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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
139/159

FILE-137 ロストアーツ

 時は少し遡る。


「数秘術の奥義?」


 グラツィアーノが告げた作戦の要となる術式に、レティシアは小首を傾げた。


「ああ、数秘術の最終形は世界の因果を解析し干渉する。僕の爺やが所有していた書庫に化石クラスの魔導書があったんだ」

「まさかそれ、読んだの?」


 古い魔導書になればなるほど現代の暗号などは通用しなくなる。加えて魔導書自体が魔力を有し、読んだ人間に廃人になるレベルの悪影響を与えることもあるという。


「流石に僕にはまだ早かったよ。だけど一部を解析することはできた。対象の因果に干渉し、時間の流れから一時的に隔離する失われし魔術(ロストアーツ)だ」

「なによそれ……時間の流れって、あんたそんなことできるの?」

「ハッキリ言おう。できない」

「ダメじゃないの!?」


 ここまでの話が一気に無駄になってしまい、レティシアは思わず叫んでしまった。グラツィアーノは話は最後まで聞いてくれと言って、指で自分の頭を示す。


「理論は頭に入っている。問題は魔力量が圧倒的に足りないことと、僕一人の演算できちんと制御できるか不安だということだ」

「発動できなきゃ意味ないでしょ」

「今ならどちらの問題も解決できるかもしれないんだ。これを使ってね」


 グラツィアーノは制服の懐から見慣れた結晶体を取り出した。


「魔力結晶でござるか?」

「まさか、その魔力を使おうってこと?」

「そのまさかさ。そして君のタロットは数秘術に近い。僕の演算を君が補助してくれたら、あるいは成功するかもしれないんだ。上手いこと彼女を時間の流れから切り離せさえすれば、あとは甲賀静流、君が〈紫金紅葫蘆〉を奪取もしくは破壊するんだ」

「無茶苦茶よ!?」

「だから博打だと言ったはずだよ」


 時間を止める、いやこの場合は切り離すか。どちらも似たようなものだが、たとえ限定的でも超々高度な術式であることには変わらないだろう。理論はあったとしても、所詮は新入生のヒヨコが扱えるレベルだとは思えない。

 恭弥やフレリア、幽崎クラスの魔術師ならあるいは可能かもしれないが……グラツィアーノやレティシアはその領域には達していないのだ。


「ていうか、時間から切り離されてたら〈紫金紅葫蘆〉も奪えないんじゃないの?」

「そこは術の制御でなんとかするよ」

「そもそも仙術で〈紫金紅葫蘆〉を異空間に入れられてたらどうしようもないわ」

「彼女は〈紫金紅葫蘆〉を腰につけていた。それができるなら最初からやっているはずだ。恐らく、生物は異空間に入れられない制限でもあるんじゃないかな?」


 この辺りも予想の域を出ない。どこを取っても紛うことなき博打である。


「……まあ、仮に成功したとして、恭弥たちを助けた先の勝算はあるの?」


 レティシアたちの勝利は王虞淵を倒すだけではない。乗っ取られている孫曉燕を解放するというミッションもある。


「彼女を乗っ取っている王虞淵は精神的な存在だ。黒羽恭弥と幽崎・F・クリストファーならそこに干渉できるだろう」

「なるほど、言われてみるとそうね」


 寧ろその理屈だと恭弥たちがいなければ王虞淵だけを倒すなど不可能だ。だが、博打さえ成功すれば勝率は高いと思われる。

 他の手を考えている時間もない。

 レティシアは決意した。


「いいわ。乗ってあげる」


        ☆★☆


 王虞淵の動きが不自然に停止した。

 数秘術の失われし魔術(ロストアーツ)が無事に発動したのだ。


「やった、成功したわ!」

「気を抜かないでくれ、レティシア・ファーレンホルスト!」


 パリン、パリン、と。こうしている間にもグラツィアーノがあり得ない速度で魔力結晶を消費している。念のためレティシアと静流が所持していた結晶もいくつか渡していたが、それでも足りないかもしれない。

 いや、レティシアも術式を補助しているからわかる。足りる足りないの前に、不安定すぎていつ途切れてもおかしくない状態だ。

 長くは持たない。


「静流さん! 早く!」

「任せるでござる!」


 静流が足裏を爆発させたような瞬足で王虞淵へと切迫する。一鼓動と経たない一瞬だったが――王虞淵の指先がピクリと動いたような気がした。


 ――術式が破られる!

「静流さん!」

「もう少しでござる!」


 静流が手を伸ばす。

 同時に王虞淵が再び時間の流れへと戻ってくる。

 数秘術の檻が消し飛び、静流を認識した王虞淵は驚愕するよりも先に回避しようと体を逸らし――


「まあ、もうちょっと大人しくしとけや」


 ヘルフリートが王虞淵の頭を鷲掴み、静流の手が腰の瓢箪へと触れた。


「奪ったでござる!」


 手にした〈紫金紅葫蘆〉を高く掲げる静流。王虞淵が焦ったようにヘルフリートを振り払い、静流へと如意棒を叩きつける。


「それを返すんだ!?」

「静流さん! パスパス!」


 静流が〈紫金紅葫蘆〉をレティシアにぶん投げた直後、如意棒が彼女の脇腹に食い込んだ。


「痛っ!?」


 吹っ飛ばされた静流だが、〈紫金紅葫蘆〉はしっかりとレティシアの手に収まっている。王虞淵がこちらを標的にする前に、レティシアは瓢箪の蓋を開け放った。

 瞬間――スポン! スポン! と間抜けな音が立て続く。


「……ここは? 出られたのか?」

「ハッ! 自力で破れなかったのは癪だが、外に出りゃこっちのもんだ」


 黒羽恭弥と幽崎・F・クリストファーだ。制服の膝下がボロボロになっているくらいで、まだそれほど溶解液の影響はないように見える。彼らが強力な魔術師だからこその耐性だろう。


