FILE-157 表彰式
魔術対抗戦は終了し、広場に集まった生徒たちの前で優勝チームの表彰式が行われていた。
無事に脱獄していたフレリアと合流した恭弥たちは、仮設ステージの上に登壇し横一列に並んでいた。ファリスの最後の一撃でアル=シャイターンが消滅させられたことはまだ黙っている。せっかく喜ばしいムードなのに水を差す真似はしたくないからだ。
『魔術対抗戦優勝。チーム『探偵部』。あなたたちは当学院主催の魔術対抗戦において、頭書の成績を収められました。よってこれを賞します。総合魔術学院理事長オズウェル・メイザース。並びに、生徒会長ユーイン・シャムロック』
爽やかに微笑む生徒会長から、チームを代表してレティシアが恭しく賞状を受け取る。拍手喝采が巻き起こる中、恭弥はなんの変哲もないはずの表彰式に違和感を覚えていた。
――どういうことだ?
ワイアット・カーラがなにも仕掛けて来ない。優勝チームを生徒たちの前で粛清などできないのはわかるが、創立魔導祭の最高責任者である彼がこの場に現れていないことは妙だ。それに、読み上げられた理事長の名前はオズウェル・メイザース。恭弥たちの知らないところでなにかが起こったとしか思えない。
「フレリア、脱獄した時になにかあったのか? ワイアット・カーラを再起不能にしたとか」
「んー? わたしはアレクたちと逃げただけですねー。他の誰かがどさくさでやっちゃったのかもしれません」
フレリアに訊ねてもふんわりした答えしか返ってこなかった。そもそも彼女も把握していないようだ。
「どぉなってやがんのか知らねぇが、悪くない方向に転がったみたいだなぁ」
幽崎がクククと妖しく嗤う。その視線は理事長席に座って澄ました笑顔で手を振っているオズウェル・メイザースに向いていた。
金髪の儚げな美青年であるオズウェルは、その容姿のせいで女子生徒たちからの黄色い声援が鳴り止まない。優勝チームそっちのけの人気っぷりである。
「チッ、気に入らねぇなぁ」
その人気に嫉妬したわけではないだろうが、幽崎は舌打ちすると踵を返して観客たちの方へと振り向いた。
右手の中指を立て、舌を出した凶悪な笑みで――
「ヒャハハハ! 見たかてめぇら! 学生気分でぬくぬくしてるお利口ちゃんじゃあ俺には勝てねぇんだよ! 入学式ん時に優しく教えてやったってのに、まぁだ理解してねぇ馬鹿ばかりで助かったぜ! この雑魚どもがぁ!」
思いっ切り、煽りまくった。
先程まで歓声の湧いていた場が一気に静まり返る。そして、当然のようにブーイングの嵐が巻き起こった。
「幽崎!」
恭弥は幽崎の胸倉を掴む。
「おいおい、止めんじゃねぇよ黒羽。この俺が登壇してんのに大人しくしてるなんて勿体ねぇだろうがよぉ。せっかく大量の餌を集められるんだ。こんなチャンス逃す手はねぇ。あー、そうかそうか、てめぇらの印象も悪くなっちまうなぁ。だが、俺をチームに入れた時点でお察しだろう?」
幽崎に悪びれる様子はない。なんならこれが優勝賞品だとでも言わんばかりに満足げに笑っている。
「だからあたしは反対だったのよ!」
「悪目立ちしちゃいましたねー」
「ハッ! 怒った強者たちが拙者に挑みに来るのでは! それはそれでうへへでござる♪」
さっきまでの祝福モードはもはや影も形もない。壇上に怒声や空き缶などが飛んでくる惨状にレティシアたちは苦い顔をしていた(静流は喜んでいたが)。
『静粛にしてください。続きまして、優勝賞品の授与を行います』
司会がアナウンスで生徒たちを鎮めようとするが、ブーイングが鳴り止むことはなかった。仕方なくそのまま表彰式は続行される。
優勝賞品を乗せたテーブルが壇上に運ばれてきた。賞金の入った封筒になにかの魔道具セット、フレリアが喜びそうな魔術の素材。それと最後に、一冊の分厚い本。
ワイアット・カーラが所持している『創世の議事録』である。
――本物か?
