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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
141/159

FILE-139 孫曉燕と王虞淵

 孫曉燕の精神世界は暗闇だった。

 上も下も右も左もわからない宇宙空間のような世界。もちろん星の輝きなどなく、なのに恭弥は自分の精神体をハッキリと視認できる。

 ――どこだ、王虞淵?

 禍々しい気配を頼りに恭弥は精神世界を突き進む。普通、人間の精神世界は夢のように様々なイメージや記憶が無秩序に溢れている。それがないということは、孫曉燕の意識は完全に閉ざされているのだろう。

(やれやれ、まんまとしてやられたようだねぇ)

 やがて現れたのは、漢服を纏い、両目を閉ざした王虞淵本人の姿だった。彼の後ろには意識のない孫曉燕が力なく横たわっている。

(孫曉燕を解放しろ、王虞淵)

 思念で会話し、立てた人差し指を突きつける。精神体ではガンド撃ちはできないが、それは幽体離脱して現実世界を放浪している場合だ。ここは精神世界。イメージが全てを支配する。

(嫌だと言ったら?)

(このままお前を消滅させる)

(それは困るねぇ。僕にはまだやらなくてはならないことがあるんだ)

 大げさに肩を竦めてみせる王虞淵。恭弥が王手をかけているという状態なのに、その所作からは余裕が窺えた。

(〈蘯漾〉が支配する世界を作る。そのためにはこの斉天大聖の力が必要なんだよ)

(お前は本物の王虞淵じゃないだろ)

(ああ、確かに僕は〈千里万眼〉をベースに生み出された疑似人格さ。斉天大聖という兵器を組織のために扱うようプログラムされたAIだ。だが、それがなんだという? 僕は僕だ!)

 王虞淵の語気が急に強くなった。

(僕も王虞淵だ! オリジナルの知識も経験も共有している。違うのは斉天大聖という絶大な力を持っているかいないか。この力があればオリジナルに取って代わることも可能だろう!)

(本物の王虞淵がそれを許すと思うのか?)

(思わないねぇ。彼も僕だ。僕がそう考えることなど承知で対策を立てているよ。だから僕は『全知書』をオリジナルよりも先に手に入れる。無論、それも計算しているだろう。だけど幸か不幸か、覚醒後はオリジナルの知識と経験が一度だけ僕に流れ込みはするけどその後の共有はない。ここから先は読み合いだねぇ)

 王虞淵は表情を酷薄に歪めてクツクツと嗤う。

(もっとも、オリジナルは既に退場してワイアット・カーラに捕らわれているだろう。勝手に殺されてくれるならなにもしなくても僕の天下だ)

 両腕を広げてそう語る王虞淵に恭弥はより一層警戒を強める。

(まるで、俺の憑依など問題にしていないような言い草だな)

(事実、問題ないよ。君を追い出す、いや、この場で消し去るくらいできるさ)

 瞬間、恭弥の周囲に無数の『目』が出現した。

 ――〈千里万眼〉だと?

「チッ」

 夜空に煌めく星のごとく散らばる『目』が一斉に光線を射出する。恭弥は掠めながらも避け続けるが、光線が収まる気配はない。

(ハハハ! 悔しいねぇ。やっぱり経験豊富なこの戦い方の方がしっくりくる!)

 精神世界はイメージが武器になる。実際に宝貝を持っていなくても、こうやって疑似的に再現することは可能だ。

 しかし、精神体での戦いで恭弥が負けるわけにはいかない。

 人差し指を突きつけ、魔力を込めるイメージを流して撃ち放つ。

 だが、それは王虞淵の脇を掠めるだけで終わった。二度、三度と同じようにガンドを撃つが、やはり王虞淵には当たらない。

(狙いが逸れているようだねぇ。弾幕をかわすので精一杯ってところかな?)

 王虞淵が片手を翳す。周囲に散らばっていた無数の『目』が一点に集結し、何乗にも威力を増した特大の光線を撃ち出す。

 避けられない。ならばと恭弥はその光線に向かって〈フィンの一撃〉を放つ。

 拮抗は一瞬。

 相殺の爆発が起こり、衝撃波が両者を容赦なく嬲った。

(うんうん、流石だねぇ、黒羽恭弥。でも次で終わりだ。君を消せば残る脅威は幽崎・F・クリストファーくらいだろうねぇ)

 集結していた『目』が三方に分かれる。威力は落ちるだろうが、いくら恭弥でもあの光線を三方向からだと防ぎ切る自信はない。

 だが、充分時間は稼いだ。

(……ふぁ)

(ん?)

 王虞淵の背後から暢気な欠伸が聞こえた。

(う~ん、誰ぇ? シャオの頭の中で暴れてるのは?)

