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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Preparation
60/159

FILE-58 魔導師

 話を聞き終えた恭弥たちは、とても形容しがたい微妙な表情をしていた。


「そういうわけで、拙者は師匠に弟子入りするでござる」


 既に恭弥のことは『師匠』呼び。嘆願ではなく決定。己より強い者に弟子入りして学び、鍛え、技術を研磨していく。それがたとえ己の流派とは異なろうと、魔術の系統すら全く違っていようと、『新しい物を取り入れる』という考えはとても現代的だ。

 五行思想を忍術に取り入れていることからも、甲賀流はその辺り寛容なのかもしれない。ガンドが加われば一体どうなるのか? 興味がないわけではないが、弟子など認めるわけにはいかない。


「断る。俺がお前に教えられることはない」

「なるほど、己で見て盗めということでござるね?」


 どうやら甲賀静流も聞く耳を持たないタイプらしい。


「いいじゃねえか大将、こんな美少女を弟子に取れるなんて羨まし過ぎるってもんだ。やばい、羨まし過ぎて一発殴りたくなってきた」

「ならお前が師になってやれ。陰陽道なら五行も齧ってるんじゃないか?」

「まあ、ちっとはな」


 土御門はなにやら自信あり気にニヤリと笑った。五行という単語に反応したのか、静流は今まで有象無象の一人だと認識していたらしい土御門を眼中に入れる。


「お主は強者でござるか? 弱者ならば師事する意味がないでござるが?」

「やってみるか?」


 静流の言葉を挑発と受け取り、土御門は好戦的に応じて護符を構えた。



 そして、五秒後。



 そこには全身から焦げ臭い煙を噴き、顔面から壁に減り込んでいる土御門の姿があった。


「よっわ!? チャラ男よっわ!?」

「土御門くん、勝てると思ってたんですか?」


 レティシアと白愛が瞬殺された彼を愕然とした様子で眺めていた。静流はユーフェミア・マグナンティや孫曉燕といった戦闘向きの特待生ジェレーターを倒してきた猛者である。多少実力があっても新入生ニオファイトで勝てる相手ではない。


「くそう、ワンチャンあると思ったんだよ!?」


 ボコッ! と土御門は壁から顔を抜く。頭から血は出ているが、深刻なダメージというほどでもなさそうだった。


「ツッチーって意外と頑丈ですよねー」

「フレリアちゃんに初めて名前呼ばれたと思ったら、そんな愛称になってたのねオレ」


 変なところに感心するフレリアに土御門は苦笑した。


「お嬢様、愛称などこの男には勿体なく存じます。ナメクジでよろしいかと」

「よろしくないわ!?」

「ナメクジ? 塩かけていいですかー?」

「もう塩はやめて!?」


 頭を押さえて蹲る土御門。そろそろ塩がトラウマになってきたらしい。それでも学習しそうにないのが土御門清正という生物ナマモノである。


「というか、甲賀さんだっけ? そこまで実力があるのに、どうしてあなたは特待生ジェレーターに選ばれなかったのよ? 実技で忍術見せれば一発だと思うけど」

「拙者、実技試験は受けておらぬでござる」

「へ?」


 意外な答えにレティシアはきょとんとした。

 だが、よく考えれば意外ではないだろう。秘匿されるべき忍術を明らかに記録される実技試験に使えるわけがない。結局今は開示してしまったが、静流は阿呆のように見えてその辺りはきちんと弁えているのだと思われ――


「筆記試験が終わった後、急に高熱が出て倒れてしまったせいでござる」

「知恵熱……」


 思われただけだった。少し見直しかけた恭弥の感情はどこに捨てればよいだろうか?


