FILE-153 悪魔との精魂融合
恭弥の魔力が爆発的に変貌する。
黒く可視化された禍々しい霊気がガントレットのように右腕を覆う。右腕だけなのは、恭弥と契約しているアル=シャイターンが右腕分の力しかないためだろう。
それでも悪魔の王だ。力の強さは融合した恭弥にも計り知れない。
「ようやく、悪魔の力を使う貴様と戦えるのだな」
どこか嬉しそうにファリスはそう言い、聖剣を中段に構えた。恭弥は悪魔のオーラを纏った右手を開いて閉じてを繰り返し、調子を確かめる。
「悪魔との融合は、デメリットの方が大きいと思っていた」
「ほう、実際はどうなのだ?」
「想像以上だ」
恭弥は悪魔の右腕でファリスを指差した。
刹那、凄まじい轟音と共に黒い衝撃波が奔った。〈フィンの一撃〉が誰にも見えるようになった代わりに、威力と速度が桁違いにパワーアップしている。
「――ッ!?」
ファリスは避け切れないと判断したらしい。聖剣を盾にして光の防護膜で自身を包み込んだ。が、無駄だ。黒い衝撃波は防護膜ごと呆気なく呑み込んでしまう。
「力が過剰すぎて、加減が難しい」
「ならば腕ごと斬り落としてくれる!」
衝撃波の側面を突き破ってファリスが飛び出してくる。防護膜では防ぎ切れなかったようで、銀髪は乱れ縮れ、改造制服も破れて焦げていた。
祓魔聖具〈デュランダル〉の剣身が強烈に輝く。
「邪悪に染まりし魂を神敵と看做す! 聖断せよ!」
大上段から光纏う聖剣が振り下ろされる。その光が何倍にも膨れ上がり、恭弥の右腕を肩口から切断した。
くるくると宙を舞った右腕が、荒野の地面にぼとりと落ちる。
「こんなものか? 意外と呆気ない幕引きだったな」
「いや、まだだ」
右腕から闇のオーラが触手のように伸びた。右腕が再び宙に浮き、恭弥の肩口へと接合。切断面がすーっと消えていく。
「再生しただと?」
「ああ、俺も驚いた」
驚いたという顔をしていない自覚はあるが、恭弥にとっても本当に予想外だったのだ。融合状態が解除されないからなにかあるとは思っていたものの、まさか斬られた腕が戻ってくるとは。
恭弥は再生した悪魔の腕でファリスを振り払う。
「腕を落とすことが不可能であれば、貴様自身を滅するほかあるまい。だが、それさえも簡単ではないのだろう」
距離を取ったファリスが無数の疑似十字聖剣を射出。だがそれらは恭弥を直接狙ったものではなく、取り囲むように地面に突き刺さり綺麗な円を描いた。
ファリスがオリジナルの十字聖剣を掲げる。
「原初にして神聖なる光よ! 純粋なる真理の戒めよ! 邪悪なる者に浄化の聖痕を刻め!」
輝く聖剣に呼応するように疑似十字聖剣が光を放ち、恭弥を中心に複雑な祓魔の魔法陣を展開した。
「――滅せよ!」
魔法陣から十字状の光の柱が立ち昇る。
それを恭弥は悪魔の右手で掴み――握り潰した。
「馬鹿な!? そんな簡単に破られる祓魔術ではないはずだぞ!?」
幻想的に弾けて散る光の柱と魔法陣に瞠目するファリス。最上級程度の悪魔や神霊であれば、間違いなく今の術式で浄化・滅殺されていただろう。
だが、アル=シャイターンは違う。
「片腕のみとはいえ、悪魔の王を舐めていたな」
恭弥は悪魔の右腕をその場で薙ぎ、突風を発生させてファリスのバランスを崩すと――
「ここから先は容赦できないし、する気もない。頼むから死ぬなよ」
指を差し、先程よりも威力を増した黒い〈フィンの一撃〉を放った。
☆★☆
強敵だったロロを打ち破ったレティシアは、魔力結晶を忘れず回収して中央エリアの湖へと戻っていた。
未だに戦闘が続いているのは――荒野エリア。恭弥とファリスが戦っているはずの場所だ。探知魔術を使う必要もなく感じるこの強大かつ禍々しい魔力は、恐らくアル=シャイターンが盛大に暴れているのだろう。
加勢に行くべきか?