 むくりと起き上がった孫曉燕が、眠い目を擦りながら苛立たしげに周囲を見回していた。

(なんだと!? 孫曉燕が目覚めるはずがない!? 黒羽恭弥、なにをした!?)

(ガンドで活性を撃ち込んだ。目覚めるかは賭けだったがな)

 光線をかわしながら撃っていたのはそれだ。恭弥が王虞淵を仕留めるよりも、この世界の主を目覚めさせた方がより確実だと判断した。

(あっれー? なんでクロクロがいるの?)

(クロクロ……)

 突然謎の呼び方をされて戸惑いそうになるも、ガンド使いの強靭な精神力でどうにか堪えてみせる恭弥だった。

 どうやら意識のハッキリした孫曉燕は、その視線を王虞淵へと向けた。

(で、目を閉じたお兄さん。シャオになにかしたの、あなたでしょ?)

(……思い出したようだねぇ)

(うん、全部じゃないけど。お兄さんがシャオに酷いことしたの、ちゃんと覚えてる)

 剣呑な空気を纏う曉燕だったが、一呼吸の動作をすると少し穏やかな表情になった。

(でも、それだけじゃないよ)

(なに?)

 王虞淵は眉を曇らせた。

(お兄さんは田舎で独りぼっちだったシャオを連れ出してくれた。世界を見せてくれた。戦い方や勉強を教えてくれた。シャオ、あんまり頭よくなくてごめんね)

 申し訳なさそうに笑う孫曉燕。だがすぐに無邪気な笑顔を取り戻し、元気いっぱいにその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。

(それにこんな楽しい学校に行かせてくれた! 友達もいっぱいできたよ! だからお兄さんには感謝もしてるんだ!)

 周囲の景色が変わる。

 ただの暗闇だったそこに、孫曉燕の様々な記憶が映像となって流れ始めた。恭弥は知らない中国の田舎の風景。〈蘯漾〉の拠点と思われる建物。机に向かう孫曉燕に魔術理論を教えているあの好青年は……王虞淵か。本性を知る者からすると別人だ。

(全部オリジナルがやったことだよ。ただ君を利用するためにねぇ)

(うん、知ってる)

 孫曉燕はこくんと頷く。

(知ってるけど、そんなのシャオにはどうだっていいよ。お兄さんがシャオにした酷いことも許せるくらいにはね)

(そう思うなら大人しく眠っていてくれると嬉しいねぇ)

(んー、それは嫌だよ。だって、ここはシャオの中だから)

 そう告げた瞬間、孫曉燕の両眼が金色の虹彩を帯び、燃え上がるように赤く染まった。

(なっ!? 〈火眼金睛〉だと!?)

(悪いけど、出て行ってもらうから!)

 王虞淵を一睨みした孫曉燕は、彼が反応できない速度で懐に飛び込み――小さな体から繰り出す鋭い掌底を打ち込んだ。

(シャオに酷いことしたのは許すよ。でもシャオの中で、シャオの体を勝手に使って、シャオの友達を傷つけたことは許さない! 絶対に!)

 掌底をまともにくらった王虞淵の体が激しく燃え上がる。〈火眼金睛〉が蓄えた神魔の炎を放出したかのように。

(馬鹿な!? あり得ない!? それは僕が覚醒させた僕の力だ!? 君に使えるはずがない!?)

(ここは孫曉燕の精神世界だ。本人が目覚めたのなら、異物の俺たちの力は及ばないぞ)

 受け入れない相手には憑依できる時間が限られる。こうして簡単に追い出されてしまうからだ。

(嘘だっ!? こんなはずではぁあああああああああああああああああッッッ!?)

 王虞淵の疑似人格は炎に焼かれてもがき続け、やがて灰も残さず完全に消滅してしまった。あれだけ猛威を振るった王虞淵だったが、終わりはこうも呆気ない。

 これで恭弥が彼女に憑依している理由もなくなった。

(クロクロもありがとね。シャオ、もう起きられないかと思ったよ)

 瞳を元の鳶色に戻した孫曉燕が恭弥に無垢な笑顔を向ける。

(礼は不要だ。あとクロクロはやめろ)

(キョーやんがよかった?)

(……そうじゃない)

 キョトンと小首を傾げる孫曉燕。これは彼女と仲良くしている連中も苦労が絶えないだろう。

(ふわぁ、まだちょっと眠いや……)

 と、孫曉燕は精神体のくせに大きな欠伸をした。自分の世界とはいえ強力な技を使って消耗したのだろう。

(ゆっくり休むといい。俺もすぐ出ていく)

(うん……またね……)

 ゆっくりと彼女が目を閉じたことを確認し、念のためまた王虞淵が現れないか警戒してから恭弥も憑依を解除するのだった。


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