「そもそもあの試験、拙者の得意な国語が出題されなかったことが解せぬでござる! 問題文までえいごは卑怯でござる!」


 彼女が言う国語とは日本語のことだろう。ここは世界中から生徒が集まる学院である。日本語なんて出たとしても選択課題だ。

 レティシアがなにやら考え込むように顎に手をやった。


「甲賀さん」

「なんでござるか?」

「1×1は?」

「2……いや1でござる! 危なかった掛け算でござった」

「9×9は?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(ふしゅうううう)」


 静流はたっぷりと時間を開けて考えた後に、目を回して頭から湯気を噴出するのだった。


「この子実は簡単に鎮圧できたんじゃないかしら!?」

特待生ジェレーターになれなかったことより、入学できたことの方が不思議になってきたな」


 学院の合格ラインは一体どのくらい低レベルなのだろうか。それとも本人も知らず裏口から入学したということも考えられるが……まあ、どうでもいい話である。


「これで魔導師を目指しているのですから驚きでございますね」


 アレクがあからさまに嘲笑する。

 魔導師とは、特定の魔術を最大限以上に極めた者たちの総称である。恭弥とエルナの師であるロルク・ヴァナディースもその一人だ。


「やはり勉学が必要でござるのか!?」

(一般教養はあまり関係ないわ。魔導師になりたいのなら、ひたすらに己の魔術を練磨していくしかないわね。それこそ極限を超えるくらいに)

「なり方を知っているのでござるか、ネズミ殿?」

(どうかしらね。あと、ネズミじゃなくてエルナよ)


 実際、知っていると言えば恭弥だって知っている。魔導師の称号を与えているのは世間の評判ではなく、BMA――魔術管理局だからだ。


「確かエルナ嬢と黒羽様はロルク・ヴァナディースを師事ていたはず。その辺りの話も聞いているのでしょう」

「あっ、そっか! 『ヴァナディース』ってどっかで聞いたと思ったら、あの北欧魔術を極めた魔導師のことだったのね! てことは、エルナさんは娘になるのかしら?」

(違うわ。私も恭弥も拾われたの。私は自分の名前も知らない赤ちゃんの時に、恭弥は五歳の時だったわね)


 ピクリ、と。

 五歳の恭弥というワードに、この場の何人かが明確な反応を示した。


「……ねえ、エルナさん、恭弥の昔話を今度ゆっくり聞かせてくれないかしら?」

「それ私も興味あります!」

「キョーヤの小さい頃ですか? なんだか面白そうですねー♪」

「黒羽様の弱みを握れるかもしれませんね。是非とも拝聴したく存じます」

(いいわ。また今度、落ち着いたらね)

「お前ら……」


 別にエルナが話せる範囲で困る事はないが、過去を穿り返されるのは恭弥も気持ちのいいものではない。できればやめてほしい。


「まあ、大将の過去は今度じっくり聞くとして……魔導師だったら、大将やフレリアちゃんならなれるんじゃないか?」


 土御門が何気ない調子で疑問を呈する。


「いえ、魔導師とは各分野の頂点――つまりそれぞれ一人だけでございます」


 アレクが片眼鏡の位置を直して答えた。


「錬金術はパラケルスス様、ルーン魔術はウォーデン様という方が既におられます。ガンド魔術もフリューゲル様という方が去年選ばれていたかと」

「それでも師匠は近いところまで行っているということでござるね! やはり弟子になって正解でござった!」

「……もう勝手にしろ」


 無論、弟子など認める気はないが。

 これ以上は付き合いきれない。


「あ、恭弥、どこ行くのよ!?」

「話は終わった。俺は席を外す。あとは過去話でも勝手にすればいい」


 踵を返した恭弥をレティシアが止めようとするが、恭弥は投げ捨てるようにそう言って教室を後にした。


「なんか恭弥、ちょっと機嫌悪くなった?」

「そ、そんなに拙者が弟子になるのが嫌だったでござるか!?」

「いえ、そこではなく……フリューゲル様の名前を出した途端に様子が変わった気がします」

「同じガンド使いでしょ? 因縁があるとか?」


 後ろから少し心配そうな会話が聞こえてきたが、恭弥は無視して旧学棟から立ち去るのだった。


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