FILE-141 深夜の救出作戦
『やあ、画面の前のみんな! もうとっくに知ってると思うが、大会二日目最後の中間発表を行うよ!』
そろそろ日付が変わろうとする時刻、番組司会者は興奮冷めやらぬといった様子でレポートを読み上げ始めた。
現時点で生き残っているチームは二つ。
チーム『探偵部』――四人。
チーム『エクソシズム』――四人。
『いやぁ、今日は本当に激闘だった。大乱戦に次ぐ大乱戦! 予測不能の展開! 僕は正直瞬きすることも忘れちゃったね!』
わざとらしく額の汗を拭うジェスチャーをする司会者。彼はそのままアドリブで二日目に起った出来事を述べていく。
『二日目の初戦は手を組んだチーム〈紅狐〉と〈一目五先生〉に対し、チーム〈ノーブルナイツ〉が果敢にもたった二人で激戦を繰り広げていた!
しかーし、そこに乱入してきたのはフルメンバーが無傷で生き残っていた優勝候補――チーム〈シークレット・シックス〉だ!
彼ら第六階生の力に〈ノーブルナイツ〉は破れ、〈紅狐〉と〈一目五先生〉も苦戦を強いられる!
そこに現れたのはチーム〈探偵部〉の一人、フレリア・ルイ・コンスタン! 巨大ゴーレムを操る彼女は第六階生たちにも臆さず戦った! まさに孤軍奮闘! その隙に〈紅狐〉と〈一目五先生〉は撤退してしまったが、代わりに彼女のチームメイトたちが駆けつける!
だが一歩遅かった! 残念ながらフレリア・ルイ・コンスタンはそこでリタイアとなってしまったんだ! チクショーあのメガネ野郎せっかく応援してたのに僕は彼女の戦いがオアシスの時から大好きですッ! ゴホン! 失敬。少々取り乱しちゃったね。
そのままチーム〈探偵部〉と〈シークレット・シックス〉が激突する! 最初は数も力も不利だったチーム〈探偵部〉だったが、同じ新入生で構成されたチーム〈特待生〉が味方として参戦! 共闘する新入生たちにさしもの第六階生も苦戦し始めた!
このままどちらかの勝利で決まるかと思われたその時、なんとチーム〈特待生〉の孫曉燕が巨大化して暴走! まるで日本の特撮映画ばりに大暴れ!
後でわかったことなんだけど、実はこの時孫曉燕にはチーム〈一目五先生〉のリーダー――王虞淵の意識が乗り移っていたそうだ! いやホント、もうなにが起こってどうなるかまったく予想できなかったね!
三チームはやむを得ず協力して暴れる孫曉燕と戦い、多くの犠牲を出しながらもこれを見事討ち取ったんだ! それから――え? 長いって? あらすじはもういいから次に進め? いやいや、見てなかった人やなんらかの事情で体感九カ月くらい時間が止まってた人たちがいたら困るで……あ、はい、じゃあとりあえずCMで!』
スポーツ飲料水のコマーシャルが流れ始め、アレク・ディオールはそっとタブレットの画面から視線を逸らした。
「どうやら、皆様はなんとかご無事のようですね」
「大将たちなら心配いらねえよ。それより、ここにフレリアちゃんが捕らわれてるんだよな?」
土御門が目の前に聳えるそれを見上げる。
総合魔術学院総括区――ワイアット・カーラが管理する大聖堂である。入学式に使われた聖堂よりも大きく、その荘厳な雰囲気は深夜にも関わらず近づきがたい『圧』を感じる。恐らくは、そのように計算されて建てられているのだろう。
「親切な方々が優しく教えてくださったので間違いないでしょう」
ニコリと微笑むアレクに、土御門と白愛は顔を青くして一歩下がった。探偵部の会議室を襲撃してきた彼らがどうなったのか、とてもではないが筆舌に尽くしがたい。
「ぼくたちはどうすれば?」
と、土御門と白愛の後ろから三人の少年少女が顔を出した。十二歳前後と思われる彼らは、探偵部に協力している〈世界樹の方舟〉の子供たちだ。
「フェイ様とリノ嬢は私と共に潜入していただきます。白愛嬢、チェリル嬢は逃走経路を確保し待機。土御門様は式神で施設内を捜索し、潜入組の誘導をお願いします」
「待て、子供を潜入させる気かよ」
淡々と指示を伝えるアレクに土御門が待ったをかけた。アレクは片眼鏡をくいっと持ち上げ――
「確かに私一人の方が隠密性は高いですが、お二人の力は非常に有用です」
「そういうことじゃなくてだな」
「危険だと思うんです」
白愛が土御門の言葉を引き継ぐ。なるほど、子供を死地に送りたくないという人間の倫理観を二人は訴えているらしい。
くだらない。
「ここまで共に来ておいて今さらなにを仰っておられるのですか? 彼らを子供だというのなら、あなた方も大差ありませんよ」
肩を竦め、アレクは片眼鏡を押さえて告げる。
「勘違いされていると困りますのでハッキリ申し上げますと、私の最優先はお嬢様です。あえて悪い言葉で告げさせていただきますが、お嬢様を救出するためなら使える物はたとえ子供だろうと使いますよ」
「てめえ……ッ!」
怒りに眉根を吊り上げた土御門がアレクの胸倉を掴む。やろうと思えば簡単に振り払えるが、アレクは冷酷な瞳で彼を見据えるだけに止めた。
「ちょっと待って土御門のお兄さん! ぼくたちは潜入組で問題ないよ。子供だからって心配されるほど、ぼくたちは弱くない」
「この力がお役に立てるのに、ただ待っているだけなんてわたしは嫌です」
「……(コクコク)」
フェイ、リノ、チェリルの三人が今にもアレクをぶん殴りそうだった土御門にしがみついた。
「お前ら……」
土御門も彼らに気圧されて胸倉を放した。アレクは乱れた執事服を直しつつ、子供たちに目を向ける。
「私は別に強制はしていません。彼らが嫌だと言えば寧ろ邪魔になりますから、その時は置いて行きますよ。ですが、本人たちはやる気のようです。保護者面は彼らにも失礼ではないでしょうか?」
ぐっ、とたじろぐ土御門。それでもまだ納得していないようだったが、子供たちの目を見て諦めたように肩を落とした。
「そうだな。こいつ一人だけで行かせるのもそれはそれで心配だ。頼むぞ、お前ら」
「任せてよ。それにいざとなったら助けてくれるんじゃないかな、アレクのお兄さんは」
「なんだかんだで優しいですし」
「……(コクコク)」
子供たちの尊敬の眼差しがアレクに向く。どうやら襲撃者を撃退した時からやたら懐かれてしまったらしい。子供の面倒はお嬢様だけで手一杯だというのに、と内心で溜息を吐くアレクだった。
白愛が苦笑する。
「優しいそうですよ」
「さて、どうでしょうか」
誤魔化すように燕尾服を翻してアレクは大聖堂を振り向く。まだこちらの動きには気づかれていない。だが、これ以上無駄話を重ねている暇はなさそうだ。
「では行動を開始します。フェイ様とリノ様、こちらへ」
アレクは手招きで二人を呼び――胴に手を回して抱き上げた。
「わっ!?」
「ひゃ!?」
突然のことで戸惑う二人に、アレクは優しい声音で告げる。
「口はしっかり閉じていてください。舌を噛みますよ」
「「え?」」
瞬間、アレクは高く高く跳躍した。
大聖堂の門を乗り越え、向こう側に着地し、瞬間移動を交えながら警備を掻い潜って一気に駆け走る。
フェイとリノの声にならない静かな悲鳴が、微かに聞こえた。




