FILE-151 十字の聖剣
荒野エリア。
湖の騎士の英霊剣が十字の祓魔剣と交差する。
黒羽恭弥とファリス・カーラは互角の剣戟を繰り広げていた。〈蘯漾〉の屋敷で剣を交えた時と同様に、やはり単純な剣術では勝負がつかないようだ。
それはファリス・カーラも承知しているだろう。これはお互いの出方を窺う準備運動に過ぎない。
先に仕掛けたのはファリスだった。
「我が剣は聖にして正。世に害なす悪鬼神霊を討ち滅ぼす光なり」
ファリスの十字剣が強烈な輝きを放つ。その様子を認識した瞬間、恭弥は彼女から大きく飛び退って距離を取った。
あの祓魔術が付与された十字剣は、この世ならざる霊的な存在を一切合切祓い除ける。悪魔だろうと英霊だろうと関係ない。あの状態で一度でも組み合ってしまえば、その刹那に恭弥の英霊剣は消失してしまう。
「やはり二度は通じないか。あの時仕留め損ねたことが悔やまれるな」
輝く十字剣を構えたファリスが一瞬で恭弥との間合いを詰める。突撃の勢いを乗せた神速の一閃を恭弥は半歩身を引いて回避し、人差し指でファリスを差してガンド撃ちを放つ。大振りに剣を振るったばかりだというのに、ファリスは瞬時に体勢を立て直して不可視の一撃を切り捨てた。
霊魂を扱うガンド魔術ではファリスに届かない。
だからと言って魔術を使わず肉弾戦に持ち込めば、彼女の方が圧倒的に強いだろう。
たかが術式一つでここまで不利になってしまう相手は初めてだった。しかも『祓魔の力を付与する』というだけの初歩的な術式だ。他の祓魔師だって当たり前のようにやっている。
かと言って並みの祓魔師と戦っても同じように苦戦はしないだろう。相手が祓魔師協会の最高戦力――聖王騎士であるファリス・カーラだからこそだ。
無論、恭弥とて手も足も出せず負けるつもりはない。ファリスと戦うことになるとわかっていた以上、対策は考えてある。
「わしの出番じゃな、我が主お兄ちゃんよ」
と、恭弥の腹からぬっと生えるようにチョコレート肌の少女が飛び出してきた。宿敵と相まみえたように好戦的な笑みを浮かべるアル=シャイターンを見るや、ファリスはただでさえ鋭い目つきをさらに尖らせた。
「フン、ようやく悪魔の力を使う気になったか」
「違う。こいつが勝手に出てきただけだ」
「酷い言い草じゃな!?」
悪魔の王に憑依されているとはいえ、幽崎のような悪魔使いになった覚えはない。恭弥にだってガンドの魔術師としてのプライドはあるのだ。
「二対一が卑怯とは言わん。悪魔使いが一対一で戦ってくれたことなどないからな」
「だから違うと言っているんだが……」
否定しようにも、実際にアル=シャイターンが出てきて戦闘態勢を取ってしまっているから言い訳にしか聞こえない。それに、恭弥が立てた対策にはアル=シャイターンとの分離が含まれている。
敵が勘違いしているなら、それはそれで構わない。
「好きに暴れろ、アル=シャイターン」
「ククク、その言葉を待っておったのじゃ!」
アル=シャイターンがチョコレート色の竜巻となってファリスに襲いかかる。
「あの時の続きをしようかの、祓魔師!」
「望むところだ、悪魔!」
ファリスが空中に無数の魔法陣を展開。それら全てから彼女が握っているものと同じ十字剣が弓矢のように射出された。
一本一本が剣身に祓魔の輝きを纏うそれらを、アル=シャイターンは腕を払っただけで落ち葉のように吹き飛ばす。
そのまま全く勢いを削がれることなくファリスに切迫。振り放った小さな拳が輝く十字剣の腹を叩き――バキン! と真っ二つに砕き割った。
「力の一端しかないとはいえ、流石は悪魔の王。ただの拳がこれほどとはな」
ファリスは即座に次の十字剣を魔法陣から取り出す。祓魔の輝きに触れたアル=シャイターンも手が炎に炙られたかのように焦げていたが、だからなんだと言わんばかりに蹴りを繰り出した。
同時に恭弥も〈フィンの一撃〉を放つ。
蹴りをかわし、不可視の衝撃波を十字剣で斬り捨てたファリスへと恭弥は疾駆する。
「温いぞ、黒羽恭弥!」
再び無数の十字剣が射出され、恭弥とアル=シャイターンを襲う。
アル=シャイターンはやはり手で払い除けたが、恭弥は自身が斬り裂かれるのも構わず真っ直ぐ突っ込んだ。
「なに?」
腕や足に十字剣が刺さった恭弥はファリスの懐へと飛び込み、ほぼゼロ距離から渾身の〈フィンの一撃〉をぶっ放した。
かろうじて十字剣の防御が間に合ったファリスだったが、衝撃波に遠く吹き飛ばされ荒野エリアの乾いた地面を転がった。
「かはっ……貴様、なぜ避けなかった?」
すぐに十字剣を杖にしてファリスは起き上がった。ただの衝撃波ではなく体調不良を引き起こす呪いも含まれた一撃だったのだが、勝負を決めるほどのダメージを負ったようには見えない。
「避けていればお前に攻撃は届かなかっただろう?」
「肉を切り骨を断つ、か。余程の精神力がなければそのようなことはできまい」
己の精神制御はガンド魔術師の得意とする分野だ。この程度は恭弥にとって造作もない。
「無事かや、我が主?」
「ああ、問題ない」
腕や足に刺さった十字剣が空気に溶けるように消滅する。溢れる鮮血に恭弥は顔を顰めることすらせず、冷静に服の切れ端で止血し、ガンド魔術で守護霊と融合することで回復力を高めた。
「――すう――ふう――」
ファリスは大きく深呼吸をする。恐らくなんらかの呼吸法で体調を整えたらしい彼女は、その場で十字剣の切っ先を恭弥に突きつけた。
「貴様は全知書を得てまで知りたいことがあると言ったな? 改めて問おう。それはなんだ? このように命を投げ打ってまで知るべきことなのか?」
「話す義理はないと言ったはずだが?」
「十二年前の飛行機墜落事故か?」
「……」
まさかファリスの口からその事故が出てくるとは思わなかった。だが、精神制御を行っている恭弥は図星を突かれても眉一つ動かさない。
「フン、顔には出さんか。だが、だんまりは肯定と捉えるぞ」
「……好きにしろ」
「あの墜落事故には悪魔の関与が疑われていた。故に、我ら国際祓魔協会にも調査資料が残っていたのだ」
合点はいった。となれば、恭弥が唯一の生き残りとされていることもその資料には記載されていただろう。
恭弥から家族や親族を一度に奪ったあの忌々しい事故、いや、事件。その真実を知ることこそ恭弥が今を生きる意味である。
「知りたければ教えてやろう。ただし、私に勝つことができればの話だ!」
ファリスが持っていた十字剣を放り捨てる。
「強き炎は不滅の刃を鍛えた。来い、長久の聖剣――祓魔聖具〈デュランダル〉!」
宙空の魔法陣から一本の剣が引き抜かれる。同じ十字剣だが、明らかに刃の輝きや感じる力の次元が違う。
「今までの十字剣は祓魔聖具じゃなかったのか?」
「これらは疑似十字聖剣だ。本物と比べれば千分の一の力も持たん」
新たな十字剣を中段に構えるファリス。剣を変えただけで、威圧感や存在感が何倍にも膨れ上がったような気がした。
「私が聖王騎士である所以を見せてやろう」




