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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
151/159

FILE-149 ブルートガング

 中央エリアにほど近い砂漠エリア。


「こっちにトラップ仕掛けてやがったのは驚いたですが」


 兎と熊を足して二で割ったような継ぎ接ぎだらけの巨大ぬいぐるみに乗っているロロ・メルが、見下したような冷めた目をして告げる。


特待生(ジェレーター)とか言って調子ぶっこいてやがるだけの一年に、ロロは負けねえです」


 レティシアは、砂漠の熱い砂の上に俯せで倒れていた。


「うぅ……」


 体は擦り傷に切り傷に痣だらけで、制服もところどころ破れてボロボロになっている。上手い具合にトラップを仕掛けていたエリアに誘い込んだまではよかったが、あのぬいぐるみが想定以上の頑丈さと乱暴さを見せてあっという間に追い詰められてしまったのだ。

 フレリアほどではないが、レティシアも時間をかければ自陣の要塞化にはそれなりの自負があった。あの三人に比べたら力不足でも、自陣をしっかり作り上げていればもう少し余裕を持って戦えると思っていた。


 甘かった。

 祓魔師ロロ・メルはその程度でどうにかなるほど雑魚ではなかった。なにせ〈蘯漾〉の屋敷で戦っていた時も、今ですらも、彼女は全く本気を出していないのだ。


「大人しく魔力結晶を渡しやがれです。それとも、まだ痛い目見たいですか?」


 ぐっとぬいぐるみの巨腕が振り上げられた。アレには一撃で砂漠の地面を引っ繰り返して大穴を穿つ威力がある。今まで直撃を免れただけでも奇跡と言えるだろう。

 ここで降参すれば、あるいは命は助かるかもしれない。

 学院を追放されるだけで済むかもしれない。

 でも――


「だ、誰が渡すもんですか。ここで、あたしだけ、負けてたんじゃ……格好悪いじゃない!」


 熱砂で軽く火傷もした手足に力を入れ、レティシアはふらつきながら立ち上がった。興味が失せたような冷めた目で見下してくるロロをキッと睨み返す。

 探偵部の部長はレティシアだ。だからレティシアが真っ先に負けることはあってはならない。


「あぁ? まるでてめえ以外はロロたちに勝てるって聞こえたんですが?」

「そんなことは言ってないわ」


 探偵部は自分が恭弥を誘って始めた運命共同体。『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を見つけるまでは決して解体させなどしない。


「あたしも含めて、みんな勝つのよ!」


 レティシアは『戦車』のカードから光線を放つ。だが、ロロのぬいぐるみは虫でも払うかのようにあっさりと弾いてしまった。


「ロロのお人形さんに手も足もでないくせに生意気です!」

「それはどうかしら?」


 レティシアはロロが光線に眩んでいた隙に四枚のカードを握っていた。それぞれのカードケースからランダムに引き抜いた四スートの小アルカナだ。


「〈アルカナ武装〉!」


 (ワンド)の活力。

 (ソード)の知性と論理性。

 聖杯(カップ)の感情的エネルギー。

 硬貨(ペンタクル)の物質的な価値。


 それぞれが持つ意味を自らに付与することで身体強化を行う。〈蘯漾〉の屋敷での戦いで痛感した自身のひ弱さを補うため、大会までに仕上げてきた術式である。

 おかげで第六階生との戦いなどでも大いに役立ってくれたが、ロロ・メルとの再戦でこそ真価を発揮する。

 過去の自分を、超えるのだ。


「身体強化ですか? 悪足掻きを」


 振り下ろされる巨腕を掻い潜り、レティシアはぬいぐるみの懐へと飛び込む。そして華奢な腕から信じられない膂力の拳を繰り出し、ぬいぐるみをくの字に折り曲げた。


「――ッ!?」


 その屈んだ頭――ロロがくっついている部分に蹴りを撓らせる。ロロはなんとか身を反らしてその蹴撃をかわしたが、ぬいぐるみの頭が砂漠の地面に思いっ切り減り込んでしまった。


「手も足も出ちゃったわね」


 嘲笑を浮かべるレティシア。ロロの額に青筋が浮かぶ。


「てめえぶち殺してやんです!」


 ボゴン! とぬいぐるみが埋もれた砂から頭を起こす。レティシアは咄嗟にバックステップで距離を取った。


「――抜剣です! 祓魔聖具〈ブルートガング〉!」


 ブシャッ!

 ぬいぐるみの両腕の先を突き破るようにして巨大な刃が生えてきた。三倍以上になったリーチを振り回し、ドスドスと得も言えぬ迫力でレティシアへと迫る。


「でっか!? でも大きいだけじゃ今のあたしは捉えられないわよ!」


 身体強化していても刃物を受け止められるほどではない。レティシアはぬいぐるみの乱れ斬りを飛び跳ねてかわすと、再び懐へと入り込もうとして――


「甘ぇです!」

「ひゃあッ!?」


 ぬいぐるみの継ぎ接ぎを喰い破って小さな刃が飛び出してきた。体のあちこちを切り刻まれて転がるレティシアに、両腕の巨刃が大上段から振り下ろされる。


 砂漠が裂けた。


 五十メートルくらい続く底の見えない裂け目。紙一重で避けていなかったら真っ二つどころか肉片しか残っていなかっただろう。


「なんなのアレ!? 反則じゃない!?」


 ぞっとする。

 下手に突撃すると間違いなく死ぬ。元々近距離戦闘は得意じゃないのだ。〈アルカナ武装〉は敵の攻撃を避けることだけに注力した方がいい。


「あのまま地べたに這い蹲ってりゃよかったんです。そしたらロロもそれ以上痛めつけるつもりはなかったんです」


 などと言いながら楽しそうに笑っているロロに狂気を感じつつ、レティシアはぬいぐるみの足下に埋もれていたカードを見つける。

 いいところを踏んでくれた。


「『THE MAGICIAN』――『魔術師』の逆位置。優柔不断。不適当。弱さ。不安定。未来に進もうとする者は己の注意不足により低迷する!」


 ぐらり、とぬいぐるみがよろめいた。足を砂に取られ、徐々に引きずり込まれていく。


「なっ、まだトラップがあったですか!?」


 魔術的に作り出した流砂だ。そう簡単には抜け出せない。両腕に巨大刃を生やしたままでは支えることも難しいだろう。

 だから、今の内に次の一手を打つ。


「『THE SUN』――『太陽』の正位置。真実を暴き、活力を与える偉大なる光。開放と祝福、栄光を手に、闇を消し去れ!」


 紅蓮の炎がロロの頭上で渦を巻く。急速に収斂していくそれは、凄まじい熱量を持つ小太陽と成って落下する。


「チッ!」


 ロロは舌打ちし、小太陽が落ち切る前にぬいぐるみを乗り捨てて脱出した。

 次の瞬間、紅蓮の劫火がぬいぐるみを包み込んだ。


「ロロのお人形さんが……」


 ペタンと力なく熱い地面にへたり込むロロに、レティシアは『戦車』のカードで牽制しつつ歩み寄る。


「あの人形から引き剥がせば、あんた本人は弱いんじゃないかしら?」


 勝敗は決した。

 そう思った。


「てめえ! レティシア・ファーレンホルスト! よくもやってくれやがりましたね!」


 ロロの戦意は消えるどころか、怒りでより一層爆発してしまった。


「祓魔聖具〈ブルートガング〉第二展開――〈ナーゲルリング〉!」


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