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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
136/159

FILE-134 先輩の優しさ

 周囲に誰もいなくなった荒野エリアに、孫曉燕の体を得た王虞淵――正確には王虞淵の人格はポツリと佇んでいた。


「うんうん、やりすぎちゃったかな? 慣れない身体と宝貝だからねぇ、もう少し加減できるようになった方がいいか」


 閉じた両目を愉悦に歪ませ、開かれた第三の目で辺りを見回す。

 仕留めていれば重畳。だが、相手は学生とはいえ実力者。あの程度でくたばるとは思えない。魔力結晶の破壊にも至っていないと考えるべきだ。

 王虞淵の本体が持つ〈千里万眼〉を使えない以上、慢心はできない。最悪を想定して慎重に行動する。確実に倒したことを確認するまで油断は禁物である。


「さて、近いところから潰そうか」


 両足に觔斗雲を展開。右手に如意棒、左手に芭蕉扇を構えて宙へと浮き上がる。空を飛べば格好の的だが、攻撃されたのならされたで敵の位置を割り出せるから問題ない。


 パァン! と銃声が響く。

 丘の上に猟銃で王虞淵を狙うオレーシャ・チェンベルジーの姿を発見した。爆発する魔弾を觔斗雲の機動力で回避し、瞬時に彼女との間合いを詰める。


「――ッ!? 速いッ」


 たじろぐオレーシャは左肩を押さえていた。王虞淵が如意棒で与えた傷だろう。その肩でよく猟銃を撃てたものだと感心する。


「君にもそろそろ消えてもらうよ」

「貴様は、もはや孫ではないのだな?」


 回答を待つまでもなく、オレーシャは猟銃の引き金を引く。そしてすぐにコサック帽を目深に下した。

 閃光の魔弾だ。

 激烈な光が爆散し、王虞淵とオレーシャを呑み込む。熱によるダメージはないが、確実に目を灼く光を直視してしまえばしばらく視力は回復しないだろう。


「はぁああああああああああッ!!」


 光が収まる直前、オレーシャは猟銃を刺突に構えて王虞淵へと突撃を開始した。猟銃の先端には接近戦用にナイフが取りつけられている。閃光で怯んだ敵にすかさず追撃は悪くない戦法だが――


「僕は逃げた方が賢い選択だと思うけどねぇ。狙撃手なんだから」


 王虞淵は容赦なく首を狙ってきた猟銃を、如意棒で楽々と弾いた。そのまま彼女の腹に芭蕉扇を突き込み、くの字に折れたところを如意棒で組み伏せる。


「それとも、実はもう弾切れなのかな?」

「馬、鹿な……」


 崩れたオレーシャは驚愕に目を見開いていた。王虞淵の視力を奪えなかったことが余程想定外だったのだろう。


「馬鹿もなにも、僕はずっと目を閉じているからねぇ」

「額の『目』は開いていたはずだ!」

「これは宝貝による仙術の『目』だよ? 光で眩むこともなければ、闇で遮られることもない」


 物理的もしくは魔術的に『目』を貫かれない限りは一定の視力と視野で周囲を見渡すことができる。巨大化状態の時に黒羽恭弥によって壊されそうになったが、それはちょっとした秘密の手段を使って緊急回避したのだ。


