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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Admission
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FILE-48 悪魔契約

 そいつからすれば恭弥の魂など米粒にも満たなかっただろう。

 生贄として使われた数多の魂とそう変わらなかっただろう。

 しかし、恭弥の魂には意思や力が宿っている。禍々しく巨大な拳が恭弥に触れた時、ただ悪魔に取り込まれるだけの弱い魂ではありえない衝突が確かにあった。


 瞬間、視界が弾けた。


 世界が一変する。

 眼下に見えていた学院都市の景色は消失し、代わりに流動するドス黒いヘドロのようなものが蔓延していた。


(……流石に凄まじいな)


 おどろおどろしい世界に浮遊する恭弥は思念で呟いた。肉体があれば冷や汗を掻いていただろう。


 ここは現実の世界ではない。

 恭弥が精魂融合で悪魔に干渉したことにより入り込めた精神世界だ。


 その証拠にドロドロした闇の表面にはいくつもの青白い輝きが見て取れた。それらはかろうじて人の形をしており、浮き沈みを繰り返してやがて完全に消え去っていく。


 アレは生贄にされた人々の魂だ。

 気をつけなければ……。こちらから侵入した恭弥とて、闇に触れると一瞬で絡み取られてお陀仏である。


(ほう、汝はわしを喚ぶための生贄にされた魂ではないな?)


 男とも女とも老人とも子供とも取れる不思議な声が思念として響いた。

 すると、恭弥の目の前――これ以上ないくらい黒い闇の中に、金色に輝く巨大な両眼が開かれた。


 ゾクリ、と。


 心臓を握られたような恐怖とおぞましさが恭弥を支配する。だがすぐに頭を振って意識を保つと、恭弥は金眼に向かって思念を飛ばした。


(お前が悪魔の――ッ!?)


 その刹那、下で蠢くヘドロの闇が無数の触手となって恭弥を取り込まんと襲いかかった。恭弥は絡め取られる前に念動力でその全てを捻じ切り、改めて金眼を睨みつける。


(なんじゃ、わしに喰われるために来たわけではないのか?)


 残念そうに、それでいてどこか楽しそうに声が響く。


(お前が悪魔の意識で間違いないみたいだな)


 精神世界に干渉できたことで精魂融合の第一段階は成功している。あとはどちらが主導権を得るかの戦い。勝てば全員助かる。負ければ恭弥は喰われて全員死ぬ。


(ああ、なるほどのう、わしを止めに来たわけじゃな? 小さき者のくせに愉快なことを考える)

(俺の力となれ、悪魔)

(ガンドの術者か。汝の術の支配下に収まれと? 却下じゃ)


 予想通り突っ撥ねられる。だが、ここで引き下がっては全てが終わる。

 負けてはならない。

 退いてはならない。

 怯えるな。恐怖に打ち勝て。相手を屈服させろ。そう何度も自分に言い聞かせ、恭弥は意思力を最大限まで引き上げて思念をぶつける。


(俺の力となれ! 悪魔の王よ!)

(急くな。順序が違うと言うておる。このアル=シャイターンを欲するならばまず契約せよ)


 恭弥の勢いを削ぐように、悪魔の王は軽い口調でそう提案した。


(……契約だと?)

(そうじゃ、悪魔の契約じゃ。汝の願いを叶えよう。その代り、全ての願いを叶え終えたら汝の魂を喰らうがの)


 テンプレート的な悪魔契約だ。悪魔は人間に力を貸し、願いを叶えさせることで、魂を自分好みに育てて喰らうのだ。

 悪魔の王は『アル=シャイターン』と言った。

 それはアラビア語だが、広く伝わっている方の名前を挙げるなら『サタン』である。想像以上に強大な悪魔の王だったことに恭弥は驚きを禁じ得ない。

 これからそれが暴れるのだと考えると……選択肢はなかった。


(いいだろう)

(ククク、自ら悪魔憑きになろうとは酔狂な奴じゃ。面白いのう)


 嫌らしく笑う悪魔の王――アル=シャイターン。契約するのは構わない。恭弥が屈服させるのは無理だ。できたとしても、相手が『サタン』であるならばその前に世界が滅びを迎えるだろう。

 だったら契約でもなんでもしてやろう。皆が助かった後に魂を喰われても、きっとエルナが意思を継いでくれる。

 ただ、一つ懸念がある。


(契約はしても構わん。だが、お前は既に幽崎と契約しているわけじゃないのか?)

(わしを召喚した小僧か? 契約なぞしておらん。奴め、無契約の悪魔を一時的に使役する召喚術でこのわしを喚びおったのじゃ。その縛りがなければ真っ先に喰らっておるわい。まあ、たった八十一の魂で腕だけでもわしを召喚できた手腕は褒めてもよいがの)


 それでも、こうもあっさり契約の話を持ちかけてくるところが恭弥には解せなかった。


(単純な話じゃ。わしは奴より汝の方が面白いと見た。汝と契約すれば奴の縛りも解けるしのう)

(……)


 ここは奴の精神世界。思念を表層意識として浮かべなくとも、アル=シャイターンには恭弥の考えていることがわかるらしい。


(さあ、願え。さすればわしの力を貸し与えようぞ)


 催促が来る。金色の瞳が恭弥を見据える。

 時間がない。

 覚悟は決まった。


(……学院を破壊するのをやめ)

(違う)


 思念が途中で遮られた。


(そんな安い願いではないわ。汝の根本にある願いを言うがよい。あるのじゃろう、復讐という願い・・・・・・・が?)

(――ッ!?)


 恭弥は驚愕した。やはり見透かされている。あの不自然な飛行機事故の真相を知った先の目的。エルナにも話したことのない恭弥の思い全てが、アル=シャイターンには暴露されてしまっている。


 それならそれで――

 ――遠慮なく利用させてもらう。


(ククク、承知した。今よりわしは汝の物じゃ)


 再び視界が弾け、恭弥の魂は元の世界へと戻った。


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