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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
63/159

FILE-61 探偵部員たちの休日~フレリア・ルイ・コンスタン~

 休日がやってきた。

 新入生たちにとっては、入学してから二度目となる休日である。


 時刻は午前八時。学院都市内にあるコンスタン家が所有する大豪邸の一室にて、邸の主であるフレリア・ルイ・コンスタンは天蓋付きの豪奢なベッドの上で爽やかな目覚めを迎え――


「すやぁ……」


 なかった。


「えへへ、クッキーのお城ですー」


 幸せな夢を見ていた。


 その幸せな時間を打ち破るように、両開きの扉が大きめにノックされた。


「お嬢様、お目覚め……にはなっておりませんね? 朝でございます。そろそろ起きてください」


 扉の向こうから、フレリアの専属執事であるアレク・ディオールがどこか諦念を含ませた声で呼びかけてきた。


 無論、「起きて」と言われて起きるほどフレリアは他人本位ユアペースではない。

 無論、従者たるもの主のそういうところは重々承知している。


 故に――

 魔法の言葉が告げられる。


「朝食の準備ができております」


 パチリ、と。


 幸せいっぱいな夢の世界をエンジョイするために頑として重く閉ざされていた瞼が、呆気なく開いた。


「すぐに行きますー」


 ふわぁ、と欠伸を一つ。

 フレリアはベッドから下りると、まだふらつく足取りで部屋の扉まで歩いて廊下へと出た。

 そこには片眼鏡をかけた執事服の青年が紳士然と屹立していた。


「おはようございます、お嬢様」

「アレク、おはようございますー。今日の朝ごはんはなんですか?」

「それをお聞きになる前にお着替えと、お顔を洗ってください」


 寝ぼけ眼のフレリアは、ストロベリーブロンドの髪に寝癖をたっぷり作り、ネグリジェも人に見せられないほど着崩れていた。


「では、皆さん、よろしくお願いいたします」


 言うと、アレクはパチンと指を鳴らす。

 すると廊下の左右からメイドの団体が押し寄せ、あられもない姿のフレリアを部屋へと押し戻すように連れ去っていくのだった。


        ☆★☆


「本日は十時より学院の第三錬金工房をご見学。十二時より錬金術の名誉教授であるトマス氏と昼食を取りつつ会談していただきます。その後は一度邸へと戻っていただき、十六時から探偵部のミーティングでございます。ディナーは十九時を予定しておりますが、ミーティング次第では多少前後するかと」


 朝食のエッグベネディクトを幸せそうに頬張るフレリアに、アレクが本日の予定の確認を行っていた。


「う~ん、午前中の予定は全部キャンセルしてください」

「なにかご予定が?」

「少し自分の工房で試してみたいことができました。材料の買い出しにも行かないといけませんねー」

「かしこまりました。トマス氏には私の方からご連絡しておきます」


 恭しく一礼し、アレクは邸の電話で断りを入れる。キャンセルされたトマス氏は大変ショックを受けていた様子だが、フレリアは気にしない。なんならもう『トマス氏』という名前すら忘却の彼方へと追いやってしまったまである。

 とても新入生と教授の遣り取りとは思えなかった。


「それでは必要な物をリストアップしてください。私が買い出しに行って参ります」

「ええっ!? いいですよー、自分で行きますからー」

「なりません。お嬢様に万が一のことがあれば叱られるのは私です」

「大丈夫ですよー」

「訂正いたします。お嬢様が万が一にも買い食いなどされては管理を任されている身として大変困るのです」

「ううぅ、本音が出過ぎですー……」


 片眼鏡の位置を直してキラリと光らせるアレクに、フレリアは涙目だった。自由奔放を体現しているような性格のフレリアだが、それは性格だけであり実際はそうでもない。

 たまには一人でのんびりショッピングなどをしてみたい年頃なのである。


 と、一つ名案が浮かんだ。


「でしたらアレク、一緒に行きましょう♪」

「はい、その手には乗りませんよ♪」

「ぶーぶー」


 一緒に出掛けてこっそり逃げ出す作戦は始まる前に失敗した。


        ☆★☆


 だが、そんな程度で大人しくなるほどフレリアの諦めはよくなかった。

 アレクにルーンを刻む金属片などの買い出しを頼み、彼が邸を出てから数分後にフレリアも外出を図ったのだ。


「お待ちください、お嬢様」

「どこへ行かれるのですか?」

「アレク様よりお嬢様を邸の外に出すなと命じられております」


 門を抜ける直前でアレクの息がかかったメイド隊に見つかってしまったが、そこは強引に押し通った。今頃メイドたちは錬金術で錬成しルーン魔術で強化された鋼の檻の中で必死に脱出を試みているだろう。帰ったら出してあげなくては。


 なんにしても、アレクが戻る前に本願の買い物を済ませる必要がある。

 今朝思いつき、錬金工房の見学をキャンセルしてまで試してみたい案件。

 それが具体的になんなのか、アレクに知られてはいけない。


 錬成するために必要な材料を集めるため学院の商店街へと赴くフレリア。すぐ傍を水路が流れ、その澄んだ水が広大な田畑へと入っていく。建物は見渡す限り数軒しかない、なんとも不思議な商店街である。


