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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
142/159

FILE-140 二日目の終わり

 人工太陽が西に沈んでいく。

 王虞淵との戦いが決着し、疲労困憊の恭弥たちはそのまま荒野エリアで野営することになった。

 孫曉燕は安らかな寝息を立てている。王虞淵が無茶苦茶な戦いをした反動でしばらく目覚めることはないだろう。


「彼女のことは僕に任せてくれ。君たちは次の戦いに集中するといい。次が本番なのだろう?」


 そう言ってグラツィアーノが自分と孫曉燕の魔力結晶を差し出した。チーム『特待生』はここで辞退することを選択したのだ。


「本当にいいのか?」

「僕らはこれ以上戦えない。それに先に帰った仲間にも彼女の無事を知らせないとね」


 恭弥が魔力結晶を受け取ると、グラツィアーノは孫曉燕を抱えた。やがて転送が始まり、二人の存在が薄れていく。


「負けるなよ、探偵部」

「当然だ」


 爽やかに鼓舞するグラツィアーノに恭弥は素っ気なく返す。それでもグラツィアーノは満足そうに微笑み、バトルフィールドから退場していった。


「んで、てめぇはどうするよ? 戦るっつうなら相手になるぜ?」


 幽崎が挑発的な言葉を向けたのは無論、そこで胡坐を掻いているヘルフリートだ。〈アタルヴァ・ヴェーダ〉の呪印が綺麗に消えた彼は、好戦的に笑うと大刀を杖にして立ち上がった。


「ああ、そうだな。俺の戦争にギブアップの文字はねえ。最後まで戦いを楽しもうぜ」

「ちょっと! あんただってもう術の一つも使えないでしょうが!」


 レティシアが言うと、ヘルフリートは軽く肩を回し――


「体はまあ、動く。それだけで充分だろ」

「どういう神経してんのよ」

「わかるでござる」

「わかる人いた!?」


 共感して頷く静流にもわざわざツッコミを入れるレティシア。これだけ騒げるなら次の戦いは問題ないだろう。

 ヘルフリートはレティシアなど気にも留めず、大刀の切っ先を恭弥に向けた。


「一年坊主、黒羽恭弥だったか? 互いのチームリーダー同士で一騎打ちってのはどうだ?」

「部長はあたしよ!?」

「……マジか」

「マジよ!?」


 むぅと剥れてレティシアはヘルフリートを睨む。ヘルフリートはしばらく気まずそうに頭の後ろを掻いていたが――


「つーか、俺はお前と決着つけてえんだ」


 気を取り直して恭弥に勝負を挑んできた。戦闘マニアではない恭弥としては無駄な戦いをしたくないが、ここで決着をつけないことにはヘルフリートの存在は後々のイレギュラーになりかねない。

 答えは決まった。


「……わかった。受けよう」

「いいの、恭弥?」

「満身創痍の相手だ。負ける要素がない」


 だからと言って油断はしない。こういう相手は時にこちらの想像もつかないようなことを平気でやってくるのだ。


「ハハ、だろうな。だからルールを決めさせてもらう」

「ルール?」

「なに、簡単だ。お互い、所持している結晶を一つにする。そいつを地面に置いて十歩離れ、転送が始まるまでの三十秒間で相手の結晶を破壊すれば勝ちだ」


 それなら魔力結晶を破壊された時点で恭弥も負けることになる。条件はフェアになった。


「魔術は?」

「今言ったルール以外ならなんでもアリだ」


 だったら尚更負ける要素はない。恭弥が振り向き様に〈フィンの一撃〉を放てばそれで終わる。悪いが、ハンデを与える気はない。

 恭弥は所持している魔力結晶を一つだけ残してレティシアに預けた。ヘルフリートは王虞淵との戦いで消費して今は一つしか持っていないらしい。嘘ではないだろう。彼はそういう姑息な性格をしていない。


「準備はいいか?」

「ああ」


 恭弥とヘルフリートは五メートルほど距離を開けて対峙し、同時に地面に魔力結晶を置いた。すぐに後ろを振り向き、西部劇の決闘のように声に出して歩調を合わせつつ歩き始める。


