FILE-41 二体目の悪魔
オレーシャ・チェンベルジーは戦慄していた。
辻斬り犯に敗れた自分たちを回収しに来た学院警察の一個小隊が、その怪物と遭遇してから僅か数分で壊滅したのだ。
二本の死神のような大鎌を持って宙に浮かぶ、紫色の襤褸ローブを纏った骸骨。
振り上げられた凶刃が、ようやく動けるようになったオレーシャと曉燕を襲う。
「くっ!」
なんとか避けることには成功したが、まともに戦えば学院警察の生徒と同じ運命を辿ることは目に見えている。たとえオレーシャが万全の状態でも、だ。
「ねえ、チェンチェン。こいつなに? なんでシャオたち殺そうとしてんの?」
「チェンチェン!?」
慣れない呼び名につい叫び返してしまったが、そんなことに気を取られている場合ではない。
オレーシャは猟銃に魔弾を込めて引き金を引いた。射出された銃弾は大鎌で弾かれたが、爆発した閃光で死神は怯んだ。
「逃げるぞ、孫。こいつは恐らく上級以上の悪魔だ。今の我々では勝てん」
そしてこれは推測だが、人を殺していた方の辻斬りの正体だと思われる。あの忍者娘はオレーシャたちにトドメを刺さなかった。チャンスはいくらでもあったのだ。なのに今さら悪魔を召喚して殺しに戻ってくるとは思えなかった。
「悪魔? この前シャオがぶっ殺した目玉の仲間ってこと?」
「……お前が倒したのか」
数日前、五体の悪魔が何者かに召喚された。人間の生贄を依代としなければ具象できない下級悪魔だったが、現場に居合わせた生徒たちが駆除したと聞いている。
そのうち二体は黒羽恭弥とレティシア・ファーレンホルストが対応したことは風の噂で知っていたが、残り三体の内の一体は孫曉燕が倒していたということか。
「こいつはあの時の悪魔とはレベルが違う! 戦おうとするな! 逃げなければ死ぬぞ!」
「じゃあ、チェンチェン一人で逃げていいよ。シャオ、逃げるの嫌いだもん」
ドン! と背中を押される。つんのめりかけて振り返ると、曉燕が伸ばした棍棒で大鎌を受け止めていた。
「にしし! シャオを斬るならもっと力を――」
無邪気な言葉は最後まで続かなかった。
死神の二本目の大鎌が、一本目を受け止めている曉燕を横薙ぎに斬り裂いたからだ。
「孫ッ!?」
反射的に受け身を取れたのか、曉燕が真っ二つになることはなかったが、彼女は夥しい量の血飛沫を撒き散らしながら建物の壁を貫通する勢いで叩きつけられた。
万全の曉燕であれば避けられたかもしれない。
だが、やはり辻斬り犯の少女と戦った疲労とダメージが残っている。
「……逃げるのは無理か」
オレーシャも動けるようにはなったが、走れるほどの力は残っていない。
魔弾のストックも僅かだ。閃光の効き目が薄いことは今わかった。そもそも髑髏に視力なんてものがあるのか謎である。
「私は狩られるだけの小動物ではない。せめて、最後まで抵抗してから死んでやる!」
こちらへと飛んで来る死神に爆裂の魔弾を撃つ。直撃したがたいして効いているようには見えない。一瞬だけ動きが止まる程度だ。
それを一発、二発、三発――死の時間を一瞬ずつでも遅らせる。
「……ッ」
やがて魔弾が尽きた。オレーシャは猟銃を逆さに構え、それ自体を打撃武器として殴りかかる。
そして――
あっさり大鎌に切断された猟銃を見て、ここまでだと悟った。
「最後の一瞬まで、よく持ち堪えました」
天から、声が降ってきた。
死神も気づいてそちらを見やろうとした瞬間――ドゴォオオオオン! と。
上空から舞い降りてきた執事服の青年が、死神の頭を砕き割る勢いで蹴り倒した。
「こっちです!」
不意にオレーシャは手を掴まれて引っ張られる。ストロベリーブロンドの少女がオレーシャを死神から少し離れた位置まで誘導する。
フレリア・ルイ・コンスタン。
アレク・ディオール。
特待生第三位の『ルーンの錬金術師』と、その従者。
「お嬢様は他に生存者がいないか確認を」
「わかりましたー」
フレリアは敬礼するように手を額にあてると、とてとてと邪魔にならないよう大回りで死神の横を駆け去って行く。
「そこの死神もどき様は、私がお相手して差し上げます」
起き上がった死神の前には、ニコリと笑う執事が白い手袋を嵌め直していた。