「うんうん、なるほど。だいたいの位置は把握した」


 オレーシャの体を頭から爪先までスキャンするように『視』ると、王虞淵は満足げに頷いて――


「あがっ!?」


 服の中に隠してあった魔力結晶をまずは二つ、如意棒で殴りつけて破壊した。ボキリと骨が逝く音が聞こえ、オレーシャの悲痛な悲鳴が荒野に虚しく響く。


「残りの結晶は貰っておくよ」


 如意棒を地面に突き刺し、空いたその手をオレーシャに伸ばす。

 その時だった。


「レディーはもっと大切に扱うべきデース!」


 背後から、願いの呪印を体中に刻んだ黒人の青年が王虞淵に飛びかかってきた。咄嗟に如意棒を掴んで迫る拳を受け止めたが、孫曉燕の軽い身体では堪え切れず弾かれてしまう。

 一人ずつ始末しようと思っていたが、どうやら先程の閃光弾で王虞淵の居場所が他の連中にも知られてしまったらしい。


「僕もレディーだと思うんだけど?」

「イエース。ですから優しく殴ったでショウ?」


 オレーシャを庇うように立つアレックスは、白い歯を爽やかに煌めかせてサムズアップした。なにが優しくだ。まともに受けていたら首が捻じれていたかもしれない。


「まあ、いいかな。順番に拘る僕じゃない。君から先に退場させてあげるよ!」


 王虞淵は觔斗雲で空を翔け、アレックスに切迫すると如意棒を振り下ろす、アレックスはバックステップでかわしたが、如意棒が伸長して脇腹を刺突した。


「シット!」


 舌打ちをして反撃しようとするアレックスに、王虞淵は人差し指を立てる。


「喝ーッ!!」

「ぐっ」


 裂帛の咆哮がアレックスの動きを封じる。〈定身の法〉は便利だが、強者が相手だと僅かな時間稼ぎにしかならない点が難点だ。


「ミーに状態異常は通用しまセーン!」


 案の定、アレックスは二秒と経たずに金縛りを解除した。

 だが、それで充分だった。


「芭蕉扇を振り下ろすのに二秒も必要ないからねぇ」


 殴るような突風がアレックスに直撃する。腕で顔を庇うようにして堪えているが、それでは狙ってくれと言っているようなものである。

 彼の身体能力なら風を避けることも可能だっただろう。だがそうしなかったのは、後ろに傷ついたオレーシャがいるからだ。


「わからないね」


 王虞淵は髪の毛を抜いて噛み砕き、〈身外身の術〉で分身ではなく青龍刀を生み出して射出した。数は四本。それぞれが正確に両腕と両足を切り刻む。


「――ッ!?」

「僕を相手に一時的に共闘するのは理解できる。でも、足手纏いでしかない瀕死の共闘相手を守る価値があるのかな? 本来彼女も敵のはずだ」


 それが彼のチームメイトなら王虞淵も疑問には思わない。寧ろ彼と正面から戦う前に人質として利用してやるくらいの考えが先に浮かぶ。

 最初に守ったのは王虞淵に魔力結晶を渡さないためだと思っていたのだが、その後もオレーシャを守りながら戦うアレックスは正直――想定外だった。


「そうだ! もはや魔弾も残っていない私など放っておけばいい!」


 よろりと上体を起こしたオレーシャも意味がわからないといった様子で問う。


「逆にクエスチョンしマース」


 両腕両足から流血して膝をついたアレックスは、王虞淵を小馬鹿にするように肩を竦めた。


「傷ついたガールを、どうしてそれ以上傷つけようとするのデース? ミーにはキャンノットアンダースタンディング!」


 オレーシャが息を呑む。そういえば、と王虞淵は本体が〈千里万眼〉で見ていた記憶を思い出す。彼はフレリアを追い詰めたのにトドメを刺さずギブアップを要求していた。


「だからてめえは甘ぇんだよ、アレックス」


 声が聞こえた途端、王虞淵の背後から凄まじい炎の壁が噴き上がった。ぐらりと地面が揺れ、けっしてゆっくりとは言えない速度で滑り落ちていく。


「これは……」


 危うくバランスを崩しそうになりつつも、王虞淵は瞬時に状況を悟る。

 丘が、()()()()


