FILE-155 魔術対抗戦・閉幕
『我々は決して悪魔に屈してはならない』
幼い頃から祓魔師として鍛錬を積んできたファリスは、耳にタコができるほどそう教えられてきた。
悪魔とは、罪深き存在。
悪魔とは、悪意と煩悩の権化。
悪魔とは、人類を誑かし破滅させる者。
故に必滅。悪魔と手を組んだ人間も同罪である。
多くの同胞が奴らの前に散っていった。その中にはファリスの友人や恩人もいた。だが、悪魔に対して憎しみを抱くべきではない。それは奴らにとって最高の餌となる。
だから、仲間とは距離を置いて接した。
ただただ無心に悪魔を葬り去ってきた。
心を完全に殺すことができれば、どれほど楽だっただろうか。
そうして実力を認められ、国際祓魔協会最高位の聖王騎士に選ばれた。父が元聖王騎士だったことも多少は影響しているかもしれないが、基本的にはコネで就ける地位ではない。
喜ばしいはずなのに、ファリスの中には言いようのない虚無感があった。
友人たちと普通に接していたあの頃と、今の自分。
主観的に見ても違いすぎるその差が、虚無感の正体だ。
「……貴様は、悪魔憑きになって尚なぜそうなのだ?」
魔力結晶を奪われ転送を待つだけとなったファリスは、確定した勝利に歓喜する仲間に囲まれた黒羽恭弥を見てそう呟いた。
彼はBMAのエージェント、それも諜報を主とする部署の人間だ。方向性は違ってもファリスと似たような境遇だと想像できる。表面上は距離を置いているように見えなくもないが、僅かに緩んだ口元から心の底では仲間を信頼していることが窺えた。
「まだ意識があったとはな」
ファリスに気づいた黒羽恭弥が歩み寄ってくる。今すぐ魔力結晶を取り返してやりたいが、残念ながら体は指一本も動かせない。
完敗だった。
最大の攻撃を凌いだ上で敗れたのだ。文句のつけようもない。人を殺さず悪魔の王を消滅させることができたと考えれば、祓魔師の冥利には尽きるだろうか。
「普通、悪魔憑きになれば人格は悪い方へ変化するものだ。幽崎・F・クリストファーなどいい例だろう。なのに、貴様は変わらず仲間からも慕われているようだな」
まだ憑依されて日が浅かったからか、それともアル=シャイターンが特殊だったのか。それとも黒羽恭弥自身が――
「俺は俺だ。霊に憑依されて自分を見失うような三流じゃない」
悪魔の王にすら影響されないほど、あり得なく強い精神力の持ち主か。
フッ、とファリスは力なく笑った。
「確かに貴様であれば、全知書を得ても変わらんかもしれんな」
「それは俺たちを認めたと解釈しても?」
「ふざけるな。貴様が大丈夫だろうと全知書の流出は許されん」
転送が始まる。これでもう魔力結晶を取り返したところで無駄だ。チーム『祓魔師』が敗北し、チーム『探偵部』の優勝が決定する。
任務失敗だ。
父であるワイアット・カーラの期待に応えられなかった。冷徹なワイアットは我が子だろうと容赦なく罰を与えるだろうが、祓魔師協会としての権限は現聖王騎士であるファリスの方が上だ。ある程度は成果も上げている。減刑の進言は通るだろう。
ファリスにとって、全知書を狙う連中の排除はあくまで学院に入った目的の『ついで』である。優先される任務がある以上、すぐに探偵部との再戦はできそうにないが――
「次は必ず貴様らの首を取る。覚えておけ」
ファリスは恭弥を睨みつけてそう宣言すると、魔術対抗戦のバトルフィールドから退場するのだった。
創立魔導祭。魔術対抗戦最終日。
優勝――チーム『探偵部』