「二、三、四……」

「五、六、七……」


 歩きながら恭弥は指先に魔力を貯める。もしこの時点でヘルフリートが不正をしていれば仲間がなにか言うはずだ。

 八歩、九歩と歩く。

 そして――


「「十!」」


 恭弥とヘルフリートが同時に振り返った瞬間――パリン! と。

 ヘルフリートの魔力結晶が、粉々に砕けた。

 だが、やったのは恭弥ではない。


「幽崎殿!? なにをしているでござる!?」


 ヘルフリートの魔力結晶があった場所には、幽崎が投げたナイフが突き刺さっていたのだ。クククと可笑しそうに笑いながら、幽崎はその狂気的な視線をヘルフリートに向ける。


「なんでもアリなんだろぉ? 味方が攻撃するなとは言われてねぇからなぁ。これから祓魔師どもと戦り合うってのに、万が一にも黒羽に退場されちゃ困るだろうが」

「いやそこは空気読めよ、一年」


 たとえルールで味方の援護を禁止されていたとしても、幽崎ならやっただろう。奴には恭弥よりも騎士道精神なんてものはない。

 ヘルフリートは諦めたようにどかりと腰を下ろした。


「まあいいさ。ルールがザルだった俺の責任だ。この結果は受け入れる」


 いっそ清々しい笑みを浮かべ、彼は魔力結晶を拾う恭弥を見る。


第六階生(おれら)に勝ったんだ。優勝しねえとただじゃおかねえぞ」


 最後にそれだけ言い残し、ヘルフリートはこの場から完全に消失する。まともに戦っていたらどうなるかわからない相手だっただけに、なんとも言えない気分で恭弥は彼を見送った。

 残る強敵はファリス・カーラ率いる祓魔師のチームだけだ。どこかで乱入してくると思っていたが、今になっても動きが見えないとは少々不気味である。

 だが、ここまで来たのだ。


「勝つぞ」

「あぁ」

「もちろんよ!」

「無論でござる!」


 最後まで気は抜かない。いつ彼女たちが襲撃して来てもいいように警戒しつつ、恭弥たちは野営の準備に取りかかった。


        ☆★☆


 その頃――森林エリア北部。

 立ち込めていた濃霧が晴れ、人口太陽の夕焼けが森の中をオレンジ色に染めていく。


「予想外に、手古摺らせてくれたものだ」


 戦いで開けたと思われる広い場所にて、ファリス・カーラは肩で息をしながら『それ』を睨んでいた。

 十字剣で貫いた、一冊の本。

 それと、その本を所持していた〈地獄図書館(ヘルライブラリ)〉の司書――()()()()()

 彼は立ったまま枯れ木と化して息絶えていた。ファリス・カーラが発見した時には既にこうなっており、幻術だけが魔導書を介して発動していたのだ。


「たった一人でアレほどの禁術を使ったのだ。当然の結果だろう」


 とんでもない術だった。幻に呑まれそうになる度に舌を噛み、手を刺し、足を切って正気を保っていたファリスの体はもうボロボロだった。


「おかげで酷く消耗してしまったな」


 ファリスだけではない。


「うぅ~、ムカつきやがんです……」

「同意。本日は休息が必要でしょう」

「お~れ~としたことが~♪ こんな罠にハマるなんて~♪ 屈辱だぜ♪」


 早々に幻術に囚われてしまった不甲斐ないチームメイトたちも、今の今まで存在しない敵を相手に戦い続けていたのだ。体力の消耗は彼らの方が酷い状況だろう。

 命がけの技だったとはいえ、たった一人でここまで自分たちを追い詰めた彼には敬意を払うべきだ。ファリスは枯れ木の前に花を添え、十字を切った。

 それから仲間たちを振り向く。


「明日の早朝までに体力を万全にしておけ。探偵部、蘯漾、ルア・ノーバ……敵がどれほど残っているかわからないが、明日、必ず殲滅する」


 了解した仲間たちは問題ない。今回は不覚を取ったが、これでも優秀な人材だ。明日には万全の態勢になるだろう。

 ファリスも腰を下ろして剣を磨く。


 三日目。大会最後の戦いに向けて――。


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