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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Admission
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FILE-45 錬金術の治療

 恭弥はガンド魔術の精神制御を解除した。

 途端、寿命が十年ほど持っていかれたようなとてつもない疲労感と喪失感が襲って来る。エルナが『無心モード』と名づけたこのリミッター解除は、それ相応のフィードバックがあるため本当に『最後の手段』なのだ。

 昔は無心状態時の記憶がなかった。今では制御できているためそういうことはないが、身体的な疲労の方はどうにもならない。はっきり言うと、立っているのがやっとである。


 だが、寝ている暇などない。

 恭弥以外の全員が重傷だ。特にレティシアは一刻を争うほど傷が深い。早く病院に連れていく必要がある。


「ずいぶんと派手にやられてしまったようでございますね、黒羽様」


 アレクが片眼鏡の位置を直して言ってくる。


「お前にもみんなを運ぶの手伝ってもらうぞ」

「それは構いませんが……」


 アレクの視線がスライドする。恭弥の灰色熊の守護霊を纏って倒れているレティシアへと。


「レティシア嬢は、そう悠長にしている状態ではないようです」

「アレクー、大丈夫ですかー?」


 その時、のんびりとした声が聞こえ、アレクの後方からとことこと赤毛の少女が駆け寄ってきた。


「わわっ!? みんな酷い状態ですね。キョーヤもボロボロですー」


 目を見開くフレリア・ルイ・コンスタンは、レティシアの状態を見て表情を変えた。いつも通りのおっとりしたものから、普段見ることのない真剣なそれに。


「レティちゃん……」

「すぐに病院へ運ぶ」

「待ってください」


 恭弥がレティシアの体を担ごうとすると、鋭い声で止められた。それがフレリアの声だと気づくのに数瞬かかった。


「アレク、お屋敷からアレを取って来てください。手持ちのはさっきシャオちゃんに使ったのでなくなってしまいました」

「私を使ってもよろしいですよ?」

「まだなにがあるかわかりません。アレクは万全の体勢でいてください」

「かしこまりました。それでは十秒ほどお待ちください」


 恭しく一礼したアレクの姿が消える。瞬間転移でお屋敷とやらに向かったようだ。一体なんの話をしていたのか恭弥にはわからないが、どうやらフレリアがレティシアの応急処置をしてくれるようだ。


「あいつの瞬間転移はどこにでも行けるのか?」

「どこにでもは行けませんねー。アレクは視界内とルーン文字でマーキングを行っている場所以外には転移できないのです。だからこうして、戻ってくるためのルーンを刻んでおくんですー」


 待っている間にフレリアはカバンに入っていたケースから白いチョークを取り出すと、道路に記号のような文字を描いた。

 次にいくつかの金属片を取り出し、それらをレティシアの周囲にばら撒く。地面に転がった金属片は光輝くと、別の金属片と光のラインで繋がり錬成陣を描いた。


「大変お待たせいたしました」


 きっちり十秒でアレクが戻ってきた。その腕には液体で満たされたガラスケースが抱えられていた。

 液体の中になにかが浮かんでいる。


「人の……腕?」


 恭弥は眉を顰めた。ガラスケースには赤ん坊のものと思われる小さな腕が入っていたのだ。腕にはルーン文字がびっしりと刻まれている。


「どこかの赤ちゃんの腕を千切ったわけじゃないですよー。これはホムンクルスの腕です。作り置きしているパーツだと思ってください」


 ホムンクルス……錬金術で生成された人造人間のことだ。超絶的に高度な技術だが、彼女がフランスの宮廷錬金術師であることを考えれば生成できても不思議はない。

 フレリアはアレクから『腕』を受け取ると、ケースから取り出してレティシアの上に置こうとし――


「キョーヤ、このモワモワしたクマさんが邪魔ですー。除けてください」

「……なにをする気なんだ?」


 言われるままに恭弥はレティシアから守護霊を回収する。すると一気にレティシアの顔色が悪化した。傷口が痛み始めたのか、苦しげに呻き始めている。


「ちょっと我慢してくださいねー」


 言うと、フレリアはレティシアの体に乗せた『腕』に両手をあてた。目を閉じ、意識を集中させる。

 すると、『腕』が白い光に包まれた。光はレティシアの全身を覆うまで広がると、次第に収縮を始め、そして消えた。

 消えたのは光だけでなく、『腕』もなくなっている。

 代わりに、レティシアの胸から脇腹にかけての深い斬り傷が嘘のように塞がっていた。レティシアの表情から苦悶が消え、今は呼吸も安定している。


「ホムンクルスの細胞をレティちゃんの細胞に変換して傷を埋めました。なので拒絶反応とかは出ないはずです」

「……」


 恭弥は言葉も出なかった。

 自分で作ったホムンクルスの細胞はともかく、レティシアの細胞の情報はいつの間にどこから入手したのだろうか? そんな疑問が過ったが、恐らく彼女の周囲に最初に仕掛けたルーンの錬成陣が読み取っていたのだろう。

 部分的だが、一種の人体錬成を目の前で拝見できる機会などそうはない。

 恭弥は素直に感嘆した。


「あちらの広場に救護隊が控えております。全滅していた部隊の救護と処理で動けないかもしれませんが、私が呼んできましょう」


 アレクがそう提案してまた瞬間転移を行おうとしたその時――


 突如、足元から禍々しい輝きが立ち上った。


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