「恭弥!」


 無事な姿にレティシアは思わず抱きついてしまった。


「よかった、無事で……本当に」

「レティシア。悪い、助かった」

「今回ばかりは礼を言わねぇとなぁ。あのままじゃ俺と黒羽は仲良く妖怪酒になってたとこだ。ありがとよぉ」


 レティシアは恭弥に抱きついたままブルリと震える。幽崎に素直に礼を言われることがこれほど気持ち悪いとは思わなかった。


「まったく、やってくれたねぇ。さっきのはなにかな? 数秘術……まさか、時間を操作したのかい?」


 王虞淵の顔には明確な怒りが滲んでいた。どうやらついに余裕がなくなってきたようだ。


「あぁ? てめぇ、両目が愉快なことになってんじゃねぇか。〈火眼金睛〉だな? 三下のてめぇにゃ似合わねぇぞ」

「使いこなせさえすれば似合う似合わないはどうでもいいねぇ」


 レティシアも改めて王虞淵の両目が開かれていることに気づく。孫曉燕の瞳は鳶色だったと記憶にあるが、今の彼女は燃えるような灼瞳をしていた。

 魔眼に類するものだと一目で理解した。


「出て来てしまったのなら仕様がないねぇ。全員纏めて退場だ。もちろん、この世からもね!」


 如意棒を構え、〈火眼金睛〉を煌めかせ、王虞淵が地面を蹴る。

 だが――


「させぬでござる!」

「おいコラ、まだ俺の相手が終わってねえだろ!」


 その前に静流とヘルフリートが立ち塞がった。恭弥たちに状況を説明するまで、静流が時間稼ぎをする手筈になっているのだ。

 ヘルフリートが一言もなく協力的に動いてくれたのは正直助かった。


「黒羽恭弥、幽崎・F・クリストファー、先に僕の話を聞いてくれ」


 と、失われし魔術(ロストアーツ)による消耗で今にも倒れそうなグラツィアーノが足を引きずりながら寄ってきた。彼を補助していたレティシアも相当に疲労が溜まっている。実際に術を行使した彼は意識を保つことさえ難しい状態だろう。


「王虞淵だけを倒す方法だ」

「俺が憑依すればいいのだろう?」

「……なんだ、気づいていたのか」


 気が抜けたのか、グラツィアーノは膝をついてしまった。

 幽崎がクツクツと笑う。


「考える時間は死ぬほどあったからなぁ。言っとくが、俺はそのやり方には協力しねぇぞ」

「はぁ!? なんでよ手伝いなさいよ!?」

「孫曉燕がどぉーなろうと知ったことじゃねぇ。俺はこのまま奴を叩き潰さねぇと気が済まないんでね。どうしても孫曉燕を救いたきゃ、俺が奴をぶっ倒す前に決着をつけるんだなぁ!」


 愉しそうに言うと、幽崎は静止する間もなく飛び出し王虞淵との戦闘に参加してしまった。


「こんのアホ崎ぃいいいッ!?」


 レティシアは憤りを叫ぶしかなく、自分だけでも恭弥を補佐しようと心に決める。というより、憑依している間の恭弥の体は無防備になる。レティシアが守るしかない。


「恭弥、行けそう?」

「〈火眼金睛〉が開眼しているとなると、簡単ではないな」

「霊体も『視』れるんだっけ?」


 それどころか直接的に干渉されて精神体を破壊されかねない。厄介な時に厄介な魔眼を発現したものである。


 と――ドゴォオオオン!!


 とてつもない轟音が響き、幽崎たちが三方向に吹っ飛ばされた。如意棒を地面に突き刺した王虞淵の周囲が破裂したように抉れている。


「蠅が集っても鬱陶しいだけだねぇ! わかった。もはや僕も切り札を切るしかないようだ」


 王虞淵が仙術で虚空からなにかを取り出す。まだ隠し玉を持っていたことにレティシアは戦慄した。斉天大聖は一体一人でどれほどの戦力なのだ。

 しかし、王虞淵が取り出したのはとても武器には見えない黒い小さな丸薬だった。


「これは仙丹。斉天大聖が無敵である所以の、不死の霊薬だねぇ。西洋風に言うならば、〈エリクサー〉が最も近いかな」


 エリクサー――錬金術の最終目標の一つだ。中国にも錬丹術というものがあり、その目的にもやはり不死の薬は存在している。

 本物だろうか?


「今になって出してきたってことは、永続的な効果は得られないのだろう? それに数も限られるんじゃないか?」

「さあ? それを素直に教えるわけがないねぇ」


 恭弥に指摘された王虞淵は飄々と答えをはぐらかすと、一飲みで丸薬を嚥下してしまった。間違いなく恭弥の読み通りだろうが、効果がどのくらい続くのか、服用限界はどのくらいか、丸薬の残数はどのくらいか、まったく想像ができない。

 薬の効果はすぐに見られた。


「おお……おお……ッ!」


 王虞淵の焼け爛れた左腕が一瞬で回復したのだ。流石にパワーアップするような効果はないだろうが、他の傷も疲労もなくなったと思っていい。


「さて、かかってくるといいよ」


 觔斗雲で宙に浮き、如意棒を構えた王虞淵は妖しく嗤った。


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