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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Admission
21/159

FILE-19 辻斬り事件

 深夜。

 その男子生徒は夜道を必死な形相で走っていた。


「なんなんだ!? 俺がなにしたって言うんだ!? コンビニに行ってただけだぞ!?」


 走りながら背後を振り返る。路地の奥には夜闇が広がっているだけだが、男子生徒にはその闇が酷く恐ろしく感じられた。

 涙を流し、鼻水を垂らし、くしゃくしゃになった顔で彼は『なにか』から全力で逃げている。


「早く! 早く寮に……ッ!?」


 彼は立ち止った。早く逃げなければならないのに、足が前に進むことを拒絶している。

 なんらかの魔術をかけられたわけじゃない。

 単純に、彼が恐れている『なにか』が目の前に現れたからだ。


「ひっ」


 短い悲鳴。

 眼前の暗闇から、頼りない街灯の明かりの中へと『なにか』が踏み込んでくる。それは彼と同じ総合魔術学院の制服を纏った女子生徒だった。


 顔は口元を長いマフラーで覆っているため半分しかわからない。夜色の髪は後ろで一つに束ねられ、血のような赤い瞳が彼を真っ直ぐ見詰めている。


 そして、その女子生徒の両手には一本ずつ日本刀が握られていた。


「お主は強者でござるか? それとも弱者でござるか?」


 先程もコンビニを出たところで同じ質問をされ、いきなり襲いかかってきたのだ。それは今度も同じく、こちらが答える前にマフラーの少女は日本刀を構えて人間とは思えない速度で疾駆した。


「うわぁあああああああああっ!?」


 さっきはコンビニ袋を投げつけて、中に入っていた炭酸飲料のペットボトルを少女が勝手に斬って怯んだ隙に逃げ出せた。

 今回はなにも持ち合わせていない。

 男子生徒は成すすべなく銀刃が閃くのを見ているしかできなかった。


        ☆★☆


 ランドルフ・ダルトンが意識を取り戻したのは、事件のあった日から三日後のことだった。

 病院のベッドに虚ろな瞳で横たわる彼は現在、数人の上級生たちに囲まれ質問攻めに遭っていた。


「君はなぜ悪魔の中に入っていたんだ?」

「……わかりません」

「君が悪魔を召喚したわけではないのだな?」

「……すいません、それも覚えていないんです」


 学院警察。彼らはそこに所属する刑事である。

 都市として機能している魔術学院にはコンビニもあればスーパーもあり、水道局もあれば発電所もあり、消防もあれば病院もあり警察だって当然ある。

 だが、当たり前だが一般の人間は一人たりとも存在しない。全員が魔術師または魔術に関わる者たちが集まっているため、そういった都市機能も彼ら自身が動かしている。

 そしてここは学院――大人は少なく子供が多い。生徒たちも生活費を稼がねばならず、仕事としてそういったところで働いている者も少なくないのだ。


「ダメだな。記憶が欠落している」


 刑事の一人が諦めの息を吐いた。ランドルフは完全な記憶喪失というわけではないが、自分がなぜこうなったのか全く覚えていない。先日の下級悪魔から出てきた生徒は彼の他に四人いたが、二人は死亡、もう二人は未だ昏睡状態が続いている。


「先輩、入学試験の資料を見る限り、彼は振動増幅による粉砕系の魔術を得意としています。悪魔召喚とは系統があまりにもかけ離れているかと」

「ふむ……やはりなんらかの事故に巻き込まれたと考えるべきか」


 ランドルフ・ダルトンについて調べた資料を捲る女子生徒に、質問をしていた男子生徒は溜息をついて眼鏡の位置を直した。


「日を改めよう。もう少し体調がよくなれば彼もなにか思い出すだろう」


 部下たちにそう指示を出し、学院警察の上級生たちは病室を後にする。


「目下の事案は、例の新入生を狙った辻斬りの方だ」


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