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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Admission
42/159

FILE-40 真犯人と数の魔術

 幽崎・F・クリストファー。

 死神のような姿の悪魔に乗った少年は、見紛うことなく特待生トップの危険人物だった。


「やはり人を斬り殺していた方は君だったか。犯人が一人だけだとしたら明らかに手口が違い過ぎていた」


 グラツィアーノが死神の肩に乗る幽崎に拳銃を向ける。気に食わないが恭弥も同意見だった。人を斬殺していた犯人も彼女だったのなら、オレーシャや曉燕にトドメを刺さなかったことが不可解だった。最初から殺すことが目的なら誰も生かす必要はない。『被害者の証言』なんて得られるわけがなかったのだ。

 現に幽崎に襲われた生徒は全員殺されているのだから、目撃証言もなく犯人像として浮かんで来なかったのは当然である。


「俺も驚いてんだぜぇ? まさか俺以外に辻斬りやってる奴がいるなんてなぁ! 俺も襲われたから逆に利用してやったんだが、一人も殺せてねぇとはつまんねぇ話だなぁオイ!」


 楽しそうに語る幽崎だが、嘘はついていなさそうだ。偶然にも似たようなことをしていた犯人が二人いた。目的はまだどちらもわからない。ただやり方が不殺か確殺かの違いだった。

 恭弥は問う。


「幽崎・F・クリストファー、お前の目的はなんだ?」

「目的は『全知の公文書アカシック・アーカイブ』への到達と奪取だ。てめぇと同じだよ。あのカラスちゃんから聞いてんだろぉ、黒羽恭弥?」


 エルナの存在はやはりバレていたようだ。


「人を殺して回っている目的を聞いている」

「ああ、そっちか。そいつぁなぁ……………………言わねぇよ! てめぇらもどうせ狩られるんだぜ? 冥土の土産なんざやらねぇっつの! ヒャハハハハッ!」


 恭弥たちを指差して小馬鹿にしたように嗤う幽崎。この場にいるほとんどの者が苛立つ気配を感じた。


「……指を差すな」

「いろいろ面倒そうな邪魔者を一掃するにゃあいい夜だと思ったわけよ。てことで、ピーチク囀ってねぇでさっさと断末魔を聞かせろやぁあッ!!」


 凄む恭弥にも怯まず、幽崎は手振りで死神に指示を出した。


「避けろッ!?」


 二本の巨大な大鎌が左右から刈り取るように振るわれる。この場にいる全員を巻き込む範囲。恭弥に言われなくとも動けた者は自分で跳んで大鎌の範囲から脱出していた。

 ただ、それができたのは恭弥とレティシアとグラツィアーノの三人だけだった。


「くっそぉおおおっ!?」

「ぐぅうううううっ!?」


 土御門とルノワが結界で防ごうとしたが虚しく、あっさり砕かれた衝撃で後ろにいた白愛と辻斬り少女と共に薙ぎ飛ばされてしまった。


「九条さん!? チャラ男!?」


 レティシアが駆け寄ろうとするが、目の前を大鎌の斬撃が通過して足を止めざるを得なくなった。

 四人とも斬られてはいない。ただ体を強く打って気絶しているだけのようだ。


「おいおい、そこはちゃんとくたばっとけよ。雑魚が下手な抵抗したって苦しむ時間が増えるだけだぜ? まあ、それはそれで苦痛の表情を見せてくれりゃあ俺は満足だからいいけどよぉ!」

