FILE-42 恐怖、そして絶望
大鎌が振り下ろされる。
恭弥とレティシアは跳んでかわし、遠距離から〈フィンの一撃〉と魔力光線で応戦する。だが二人の攻撃は死神を怯ませることはできても、目に見えるダメージにはならない。決定打を与えるには程遠いように思えた。
「恭弥、もっと威力出せるでしょ!? なんでしないの!?」
「……」
恭弥だってそうしたいところだが……幽崎の言う通り、先程の戦闘でそれなりに消耗している。これ以上の威力を捻り出そうとすれば、よくて一発が限度だろう。
少し休んで回復を待つか、確実に仕留められるタイミングで放つか。
あるいは――
「ヒャハハッ! そこの女ぁ、てめぇが雑魚だからってあんまり他人に無茶押しつけるのはよくねぇぜ? 顔には出さねぇが、どう考えてもそいつは疲れてんだろぉ? そんなこともわかんねぇの?」
「あんですって!?」
グラツィアーノと睨み合いながら嘲笑した幽崎に、レティシアは額に青筋を立てて憤慨する。
「だったらいいわ! 恭弥は休んでなさい! あたしが仕留めてあげるから!」
「待て、今のは挑発だ」
「フン、わかって乗ってあげたのよ!」
レティシアは薙ぎ払われた大鎌をかわし、バックステップで死神から距離を取る。それからカードの束を取り出すと、その中から三枚を引き抜いて宙空に置いた。
全てが同じ絵柄――白馬に乗った騎士と、その真上に大きく描かれた太陽のカード。
「『THE SUN』――『太陽』の正位置。真実を暴き、活力を与える偉大なる光。開放と祝福、栄光を手に、闇を消し去れ!」
三枚のカードから紅蓮の炎が放たれる。それらは死神の頭上で渦を巻き、収束し、凄まじい熱量を放出する小太陽と成る。
同じカードの三重術式。恐らく一枚でも『戦車』とは比べ物にならない威力だろうが、それを単純計算で三倍に跳ね上げている。
もしもランダムで出せていれば周囲一帯が塵と化してしまいそうな小太陽が、死神の頭上へと落ちていく。
「ひゅー♪」
口笛を吹く幽崎は余裕だ。死神は大鎌をクロスさせて小太陽を受け止めようとする。が、灼熱の塊は止まることなく大鎌ごと死神の全身を呑み込んだ。
火達磨になった死神がもがき苦しみながら咆哮を上げる。
「どう? このあたしを雑魚呼ばわりしたこと、きっちり後悔させてやるんだから!」
得意げに平たい胸を張るレティシア。幽崎は額に手をあてて俯いた。
「ああ、今まさに後悔しちまったとこだ。そうだな。そうだそうだ。てめぇは雑魚なんかじゃねぇ」
全身を震わせながらクツクツと嗤うと――
「糞雑魚だ!!」
可笑しそうに叫んだと同時、死神を包んでいた炎が弾け飛んだ。
「なっ!?」
絶句し目を瞠ったレティシアに炎を掻き消した大鎌が振り迫る。赤熱した刃が雑草のごとく彼女を刈り取る寸前、灰色熊のオーラを纏った恭弥が瞬速で救い出した。
「どうして? あたし、全力で……」
「はぁ? あんな温ぃ火遊びで焼かれんのはせいぜい下級悪魔くらいだぜ? 火傷も負わねぇよ!」
「ぬ、温い……火遊び……」
渾身の一撃を馬鹿にされ、レティシアは先程までの威勢を削ぎ取られ血の気を失った。
「いいねぇいいねぇ、その顔が見たかった! てめぇの全力が簡単に打ち砕かれた瞬間に見せる絶望! ゾクゾクするぜぇ!」
狂い嗤う幽崎には良心というものがないのか? 本気で他人の絶望を見ることが快楽に感じる狂人だ。
「もっと見せてくれよぉ。なんならそこらで寝てる奴らを先にぶっ殺しゃあ泣いてくれんのかぁ? あぁ?」
悪魔の召喚者も悪魔だった。
「聞くな」
一旦死神から離れた恭弥がレティシアの耳を手で塞ぐ。
「――ッ!?」
そこで、気づいた。
レティシアが顔を青くしているのは、幽崎に恐怖し絶望したからだけじゃない。
「ごめん、恭弥……あたし、もう無理かも」
レティシアは、胸から脇腹にかけて真っ赤な血で染まっていた。
「――ッ」
恭弥は彼女が両断されることこそ防いだが、完全には間に合っていなかったのだ。
体温が少しずつ下がっていく。血色がどんどん悪くなっていく。
「レティシア・ファーレンホルスト……ッ」
グラツィアーノが苦虫を噛み潰したような顔をする。そこへ死神が襲いかかり、彼は仕方なく数秘術の解析陣を解除して回避に徹した。
「探偵部、あたしがいなくても……解散……しないでよ? お願い……あたしが知りたかったこと……あんたが代わり……に……」
「喋るな」
掠れるような声で遺言を残そうとしているレティシアの口を、恭弥は人差し指で差すようにして塞いだ。
「……死なせはしない」
すると、恭弥の纏っていた灰色熊のオーラが人差し指を通して彼女へと移り換った。
「ガンドで守護霊を撃ち込んだ。これで多少は治癒力が高まるはずだ」
精魂融合を他人にさせるという応用魔術。できることは理論立てていたが、試したのはこれが初めてである。
無論、治癒術なんかとは違う。応急処置にすらならない。彼女の生命力次第だが、あくまで死期を先延ばしにしただけのまやかしだ。
このままでは。
「そこで寝ていろ。すぐに終わる」
恭弥は思い出す。
飛行機事故で死んでいった家族や親戚たちのこともそうだが、目の前で仲間が死ぬという状況は初めてではない。
思い出したくはない。けれど忘れることは許されない。
それは魔術管理局に入ってから犯した、恭弥の過去における最大最悪の失敗だった。




