

 恭弥捜索は諦めてランチにしようと決まったその時――


「おや? レティシア嬢に白愛嬢ではありませんか」


 知った声が後ろからかけられた。

 振り向くと、片眼鏡をかけた執事服の青年がスッとした姿勢で屹立していた。


「あら、アレクさん奇遇ね」

「えっと、こんにちは」

「はい、こんにちは」


 挨拶する白愛にアレクも挨拶を返すと、微笑んでいた表情を少し困ったように顰めた。


「お二人とも、一つお尋ねしたいのですが……お嬢様を見かけませんでしたか?」

「フレリアさん? なに? また迷子になったの?」


 レティシアが苦笑する。フレリアは辻斬り事件の時も一瞬だけ行方不明になっていた前科があるのだ。

 アレクの様子からして、今回もフレリアが勝手にどっかに行ったのだろう。


「方向音痴のご主人様を持つと大変ね」

「ああ、そこは否定いたします。お嬢様は決して方向音痴ではありません」

「ふぅん、こんな小さいことにも弁解するなんてずいぶんご主人想いじゃな――」

「お嬢様は方向音痴ではなく、方向を『気にしない』お方でして……基本、放っておくとたとえ目的地と違っていても自分の行きたい方向にしか進まないのです」

「まだ方向音痴の方がマシだったわ!?」


 愕然とするレティシアにアレクも「まったくです」と同意する。


「あの、私たちもフレリアさんを探すのお手伝いしましょうか?」

「いえいえ、せっかくの休日でございます。お嬢様のためにお二人の時間を割いてしまうのは大変申し訳ありません。ミーティングまでには見つけますので、ご心配なさらずとも大丈夫です」


 恐らくフレリアの失踪は日常茶飯事なのだろう。アレクの言葉からは慣れと諦めが読み取れた。


「そうですか。もし人手が必要でしたら言ってくださいね」

「はい、ありがとうございま……おや? アレはなんでしょう?」

「「えっ?」」


 目を見開くアレクに、白愛たちも後ろを振り向く。


 チョコレート色の竜巻が物凄いスピードで迫って来ていた。


 ほとんど、目と鼻の先。

 自分たちが危険な位置にいることを自覚した時にはもう、竜巻はすぐそこまで迫っていた。

 竜巻の前になにやら緑色の光が通り過ぎたが、そんなことに気を回している暇はない。

 竜巻の軌道が僅かにずれる。

 おかげで白愛は危険ルートから逸れたが――


「レティシアさん避けて!?」

「ホワッツ!?」


 レティシアは直撃を受けて空高く舞い上がった。


「わぎゃあああああああああああああっ!?」

「レティシアさぁあああああああああん!?」


 悲鳴を上げて白愛は飛んでいくレティシアを追いかけようとしたが、その前にアレクが瞬間転移で彼女を空中キャッチ。再び転移で戻ってくる。


「レティシア嬢、ご無事ですか?」

「死ぬかと思ったわ!?」


 ぜぇはぁと息を切らして地面に手をつけるレティシア。彼女なら魔術でどうにかできたのではないかと思ったが、そういえばタロットカードを寮に忘れたらしい。


「今のがなんだったのか気になりますが、それよりもお嬢様です。私はこれで失礼いたします」


 アレクは心なしか慌てたようにそう言うと、転移でその場から音もなく消え去った。今の竜巻がフレリアを襲わないか心配になったのだろう。

 ただ、あのチョコレート色の竜巻は――


「さっきのってもしかして……アルちゃん?」


 一瞬だけ見えたような気がした幼女の姿に白愛は眉を顰めた。

 と――


「あああああああああああああああああっ!?」


 唐突にレティシアが悲鳴を上げた。

 彼女は制服のポケットをまさぐり、青い顔をしていた。


「財布が、なくなってる。たぶん今の衝撃で落としたんだわ……」

「えっ!?」


 まさか自分も、と思い白愛もポケットを調べる。財布は健在だった。さっきの竜巻がスリなら軌道など変えずに白愛もやられていたはずだ。

 天高く巻き上げられて落としたのならば、かなり広範囲になると思われる。


「やっぱり今日の運勢最悪!? 外出るんじゃなかったぁあッ!?」


 泣き崩れるレティシアを、白愛はどう慰めていいかわからなかった。


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