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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
137/159

FILE-135 第六階生の意地

 炎が暴れ、風が荒れる。

 王虞淵と第六階生たちが戦っているのだ。両者の衝突はかなり遠くまで吹き飛ばされてしまったレティシアたちにも余波を肌で感じるほど凄まじかった。


「あたしたちも加勢するわよ! こうしてる間にも恭弥たちはどんどん死に近づいているわ!」


 レティシアが手にしているのは『死神』のタロットだった。『物事の終わり』という不吉なカードではあるが、『新たな始まり』という希望の意味も含まれている。

 終わらせる物事が恭弥たちであってはならない。

 レティシアたちが動かなければ最善の未来は閉ざされてしまうだろう。


「無論でござる。拙者も師匠たちは助けたいし、あの者を曉燕殿の体から追い出したいでござるよ」


 そう力強く頷く静流を頼もしく思いながら、レティシアはタロットをカードケースに収めて戦場を見据える。

 とそこに、一人の少年が立ちはだかった。


「奮い立っているところ悪いけれど、少し待ってくれないかな?」


 少し気障っぽい口調でそう言ってきたのは、レティシアたちと同様にこの辺りまで吹き飛ばされていたグラツィアーノ・カプアだった。

 レティシアは表情を険しくして仕舞ったばかりのカードケースに手を伸ばす。


「あんた、一体なんのつもりよ?」

「待て待て、敵に寝返ったわけじゃない。君たちは無策であの中に飛び込むつもりなのかい?」


 慌てて敵意がないことを手で示したグラツィアーノは、立てた親指で背後――炎と風の世紀末を指す。

 確かに、余程己の肉体に自信がなければ近づいただけで挽肉にされてこんがり焼き上がってしまうだろう。


「拙者は望むところでござる」

「まあ、静流さんは大丈夫そうよね……」


 レティシアに堪えられる自信はない。いや、防ぐだけならできるだろうが、自由に動けなくなるのは目に見えている。それなら戦いの決着がつくまで様子見する方が利口だ。

 でも、そんな悠長に待っていられる時間はない。


「なにか作戦があるのね?」

「ああ、博打になってしまうけれどね」


 そう前置きしてから、グラツィアーノは作戦を語る。あまりにも強引で無茶振りで、しかも成功するかどうかもわからない内容。話を聞いたレティシアは呆れつつも、それしか手が思いつかないのも事実だった。


「いいわ。乗ってあげる」

「難しいことはわからぬが、それで師匠たちを助けられるのでござるな!」


 グラツィアーノの話を聞く限り、孫曉燕を傷つけずに王虞淵を倒すには黒羽恭弥と幽崎・F・クリストファーの力が必須になる。王虞淵はそれを知っていてあの二人を〈紫金紅葫蘆(しきんこうころ)〉に封じたのだ。

