FILE-148 悪魔を切り裂く者
「あ~く~ま~湧く湧く邪悪な森を~♪ お~れ~が駆け抜けバッサバサ~♪」
ディオン・エルガーは森林エリアを疾駆しながら、死角から飛び出してくる下級悪魔を鉤爪型の祓魔聖具〈無傷の聖剣〉で片っ端から切り裂いていた。
「罠~♪ これは罠~♪ 踏んだら悪魔が飛び出すトラップさ~♪ 仕掛けていたのはこっちだった?」
術者がいないのに狙ったように悪魔が召喚されていく。幽崎・F・クリストファーは大会の魔力結晶を媒体兼エサにして森の至るところに設置していたようだ。
いやにあっさり逃げたと思えば、どうということはない。最初から奴らが集合していた場所に罠などなかったのだ。
深く暗い森の中でどこから飛び出すかもわからない悪魔。並みの魔術師では一瞬で奴らに喰われてしまうだろうが――
「下級ばかりじゃつまんないぜ~♪」
祓魔師であるディオンは怯まない。
上級悪魔との戦いも幾度と経験している。今さら下級ごときに遅れを取りはしない。
「逃げ隠れがお上手お上手♪ おれが怖くて仕方ないのか幽崎・F・クリストファー♪」
「あぁ? なんで俺がてめぇごときに逃げ隠れしないといけねぇんだ?」
ドゴン! と。
左右の暗闇から巨大な大鎌が振り下ろされ、ディオンは地面に減り込むほど叩き潰された。
「ご要望通り、格上の悪魔を呼んでやったぜ」
前方の暗闇から現れた幽崎は、凶悪な笑みを浮かべて二体の死神型の悪魔を従えていた。学院警察の資料で見た、先の辻斬り騒動でも出現していた悪魔だ。
ディオンは何事もなかったかのように飛び起きる。
「無駄無駄~♪ お~れ~にそんな攻撃は効かねえぜ~♪」
「知ってるよ。無敵野郎が」
祓魔聖具〈無傷の聖剣〉は装着者を一瞬だけどのような攻撃を受けても傷つかない体にしてくれる。クールタイムはあるが、この力のおかげでディオンはどれほど過酷な戦いでも生き延びてきた。
ディオンが初めて悪魔を殺したのは祓魔協会に入る前――浮浪児だった頃だ。元々好戦的で生きるために動物や人すらも狩っていたディオンは、悪魔という存在だろうと恐れることなく立ち向かった。
もちろん生身で勝てる相手ではなく死にかけたが、都合よくその悪魔を退治しに来て返り討ちにされたらしい祓魔師の亡骸を見つけた。亡骸が装備していたのが〈無傷の聖剣〉だった。
ディオンはそれを剥ぎ取ると自分に装着。奇跡的に適合し、能力を十全に発揮したことで悪魔を八つ裂きにすることができた。
悪魔の肉を抉ることに快感を覚えた。
そのためだけに祓魔師となった。狂っていると言われることもあるが、実力が物を言う世界であるため相応に評価された。
「お~れ~は~♪ 強い~強い~♪ 悪魔を狩る者~♪」
ディオンは素早く地面を蹴って死神型悪魔に切迫。鉤爪の刃を振るい、上級悪魔をいとも簡単になます切りにした。
「チッ、自己暗示系の強化術式か?」
「もっともっと悪魔を切らせろ~♪」
幽崎・F・クリストファー。
こんなに自分の欲求を満たしてくれる相手は初めてだ。
「切ることがそんなに楽しいか? ヒャハハハ! 気が合うなぁ、俺もだ!」
もう一体の死神型悪魔が大鎌を振り下ろす。ディオンは鉤爪で受け流すと、死神型悪魔の懐に入り込んで一気に引き裂いた。
消滅する悪魔が手放した大鎌を幽崎がキャッチし、そのままディオンへと振り回す。まるで四番バッターのスイングのごとき一撃は、どういうわけか死神型悪魔の膂力を遥かに超えていた。
鉤爪で受けたにも関わらず、ディオンはいくつもの大樹を己の体で薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされてしまった。
だが――
「効かない効かない♪ お~れ~は無敵のディオン様~♪」
問題なく無傷で立ち上がるディオン。しかし、その足下に魔法陣が展開された。幽崎が仕込んでいた罠が発動したのだ。
悪魔が来るのではなく、魔法陣内に入った生き物が生贄となる術式。つまりディオンを餌に悪魔を呼ぼうとしているのである。
ディオンは〈無傷の聖剣〉を魔法陣に突き刺した。術式を破壊された魔法陣は力尽きるように光を失う。
「危ない危ない♪ 食われるところだったぜ~♪」
「ヒャハハハ! てめぇみたいなクソ不味そうな奴を餌にしても碌な悪魔も呼べねえよ!」
上。
樹上から飛び降りた幽崎が蛇の悪魔を絡ませた腕をディオンに翳す。邪悪な光線が射出されるが、ディオンは構わずそれに向かって飛び込んだ。
無敵化したディオンが光線を突き抜け、幽崎へと迫る。
「おいおい、そりゃ無茶無謀すぎるだろ? こっちはてめぇの能力を知ってるんだぜ?」
ぞわり、と。
ディオンの背筋に冷たいものが走った。
鉤爪の一撃をかわした幽崎は、ディオンの顔面をアイアンクローで掴みかかる。腕に絡んでいた蛇も喉元に噛みつこうとしたが、咄嗟にディオンが鉤爪で首を落とした。あの時と同じ毒を仕込まれては堪らない。
ただ、蛇を無視してでも幽崎を狙うべきだった。
地面に叩きつけられるディオン。両手両足が別の蛇の悪魔によって縛られる。
立ち上がった幽崎が凶悪に嗤うと――背後に無数の悪魔が召喚された。
なにかが連続で砕けた音も聞こえた。恐らく残りの仕掛けていた魔力結晶が全部使われたのだろう。
「突っ込みたがりのてめえと、その武器の相性はあんまりよくなかったみたいだなぁ」
「そ~の~悪魔~♪ 切らせろ切らせろ~♪ お~れ~に切らせろ~♪」
もがき暴れるディオンだったが、蛇の悪魔の締め付けが強く振り解けない。周囲は下級から中級悪魔の群れに囲まれている。
「抵抗できなくして連続でボコりゃ、一瞬の無敵なんてあってないようなもんだろ?」
これら全部切り裂いたらどれほど気持ちいいだろうか。
そう思う反面、幽崎に言われるまでもなく、ディオンは自分がもう詰んでいることにも気づいていた。
「安心しろ。半殺しで済ませてやる。ぶっ殺すのはルール違反だからなぁ!」
大量の悪魔が、一斉に無抵抗のディオンへと襲いかかった。