「あれ?」


 おかしい、どう見ても農業区だった。商店街はフレリアの邸から大通りを真っ直ぐ歩けばつくはずなのに……。


「道が変わったんですかねー?」


 建物を一瞬で錬成・構築できるフレリアだからこその大胆な思考回路だった。


 しばらく歩く。なんとなく歩く。『あっちに商店街がある気がこっちから美味しそうな香りがします!』と勘を頼りに歩く。


 気がついた時、そこはどこかの公園だった。そしてフレリアの両手には――鼻孔を刺激するスパイシーな香りのケバブと、甘い匂いがヨダレを誘うクレープが握られていた。


『お嬢様が万が一にも買い食いなどされては管理を任されている身として大変困るのです』


 今朝聞いたアレクの台詞が蘇る。


「……」


 食べる。

 なくなる。

 買い食いなどしなかった。問題ない。


「あのう、商店街はどうやって行けばいいですかー?」


 そんな事実などなかったことにして、フレリアは最終奥義――『道を尋ねる』という手段に出るのだった。


「ああ? ――って、てめえあんときの女ぁあッ!?」


 尋ねられた男子生徒は、フレリアの顔を見るなり顔を真っ青にして喚いた。はて、どこかで会ったことがあるだろうか? まったく覚えていない。


「あの執事野郎は……い、いねえのか?」


 なにやら周りをキョロキョロと見回す男子生徒。そんな挙動不審な行動にフレリアは首を傾げる。

 執事野郎――たぶんアレクのことだ――がいないとわかると、男子生徒は途端に下卑た笑みを浮かべた。


「おう、てめえ俺のこと覚えてるか? ああん?」


 なんかいきなり態度がでかくなった。


「えーと、誰ですかー?」

「この阿藤横道のことを忘れるたぁ、いい度胸してんな?」


 名前を聞いてもさっぱり思い出せない。


「てめえんとこの執事に俺がどんな辱めを受けたか、その体に思い出させてやってもいいんだぞ? んー?」


 顔を近づけてきて凄む男子生徒だが、フレリアがこれっぽっちもビビッていないことに少々戸惑っている感じもあった。


「あっ、思い出しましたー」

「お、そうかそうか。思い出したか。だったらちゃんと謝ってもらわねえとなぁ。へへへ」


 嫌らしく舌舐めずりして笑う阿藤とかいう男子生徒を、フレリアは微塵も恐れることなく寧ろいい笑顔で指差す。


「こういうのを『不良さん』って言うんでしたねー♪」

「なにを思い出してんだてめえは!?」


 唾を飛ばす勢いで怒鳴った阿藤。顔を真っ赤にして額に青筋を浮かべた彼は、フレリアの腕を強引に掴もうと手を伸ばす。


「もうなんだっていい! ちょっとこっちに来てもら――」


 その時、いくつかのことが連鎖的に発生した。


 まず、フレリアの腕を掴もうとした阿藤が、真横から砲弾のごとく飛来したチョコレート色をしたなにかの直撃を受けて吹き飛んだ。

 次に、阿藤の吹き飛んだ先にあったホットドッグの屋台がへしゃげた。

 そして、ギャグのように宙に舞ったホットドッグの一つがフレリアの手に収まった。


「あ、奢ってくれたんですかー? ありがとうございますー♪」


 潰れたホットドッグの屋台に絡まるようにして目を回す阿藤にペコリとお辞儀すると、フレリアは上機嫌に鼻歌を唄いながら立ち去るのだった。


        ☆★☆


 なんとか人に道を尋ねつつ商店街へ奇跡的に辿り着いたフレリアは、必要な材料を買って邸へとやはり奇跡的に戻っていた。

 とっくの昔に正午を回っていたが、あれからも外でいろいろ食べたのでお腹の虫は大層ご機嫌である。買い食い? してません。


 鋼の檻に閉じ込めていたメイドたちも開放し、フレリアは一人地下にある錬金工房へと下りた。

 様々な薬品や機材、ホムンクルスの手足が保存された容器などが保管されているそこで、フレリアは買ってきた材料をテーブルの上に並べた。


 砂糖、バター、卵、薄力粉、粉ミルク、バニラオイル。


 お菓子を作るための材料がキロ単位で積み上げられる。とても少女の細腕で運べるような量ではなかったが、ルーン魔術で筋力を上げることなどフレリアにとっては造作もない。


「さてさてー」


 一通り確認して笑顔になったフレリアは、取り出した金属片を材料の周囲に配置する。ルーンの刻まれた金属片が光り輝き、食材を中心に置いた錬成陣を描く。


「ふふふ、クッキーのお城・・・・・・・を建てますよー♪」


 パン! と手を打ち合わせる。

 錬成陣から光の柱が立ち上り――数瞬後、そこにはウェディングケーキもかくやという程のクッキーでできた立派な城が建造されていた。

 フレリアはテーブルの上に乗った城――夢に出てきたお菓子のお城を見上げて満足そうに微笑む。


「夢よりは小さいですけど、思った通りにできてよかったですー♪」

「なにがよかったのでしょうか、お嬢様?」

「ひゃうわっ!?」


 ギギギ、と壊れかけた人形のような音が出そうな感じでフレリアは振り向く。

 そこには、笑顔を引き攣らせた従者アレクの姿があった。


「まさか、こんなもののためだけに午前中の予定を蹴ったのでございますか?」

「えーと、それは……てへ♪」


 フレリアにしては珍しく、冷や汗を掻いて愛想笑いを浮かべる。そんな主をアレクしばらく見詰め……やがて諦めたように溜息をついた。


「作ってしまったものは仕方ありません。これは探偵部のミーティングで皆さんに処分――もとい、食べていただきましょう」

「ええっ!?」

「なにか?」

「……なんでもないですー」


 自分一人で食べようと思っていた、などと従者の前では言えるわけもなく。

 フレリアは、それでも部活のみんなと食べられるなら楽しいかもしれない、と期待するのだった。


「あーそれと、道中でお食べになられた物は全て調査いたしました。本日のディナーは予定から外させていただきます」

「えぇええええええっ!?」


 優秀過ぎる従者の前では、買い食いをなかったことにはできなかった。


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