行ったところで足手纏いではないか?
ハリケーンのごとき魔力の激突に横槍を入れられる自信が、消耗している今のレティシアにはなかった。
と、湖畔に誰かがうつ伏せで倒れているのを見つける。
「静流さん!?」
それは見るからにズタボロになったチームメイトの甲賀静流だった。レティシアは慌てて駆け寄り、彼女を抱き起す。
「うへ、やっぱり強者との戦いは最高でござるぅむにゃむにゃ」
めちゃくちゃ満足した表情でなんか寝言をほざいていた。
「そい!」
レティシアは静流の脳天にチョップを下す。
「はっ!?」
「目が覚めたかしら?」
「これはレティシア殿、勝負でござるか?」
「どうしてそうなるのよ!?」
見た目はボロボロなのに、目覚めて早々元気すぎる。レティシアは小さく溜息をついて肩を竦めると、軽く周囲を見回した。
「で、静流さんは勝ったの? 負けたの?」
「微妙なところでござるな。拙者、まだ生き残っておる故、少なくとも負けてはおらぬでござる」
「敵が転送されるのは確認していないのね」
「相打ちだったでござるからなぁ」
静流が戦っていたのは確かベッティーナ・ブロサールだったはずだ。第五階生とはいえ、この静流と相打ちするほどの実力者だったことにレティシアは驚愕を禁じ得ない。
と――
「……レティシア殿、下がっているでござる」
表情を険しくした静流が立ち上がり、レティシアの前に出た。静流が睨む方向、木々の間から何者かがフラフラとした足取りで現れる。
「発見。甲賀静流と、レティシア・ファーレンホルストを確認」
それは、ところどころ溶解した義手義足から火花を散らすベッティーナだった。静流同様に、いや静流以上にズタボロの状態である。
なのに、戦意は微塵も失っていない。
「再戦。当方はまだ敗北しておりません」
「望むところでござる!」
日本刀を失くしているらしい静流は胸の前で印を結び、ベッティーナは壊れかけの義手に祓魔の魔法陣を展開する。
次の瞬間だった。
「悪ぃが、てめぇらの茶番に付き合ってる暇はねぇんだ」
ベッティーナの背後から闇色の光線が迸った。それはベッティーナの左の義手を貫き、そこに隠されていた魔力結晶を破壊する。
「不覚。幽崎・F・クリストファー……」
それが最後の一つだったらしい。ベッティーナは即座に転送が始まり、言葉を交わす間もなく消え去ってしまった。
「……気持ちの悪い決着でござる」
静流は不貞腐れたようにぷくりと頬を膨らませていた。
そんな静流の気持ちなど気にも留めていない様子で、幽崎はこちらへと歩み寄ってくる。気のせいか、彼も少し苛立っている様子だ。
「おい、こっちにあの変態歌野郎が来なかったか?」
「なによ、あんた取り逃がしたの? だっさいわね」
「うるせぇ。あの野郎、逃げ足だけは速ぇみたいだからよぉ」
なるほど、だから幽崎は憂さ晴らしのようにベッティーナを仕留めたのだ。彼と戦っていたのはディオン・エルガーだ。あんな特徴の権化のような人間がいたら見逃すはずもない。
「見てないわ」
「拙者も知らぬでござる」
静流はたった今目覚めたのだから当然だろう。
「チッ、てこたぁ……」
舌打ちし、幽崎は視線を荒野エリアの方角へと向ける。
「黒羽んとこに行っちまったわけか」