 必ず、二人を助けなければならない。


        ☆★☆


 ヘルフリートの大上段からの大振りを、王虞淵は紙一重で後ろに飛んでかわした。


「らぁあッ!!」


 そのまま宙を薙ぎ払ったヘルフリートの大刀から炎の斬撃が飛ぶ。小高い丘を焼き斬る破壊力を持つそれを、王虞淵は芭蕉扇で易々と弾く。

 入れ替わりに脚力を強化したアレックスが切迫し、鋭く拳を打ちつけてきた。

 強化呪印をこれでもかと盛られた必殺の拳打。だが、王虞淵は手の甲を添えるようにして受け流す。

 一発、二発、三発……怒涛のラッシュを全て凌ぎ、一瞬の隙を突いてアレックスの顎を蹴り上げた。


 そこへ降り注ぐ炎の竜巻。己の魔力だけでこの超火力を発動させていることには驚嘆するが、炎である以上、芭蕉扇の前では無意味だ。

 一振りで、掻き消す。

 だが、そうなることは相手も承知だろう。

 間髪入れない前後からの挟撃が来る。王虞淵は唇を斜に構え、敵をギリギリまで引きつけてから背中の如意棒を抜いてその場で素早く回転した。


「くっ」

「おう!?」


 伸ばされた如意棒を受け、くの字に折れて薙ぎ飛ばされるヘルフリートとアレックス。そこに王虞淵は〈身外身の術〉で無数の刃物の生み出し追撃を仕掛ける。

 嵐雨のごとく射出される刀剣。それをヘルフリートは大刀で弾き、アレックスは掠めながらも器用にかわして王虞淵へと向かってくる。


「しつこいねぇ」


 芭蕉扇を大振りして突風を起こす。が、二人はそれを読んでいたかのように両サイドに跳んで回避した。

 王虞淵は一度芭蕉扇を仙術で虚空に消す。如意棒を構え、両脇から迫る二人を眼球運動だけで捉えると――喝ッ! と咆哮した。

 彼らを〈定身の法〉で止められるのは僅か一瞬だ。その一瞬で王虞淵は高く飛び上がり、巨大化させた如意棒を槍投げの要領で彼らの頭上へと落とす。

 魔力結晶ごと圧し潰すつもりだったが――


「ふんぬ!」


 アレックスが、受け止めた。両足を地面に埋もれさせ、筋肉が隆起し、血管がぶち切れそうになりながらも決死で踏ん張っている。


「ヘルフリート!」

「おうよ!」


 まるで野球のバッティングでもするかのように、ヘルフリートは〈地獄の業火〉でブーストした大刀をスイング。如意棒を打ち返してきた。

 棍尻を燃やして打ち上がる如意棒はロケットさながらだった。


「縮め」


 王虞淵はマッチ棒サイズにまで如意棒を縮小してキャッチし、息を吹きかけて炎を消す。


「芭蕉扇を片づけたのは間違いだったな!」


 ヘルフリートの大刀が王虞淵に照準を合わせていた。

 砕かれる魔力結晶。チャージした魔力が大刀へと注ぎ込まれ――刹那、獄炎が赤熱する光線となって放射された。

 芭蕉扇を取り出して振るっている暇はない。


「うんうん、まあこれは」


 王虞淵は如意棒を通常サイズに戻し、迫り来るえげつない火力を見て悟る。


「避けるしかないねぇ」


 既に足下に展開していた觔斗雲で空中を翔ける。直撃は免れたが、余波の高熱が爛れそうな勢いで肌を焼く。

 それでも怯まず、改めて取り出した芭蕉扇で地上を牽制。今の火力砲を連発されでもしたら、いくら觔斗雲が高機動でもやがて捕まってしまうだろう。


「いい加減、君たちとの遊びは飽きた」


 着地した王虞淵は髪の毛から分身を生み出してけしかける。〈身外身〉の分身は甲賀静流の〈八方分身〉とは違い、数は任意に指定できるが本体よりも能力は大きく劣化する。加えて宝貝も使えないのでは時間稼ぎにしかならない。そしていくら数を増やしたところでヘルフリートの火力の前では一瞬で消し炭だ。

 だが、奴は魔力結晶でチャージしつつ戦っている。もはやそうしなければ〈地獄の業火〉を扱えないのだ。となれば、時間稼ぎしようと思うと大火力の使用を躊躇う程度の数に抑えるしかない。

 ヘルフリートとアレックスに対し、分身は二体ずつ。それ以上増やすと躊躇なく一掃されてしまうだろう。


「芭蕉扇はただ風や嵐を起こすだけが能じゃないんだよねぇ」


 王虞淵は芭蕉扇を前方に翳し、円を描くように回し始める。


「ホワット! なにかデンジャラスなこと企んでいる顔デース!」

「チッ、さっさと片づけるぞ!」


 劣化しているとはいえ、孫曉燕の身体能力を持つ分身をあっという間に叩き伏せる両者は流石という他ない。が、王虞淵の目論見通り一掃しなかった点は失敗だ。

 王虞淵の前方には空気が凄まじい勢いで流れ続ける球体が形成されていた。徐々に巨大化していくそれは、摩擦によってプラズマすら発生している。


「アレは……やべえな」


 大刀を中段に構えたヘルフリートが唸る。芭蕉扇で発生した風である以上、彼の炎では対抗できない。


「ヘルフリート、ミーにアイデアがありマース」

「なんだ?」

「ミーの呪印を、ユーにオールプレゼントしマース」


 ヘルフリートが驚いた顔をする。


「おいおい、んなことしたらてめえは」

「イエス、確実にアレには耐えられませんネ。ですが、あのガールをなんとかするにはミーはパワー不足。もうユーに賭けるしかありまセーン」


 アレックスが右手をヘルフリートに差し出した。


「うんうん、なにをする気か知らないけど、させると思わないことだねぇ!」


 王虞淵は芭蕉扇を振り払い、なにやら作戦会議中の二人に向けて大事に育てた乱気流の塊を飛ばす。


「いいんだな?」

「第六階生の意地、見せるのでショウ? 今度ランチでもご馳走してくだサーイ」


 ヘルフリートがアレックスの手を取った――その直後。

 乱気流の球体が彼らに炸裂。爆発する勢いで周囲の地形もろとも粉々に吹き飛ばした。


 だが、王虞淵は内心で舌打ちする。

 間に合ってしまった。

 気流の中に立つ人影がなにかを掲げ、次の瞬間には灼熱が風を呑み込み爆散させたのだ。


「仇は必ず取ってやんよ、アレックス」


 そこには全身に夥しい数の〈アタルヴァ・ヴェーダ〉の呪印を刻んだヘルフリートが立っていた。

 隣には倒れたアレックス。前もって魔力結晶を破壊するなりしていたのだろう。転送が始まっており、王虞淵の攻撃は中途半端にしかダメージを与えられなかったようだ。


「グッドラック!」


 アレックスはヘルフリートにサムズアップすると、転送が完了してこの広大なバトルフィールドから退場した。


「いやはや、困った。芭蕉扇の風を地獄の炎が凌駕しちゃうとはねぇ」

「ここまでやんのは大人気ねえ話だが、第六階生(おれら)にもプライドがあってな」


 燃える大刀を王虞淵に向けて翳し、ヘルフリートは高らかに告げる。


「決着をつけようぜ、一年!」


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