FILE-147 五行の連鎖
三百本以上の湾曲剣が空中で不規則な軌道を描く。
甲賀静流はその全てを視界に収めつつ、ベッティーナ本人も警戒する。〈フラガラッハ〉の挙動に合わせるかのように、彼女の義手と義足が駆動音を響かせて変形していたからだ。
元々ブレードが取りつけられていた義手はより攻撃的なフォルムへ、義足にはジェットブースターが現れ機動力が跳ね上がったとわかる。
さらに背中にも四対の翼が生えた――ように見えた。正確には宙を舞っていた湾曲剣が集結合体し、八本の巨大な突撃槍となったのだ。
「面白くなってきたでござる」
二刀を構え、静流は心の底から楽しそうに笑ってベッティーナの準備が終わるのを待つ。
やがて数秒もしない内に、全ての湾曲剣が巨槍へと接合した。
「装換。完了。聖械武装〈貫く聖槍〉。律儀に待機しなくてもよかったのですよ?」
「拙者、そのような無粋な真似は嫌いでござる」
「理解。ブシドーというものですか。その甘さは後悔することになります」
武士道というほど高尚なもののつもりはないが、静流は辻斬りをしていた時も必ず声をかけてから勝負を挑んでいた。相手が力を全て引き出した上で勝たなければ静流の目指す『最強』にはなれない。
そもそも、ベッティーナに隙などなかった。
これ幸いと襲撃をかければその瞬間、無数の〈フラガラッハ〉にカウンターされていただろう。
「準備ができたならこちらから行くでござる!」
水上を蹴り、静流は手元で印を結びながらベッティーナへと迫る。あの武装がどのような力を持っているかわからないため、まずは小手調べからだ。
「甲賀流五行忍術――〈渦天裂衝〉!」
ベッティーナの真下の水面が急速に渦を成す。次の瞬間、その中心から間欠泉のように逆巻く水流が噴き上がった。
凄まじい勢いで天を衝く水柱だったが――
「愚鈍。当方には止まって見えました」
「ぬっ!?」
ベッティーナは術をかわし、一瞬で静流の背後に出現した。三日月状の刃となった義手が振るわれ、かろうじて刀で受け止めた静流はそのまま大きく弾き飛ばされた。
水面を何度もバウンドする静流に、ベッティーナは背後に控えていた槍の一本を投擲する。
「必殺。竜の鱗をも貫く威力を受けなさい」
槍には〈フラガラッハ〉の自動戦闘機能が残っているらしい。水面すれすれを飛ぶ静流の上空を通過した途端、垂直に曲がってタイミングよく突撃してきた。
日本刀をクロスさせて槍を受ける静流だったが――ザパーン!! 槍の衝撃は凄まじく、静流ごと穿たれた湖は巨大な飛沫を天へと巻き上げた。
ぽっかりと開いた湖の穴は、すぐに周囲から大量の水が押し寄せて埋まっていく。巻き上がった水飛沫が雨となって降り注ぐ。
《甲賀流五行忍術・陽ノ剛技――〈水生・爆裂繁茂ノ術〉!》
刹那、水中からいくつもの巨大な樹木が生え伸びた。枝葉を広げながらベッティーナへと迫るそれらには、八人に分かれた静流が乗っている。
《水は木を育むでござる》
「呆然。懲りずに分身ですか」
八本の槍を構えて迎撃態勢を取るベッティーナに、八人の静流は成長する大樹に乗って迫りながら同時に印を結んだ。
《木は天へと聳え、天は雷を木に落とす。甲賀流五行忍術――〈召雷樹〉!》
天が吼える。無数に枝分かれした雷がベッティーナを襲う。いくら早く動けても雷の速度には勝てないだろう。
しかし、ベッティーナは動かなかった。八本の槍を頭上に立て、避雷針として全ての雷を受け流したのだ。
《効かないことはわかっていたでござるよ!》
雷は目眩ましに過ぎない。その間に静流を乗せた大樹はベッティーナを取り囲んでいた。
「八本。意図したものではありませんが、丁度同じ数です」
日本刀を構え、八方から同時に襲いかかる静流に、ベッティーナは淡々と告げる。
「――ッ!?」
均等に並んだ八本の槍がベッティーナを軸として高速で回転。分身を紙切れのように消し飛ばし、静流本体の横腹も深く抉った。
間髪入れず、八本の槍が一斉に静流へと射出される。
咄嗟に日本刀で捌こうとしたが――パキン、と。組み合った瞬間に二刀とも呆気なく圧し折られてしまった。
「くふぅ、流石に強いでござるな」
大樹の枝に引っ掛かるようなこともなく湖へと落下していく静流は、ベッティーナの周囲に浮かぶ槍が強烈な光で繋がったのを見た。
なにか大技が来る。
「閉幕。これで終わりです」
八本の槍が、超巨大な一本の光の槍と化す。あんなものをまともにくらえば、いくら静流といえども助かる気がしない。
だが、負ける気もしなかった。
「それはどうでござろう?」
「?」
バチバチ、とベッティーナの周囲で先程防がれた雷の残滓が弾けた。
「拙者の五行忍術は相生を繋ぐことでも強くなるでござるよ」
雷が発火。ベッティーナの逃げ場をなくすように繁茂していた大樹へと燃え移る。それを見たベッティーナが慌てて光の槍を放つが、もう遅い。
「……不覚」
炎は凄まじい速度であっという間に燃え広がり――
「甲賀流五行忍術・陽ノ連技――〈《木生・絶鎖焼却陣ノ術〉!」
まるで太陽に閉じ込めるかのごとく、ベッティーナを灼熱で覆い隠した。
「変形合体しようとも、火剋金。金属が火に弱いことは変わらないでござる」
悲鳴は上がらない。それでも勝ちを確信する静流だったが、ベッティーナの光の槍もまた放たれている。
避ける余裕は既になく、静流は光の槍をその身で受けて水面へと叩きつけられてしまった。




