FILE-145 裏の裏
先に動いたのは黒羽恭弥たちの方だった。
右手を銃の形にした恭弥が不可視の衝撃波――〈フィンの一撃〉を放つ。それに続いて幽崎が腕に絡ませた蛇の悪魔から闇色の怪光線を発射。レティシアは宙に浮かべた戦車のタロットカードから光線を乱れ撃ち、静流は五行忍術で口から火炎放射を噴き出した。
「……ッ」
事前に示し合わせていたかのような一斉遠距離攻撃。ファリス・カーラは咄嗟に無数の十字剣で壁を造り、それら全て受け止めた。
衝撃と爆音が轟く。
だが、初手で潰しに来たにしては弱い。剣の壁は破壊されるだろうとファリスは想定していたが、僅かに破損しただけで攻撃を防ぎ切ってしまった。
奴らを買い被りすぎていた――わけではない。
「あっ、あいつら逃げやがったです!?」
ロロが焦った声を上げる。チーム『探偵部』の四人はそれぞれ別方向へと散り散りに走っていたのだ。
「……そういうことか」
敵の狙いを悟り、ファリスは奥歯を噛んだ。
「逃走。ターゲットの拡散。判定勝ちを狙っていると推測します」
ベッティーナも分析する。所持している魔力結晶は奴らの方が多い。最後まで生き残れば勝つのは奴らの方だ。ファリスたちの先手により仕掛けていた罠を掃除されてしまったことで、戦うリスクよりも逃げ切るリスクを選んだ……ということだろう。
――腑に落ちない。
せっかく集まったチームを分散させているのだから、時間稼ぎを狙っていると考える方が妥当だ。しかし、あの黒羽恭弥や幽崎・F・クリストファーがここまで来て逃げる選択をするだろうか?
いや、ここで立ち止まって考えさせられると奴らの思う壺だ。
三日目は丸一日使えるわけではない。大会の正式な終了時刻は――正午。
「各個撃破している余裕はない。我々も分散し追撃する」
こちらの戦力を散らすことも狙いという可能性はあるが、それならそれで問題はない。ディオンやロロなどは単騎で戦った方が力を発揮できるタイプだからだ。
「私は黒羽を追う」
「お~れ~の獲物は~♪ くっせえくっせえ悪魔使い~♪」
「了解。当方は甲賀静流と決着をつけます」
「ああ? じゃあロロが一番弱っちそうなレティシア・ファーレンホルストですか?」
それぞれが己の相手を見定める。
「撃破次第、他の応援に迎え。早期の決着を期待する。――散れ!」
ファリスの号令と同時に、四人は逃げ行くチーム『探偵部』の背中を追走し始めた。
☆★☆
甲賀静流は水上を走っていた。
甲賀流忍術〈水蜘蛛ノ術〉だ。中央エリアの真ん中に存在する広い湖の中心まで辿り着いたところで立ち止まり、振り返る。
そこには義足のジェット機能で水飛沫を散らしながら水上を滑走するベッティーナ・ブロサールの姿があった。
「停止。疑問。もう逃走は諦めたのですか?」
水面すれすれを浮遊するベッティーナが機械的に問いかける。静流は日本刀を両手に握ると、マフラーの下で唇を好戦的に歪めた。
「拙者、元より逃げる気はないでござる。ここなら誰にも邪魔されずお主と存分に剣を交えることができるでござる」
「……理解。当方と一対一が望みでしたか」
ベッティーナは少しの間だけ瞑目すると、カッ! と大きく目を見開いた。
「笑止。その自惚れごと叩き潰して差し上げましょう」
急加速したベッティーナが振るった義手の刃を、静流は片方の日本刀で受け止める。
湖に大きな波紋が広がった。
☆★☆
レティシアは中央エリアを西に抜け、砂漠エリアへと足を踏み入れた。
「こ、ここまで来れば……」
「なんだって言うんです?」
ドゴォオオオン! と巨大なぬいぐるみの腕が砂漠の台地にクレーターを穿った。咄嗟に飛び退らなければレティシアなど一瞬でぺしゃんこになっていただろう。
蒼褪めそうになる顔を必死に堪えてレティシアはそれを見上げる。
「ロロはフレリア・ルイ・コンスタンをぶちのめしたかったんですがね」
ツギハギだらけのクマの巨大ぬいぐるみ。その頭に乗った少女はイラついた表情でレティシアを見下していた。
「いねえもんは仕方ねえです。この鬱憤はお前で晴らすことにしてやんです!」
「あら、そんな憂さ晴らし感覚だと痛い目見るわよ?」
「あぁ?」
ぬいぐるみの足下の砂が一気に隆起し、ロロを砂漠の上空へと弾き飛ばす。レティシアは一枚のタロットカードを指の間に挟んでいた。
「『THE EMPEROR』――『皇帝』の正位置。力。実現。権威と意思。闘争本能を示し、あらゆるモノを支配せよ!」
そのカードには、玉座に座った王の姿が描かれていた。
☆★☆
「ヒャハハハッ! やっぱ俺の相手はてめぇかよ!」
幽崎は東側――森林エリアでディオン・エルガーを迎え撃っていた。
「鬼ごっこは~もう終わり~♪ 思ったよりもはや~い決着♪ お~れ~は悲し~い♪」
「あぁ、てめぇのその下手糞な歌を聴くのはここで最後だ」
幽崎が指を鳴らすと、地面に禍々しい魔法陣が展開。そこから多種雑多な悪魔たちが這い上がってくる。
「あくま~♪ 悪魔~♪ 全部全部おれが狩る~♪ 楽しい楽しいじ・か・ん♪」
「やってみろよクソ祓魔師! 今度は毒を仕込むだけじゃあ済まさねぇぞ! ヒャハハハッ!」
狂った者同士の衝突に周囲の木々がざわめき始める。
それは森林エリアが悲鳴を上げているようにも見えた。
☆★☆
荒野エリアまで戻った恭弥は足を止め、追ってきたファリス・カーラに振り返った。
既に各所では戦闘が始まっている。逃げに徹するつもりだとすればあまりにも早すぎる展開に、流石のファリスも気づいたようだ。
「最初から一対一で戦うことが狙いだった……というわけではあるまいな」
「ああ、それならあの場で四人協力して戦った方が勝率は高い」
恭弥は口ではそう言うが、幽崎や静流と共闘することがどれほど難しいのか身に染みてわかっている。ソロでの戦いは恭弥にとってもその二人にとってもやりやすい。
だが、別に敵は一人じゃなくてもよかった。
ファリスの周囲に魔法陣が展開。それは余剰な魔力結晶を起点として仕掛けられていたものであり、地面が抉り飛ぶほどの大爆発を引き起こした。
後方へ飛んでかわしたファリスに恭弥は〈フィンの一撃〉を放つ。不可視だが見えているファリスは十字剣で弾くが、間髪入れず切迫していた恭弥が騎士霊の大剣を振り下ろした。
甲高い剣戟音が荒野に響き渡る。
「なるほど、罠は最初からこちらに仕掛けてあったということか」
罠を仕掛けることは予想され対処される。ならば裏の裏を読み、恭弥たちが最初にいた場所では最低限しか仕掛けていなかったのだ。
これなら各個撃破するために二人以上で追いかけて来ても一網打尽にできる。そんなに甘い相手ではないのは承知だが、少なくとも自分たちが戦いやすい環境へと誘導することには成功した。
「やられたな。だが、それで勝ったと思うなよ」
「当然だ。お前を退場させるまでは油断しない」
睨み合いはそこで終わり、二人はすぐに超高速の斬り合いへと移行した。