形式上実物を披露しなければならないとオズウェルは言っていたが、本物である必要性は皆無。理事長以外は本来閲覧すらできない魔導書なのだ。偽物である可能性の方が高い。
「大丈夫、あの『創世の議事録』は本物だよ」
「!?」
疑いの目で魔導書を見る恭弥に、絶賛ブーイング中の観客には聞こえない音量で生徒会長――ユーイン・シャムロックが囁いた。
「あんたは……なにが狙いだ?」
「僕たち生徒会は祭を公正に運営しているだけさ」
理解した。ワイアット・カーラは脱獄した誰かに襲われたわけではない。恐らくオズウェルと生徒会がグルになって排除したのだ。
オズウェルはわかるが、なぜ生徒会が協力したのか? 元々オズウェルの配下だったのか? それとも生徒会も全知書を狙っているのか? 今はわからない。
『盛り上がっているところ申し訳ありませんが、私から重要なお知らせがあります』
ブーイングの中でもよく響く落ち着いた声がスピーカーから放たれた。
席を立ったオズウェルがマイクを握っている。
『今年の創立魔導祭を管理していたワイアット理事長ではなく、私がこの場にいることに疑問を持たれている方もいらっしゃるでしょう』
彼の言葉にブーイングが鳴り止まる。それは誰もが気になっていたことだったのだろう。恭弥たちもそうだ。
『結論から申し上げますと、ワイアット理事長は魔術対抗戦にて不正を行っていました』
オズウェルは悲しげに目を閉じた。会場が一気にざわめく。
『彼は自分の派閥である祓魔師チームを優勝させるため、あらゆる妨害工作や裏取引を行っていたようです。事前に有力なチームを武力行使にて排除していたことも判明しております』
嘘はついていない。だが、解釈が違う。ワイアット・カーラは彼の正義を執行していた。全知書を求める恭弥たちの方が悪だった。オズウェルはそれを逆転し公にすることで一般生徒たちに浸透させようとしている。
『よって、彼及び彼に与していた者たちを私と生徒会の方で拘束いたしました。創立魔導祭の管理は私が引き継がせていただきますので、どうかご安心ください』
勝った方が正義とは、よく言ったものだ。
「最初からこうするつもりだったのか?」
「確実性を取ったまでです。言ったはずですよ。私はあなた方に協力する、と」
オズウェルにとってもワイアット・カーラは邪魔だった。恭弥たちはワイアットの隙を作るためのいい囮になっていたわけである。
「ククッ、食えねぇ野郎だ。ワイアットの方がマシに見えるぜ」
幽崎はオズウェルのやり方を気に入ったのか実に楽しそうである。
そのまま表彰式は続く。生徒会長が大会について感想を交えた話を始めたところで、恭弥は壇上にしか聞こえない声でオズウェルに訊ねた。
「『創世の議事録』の解読にはどのくらいかかる?」
「三十年」
「は?」
とんでもない回答に一瞬思考が停止する。
「ちょっと! そんなに待ってられないわよ!」
レティシアも抗議すると、オズウェルは柔らかく目を細めた。
「落ち着いてください。今のは一冊目、私が理事長になってから受け継いだ議事録の解読に費やした年数です。二冊目、『極夜の魔女』キーラ・J・ペンドレム理事長から盗み見た議事録は五年で解読しました。三冊目ともなれば数ヶ月で事足りるでしょう」
「す、数ヶ月って……」
絶句するレティシア。一冊目は三十年かかった代物だ。長いと取るか短いと捉えるか。ただ、一般的な魔術師が一般的な魔導書の解読にかかる平均日数もそのくらいである。
「『魔導書の魔導師』でそんだけかかるんじゃあ俺らが解読したって無理ゲーだな。だが待てねぇ。俺は俺でこれまで通り好き勝手に探させてもらうぜ」
「ええ、構いません。ですが、あまり無茶はしないでくださいね。幽崎・F・クリストファー、君たちの学院内での罪はもみ消しておきましたが、これ以上無駄に私の仕事を増やされると解読に余計時間がかかってしまいます」
「……チッ、善処してやるよ」
幽崎は吐き捨てるようにそう告げると、まだ表彰式は終わっていないのにさっさと降壇して行った。その自分勝手な態度にまたも観客生徒からブーイングが飛ぶ。
「君たちも、解読が終わるまで自由に過ごすといいでしょう」
幽崎を見送ったオズウェルが恭弥たちにもそう告げる。幽崎と同じように全知書のさらなる手がかりを探すか、それとも普通に学院生活を楽しむか。
恭弥自身の身の振り方は、また後でエルナと相談して決めることになるだろう。
三日間だけだったとはいえ、長く厳しい戦いを乗り越えたのだ。
流石の恭弥も、今はとにかく休みたかった。
魔術対抗戦編・完
(しばらく公募に集中するため休載します)




