FILE-142 大聖堂へ潜入
大聖堂の屋内にはどのようなトラップが仕掛けられているか未知数だった。下手に瞬間転移すると引っ掛かる恐れがあるため、そこからは周囲を警戒しつつ慎重に奥へと進む必要がある。
「この施設は表向きこそバチカン由来の大聖堂ですが、本来の用途は別にあるようです」
通路の角で立ち止まったアレクは、鏡を使って先の様子を確認した。誰もいないことがわかると、まずは土御門の式神である折り鶴を先行させる。
「ワイアット・カーラの私刑場……とでも言いましょうか。彼にとって都合の悪い者を捕えて幽閉しているようです」
「都合の悪い者、ですか?」
リノが不安そうに眉を顰めた。
「ええ、犯罪者に限らず、『全知の公文書』のような学院の闇に触れた者でございます。学院警察で逮捕できないような人間でもここでなら秘密裏に処理が可能でしょう」
「さらっと怖いこと言ってる……」
片眼鏡の位置を直しながら淡々と告げるアレクにフェイは顔を引き攣らせた。と、先行していた折り鶴が急停止した。慌てたように紙の翼をパタパタと羽ばたかせている。
「む? 何者だ!?」
数秒遅れて通路の奥から一人の男性が現れた。十字の刺繍が施された白い改造制服――ワイアット・カーラの兵隊である祓魔師だ。
敵が戦闘態勢を取る前にアレクは瞬間転移で切迫。鳩尾に鋭く拳を叩きつけて悲鳴も出させず意識を刈り取った。
「一瞬で……アレクのお兄さんって本当に凄いです!」
「わたしたち、やっぱりいない方がよかったんじゃ……?」
「いえいえ、フェイ様とリノ様のお力も必ず必要になります」
それからも出会う警備兵を瞬時に黙らせながら奥へ奥へと進んでいく三人。すると、目の前に小さな生き物が立ち塞がった。
(三人とも止まって)
ハツカネズミの姿をしたエルナである。彼女はフレリアが敗北してすぐに行動を起こし、元々目星をつけていたこの大聖堂に先んじて潜入していたのだ。
「これはこれはエルナ様。潜入捜査お疲れ様です」
(そういうのはいらないわ。それより、ここから大聖堂の地下へ入れるみたいよ)
恭しく一礼するアレクを念話でそう言って切り捨て、エルナは通路の壁をハツカネズミの小さい手で指し示す。
「ふむ……」
アレクは顎に手をやって壁を見詰めた。一見、なんの変哲もないただの壁である。絵画が飾られていたり銅像が立っていたりといった目印のようなものも存在しない。
だが、僅かな空気の流れを感じる。
壁を調べると深く押し込める箇所を見つけた。ガコン、となにかが起動する音。一瞬だけ壁に淡い魔法陣が描かれたかと思えば、そこに地下へと降りる階段が姿を現した。
「隠し通路! なんかカッコイイですね!」
「……そう?」
年頃の男の子らしくテンションを上げるフェイだったが、リノは興味なさそうに白けた目を彼に向けていた。
「ふむ、大聖堂の地下ですか。では、この奥に?」
アレクが問うと、エルナは小さく頷く。
(フレリアさんは最下層の牢に転移させられたと思われるわ)
「その様子では、内部まではまだ調査できていないようですね」
(できていないというより、できないが正しいわね。試してみるといいわ)
エルナはちらりと土御門の式神を見る。
「土御門様、先行してください」
折り鶴が僅かに明滅して了承を示すと、ふわりと浮遊したまま開いた壁を潜り――急に力を失ったように落下してしまった。
「あ、折り鶴が……」
「落ちちゃいました……」
ピクリとも動かない折り鶴にフェイとリノが残念そうな声を上げる。式神としての機能が消失し、ただの折り紙になってしまったようだ。
(ここから先は反魔術領域が展開されているのよ。私じゃ入った瞬間に魂が分離してしまうわ。それに、地上と違ってワイアット・カーラの私兵も多く配置されている)
敵だけ魔術が使えるような都合のいい結界ではない。恐らく魔術が使えない代わりに銃などで武装していると予想される。
だが――
「なるほど、問題ありません。想定通りです」
魔術師を幽閉するための施設だ。魔術を使えなくするなにかを仕掛けていることくらいは容易に想像できる。その対策も用意した。
「こんなこともあろうかと、フェイ様とリノ様に同行していただいたのですから」
「え、ぼくたちですか!?」
「私の転移は使えなくなりますが、フェイ様とリノ様の力は魔術ではなく異能に分類されます。反魔術領域の中でも影響を受けません」
「あ、だからわたしたちが必要だったんですね」
リノが納得したように胸に手をあてた。問題があるとすればアレク自身だが、軽く手を反魔術領域内に入れてもルーンが機能しなくなるだけで、刻まれている肉体に影響はなさそうである。
「それでは行きましょう」
問題ないと判断し、アレクたちはエルナを残して大聖堂の地下へと降りていった。