「幽崎ッ!」


 恭弥は幽崎を指差す。撃ち放たれた〈フィンの一撃〉を幽崎は避けない。直撃し、死神の肩から弾き落される。

 が――


「どうしたぁ? 入学式ん時に天井吹っ飛ばした威力はこんなもんじゃなかっただろうがよぉ? 連戦でお疲れですかぁ?」


 今の一撃はわざとくらったらしく、幽崎は空中で体勢を整えて余裕綽々と着地を決めた。


「あいつなんでピンピンしてるのよ!?」

「……ただの悪魔召喚者ってだけじゃなさそうだ」


 幽崎は防御もしなければ受け身も取っていなかった。恭弥も威力は控え目にしたとはいえ、意識は飛ばすつもりで撃ったのは間違いない。


「さてさて、一体でも問題ねぇだろうが、念のためもう何体か喚んどくか」


 幽崎の足元に黒い魔法陣が広がる。それからその中央でナイフを取り出すと、左手の人差し指の腹を軽く切った。

 血が滴り、魔法陣の中心へと落ちていく。


「さあ来やがれ! 飢えに飢えた魔界のクソッタレな悪鬼共! 上質なえさがてめぇらの目の前に置いてあるぜぇ! 全部好きなだけ喰っちまえ!」


 魔法陣から強烈な黒い光が迸る。冥府の門が開き、そこから多種雑多な悪魔たちが雪崩れ込んで――来なかった。


 召喚の魔法陣は光を失い、やがてガラスが砕けるように消滅する。


「……あぁ?」


 眉を顰める幽崎。召喚に失敗した、というわけでもなさそうだった。


「悪いね、幽崎・F・クリストファー。これ以上の召喚は僕が許さないよ」


 声に振り向くと、グラツィアーノの周囲に輝く帯状のなにかが展開されていた。それはよく見ると無数の数字の羅列であり、流れるように次々と移り変わっている。


「君の召喚術を解析して打ち消させてもらった。かなり複雑な構造だったからギリギリ間に合ってよかったよ」

「チッ、数秘術か」


 幽崎は苦虫を噛み潰したような顔をした。


 数秘術。

 世界が『数』で構成されているという前提に基づき、それを読み解くことで隠された真理を発見したり、数値を操作することで世界の事象に変容をもたらしたりする魔術である。

 グラツィアーノは幽崎の悪魔召喚術を数秘術で解析し、それを無効化するパターンを瞬時に割り出し実行した。伊達に恭弥の一つ上の順位に座っているわけではないようだ。もっとも、恭弥は試験であまり目立ち過ぎないように調整していたわけだが。


「ヒャハハッ! こいつぁ誤算だったぜ! 空気だと思ってた奴が実は一番めんどくさかったとはなぁ! ――奴から殺せ」

「させるか!」

「させないわ!」


 死神がターゲットをグラツィアーノに移したが、恭弥の〈フィンの一撃〉とレティシアの魔力光線が妨害した。


「僕は幽崎を見張っておく。その悪魔は君たちで倒してくれ」


 グラツィアーノは数秘術を展開し続け、幽崎がアクションを起こせば瞬時に解読する体勢を取っている。あの状態では戦闘はできないだろう。


「わかった、こいつは任せろ」


 グラツィアーノが幽崎を抑えてくれているなら、恭弥も集中して死神の悪魔と戦える。少々癪に障るが、ここはひとまず彼を信じることにした。


「めんどうだな、糞どもの分際でよぉ!」


 幽崎が再び自分の血を贄にして悪魔を呼び出そうとするが、やはりその前に召喚陣自体が消滅してしまう。


「無駄な足掻きはよせ。召喚術を封じられた召喚士になにができる?」

「ああ? 馬鹿か? あんまり舐めた口利くと死ぬ目ぇ見るぞ?」

「……なに?」


 魔術を封じているにも拘らず余裕を失わない幽崎を、グラツィアーノは目を細めて睨んだ。


「そうだ、てめぇらは俺を相手にしてんだ。雑魚が粋がって油断しないことだぜ。なにかできるかもしれないし、〝なにもしなくてもいい〟かもしれない」


 幽崎は両腕を大きく広げ、口が裂けるように嗤う。


「これは例えばの話だが、もし既に召喚されていた悪魔が他にもいたらどうする?」


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