「まったく、ユーは無茶苦茶すぎマース、ヘルフリート」

「ひゃっ」


 アレックスがオレーシャを抱えて跳び去る。王虞淵も觔斗雲で崩壊する丘から脱出しようと試みたが――周囲が赤熱していくことに気づいた。


「まさか」


 弾かれるように上空を見上げ、額の目を見張る。どうやら、空を飛んでの脱出は不可能らしい。


「うんうん、参ったねぇ」


 小太陽のごとき紅蓮の輝きが、王虞淵の頭上に降りかかっていた。


        ☆★☆


「ヘルフリート! ミーたちが巻き込まれたらどうするつもりだったのデース!」


 崩壊する丘からなんとか逃げ果せたアレックスは、それをやらかしてくれた自分たちのチームリーダーに苦言を呈した。

 唾が飛ぶ勢いで文句を浴びせられたヘルフリートは、鬱陶しそうに指で耳栓をする。


「てめえなら助かるだろ」

「動けないガールもいたのデスヨ!」

「そいつも結果的に助かったからいいだろ」


 ヘルフリートは地面に寝かされたオレーシャを見た。骨折で立つこともできない彼女は、申し訳なさそうに口を開く。


「すまない、先輩たち。チームメイトでもないのに助けていただいて……感謝する」

「今は仲間デース。気にしないでオーケー」

「フン、俺は巻き込んでも構わねえつもりだった。お前が勝手に助かっただけだろ」


 爽やかにはにかむアレックスに対し、素っ気なく腕を組んだヘルフリートは土煙が噴き上がる丘だった場所に視線を向ける。


「それに、『助かった』っつうにはまだちっと早ぇぞ」


 刹那、乱雑に瓦解していた岩塊や土塊を根こそぎ天へと吹き飛ばす竜巻が発生した。芭蕉扇を仰いだ王虞淵が、忌々しげにこちらを睥睨している。


「オゥ……え? マジで?」


 極熱の炎を落とされた上に崩れた丘の下敷きになってなお立っていられる王虞淵に、アレックスは冗談抜きで戦慄した。流石にノーダメージではなさそうだが、タフさではヘルフリートともタメを張りそうだ。


「アレックス、まだ戦れるか?」

「お、オフコース!」


 斬られた四肢の傷は呪印の力である程度回復している。本音を言えばあれ程のバケモノとは戦いたくないが、先程甚振られた借りは返さねばなるまい。

 と、ヘルフリートがオレーシャに手を差し伸べた。

 立たせようとしているのかと思ったが、違う。


「おい後輩、お前の結晶を俺に全部寄越せ」

「なっ!?」


 唐突の言葉にオレーシャは絶句した。


「実はガブリエラの加護がねえのに結構無茶してな。流石の俺も魔力が空だ。魔力結晶はただ集めるためにあるんじゃねえだろ。なにせ『魔力』の『結晶』だぜ。魔力切れで戦えなくなったら消耗品として使えってことだろうが」


 オレーシャはもちろん、アレックスも唖然とした。そういう発想は全くなかったのだ。なにせアレックスのチームはガブリエラがいた。彼女の〈大天使の加護〉があれば魔力切れを起こす心配などなかったのである。

 ならば自分の結晶を使えという話だが、ヘルフリートの意図はそこではない。


「お前は邪魔だ。戦場に負傷者がいても足を引っ張る。だから、()()()()退()()()()()

「……」


 ハッキリと告げられ、オレーシャは苦虫を嚙み潰したような表情をした。これもヘルフリートの先輩としての優しさだろう。


「別チームの奴に言われても従えねえのはわかるがよ。早く決めろ。奴が来るぞ」


 見ると、王虞淵は觔斗雲を展開してこちらへと飛び立ったところだった。もう数秒とかからない距離だ。


「……わかった。だが、一つ約束してくれ」


 覚悟を決めたオレーシャは、悔しそうに制服の裏側に隠していた結晶を二つ取り出してヘルフリートへと差し出す。


「孫を殺さないでくれ。あーなっても、私の友人だ」

「殺すかよ。失格になっちまうだろ」


 ヘルフリートは鼻で笑うと、魔力結晶を引っ手繰って握り潰した。無論、ただ破壊したのではなく、そこに凝縮されていた魔力を己へと取り込む形で。


「うんうん、なるほど。魔力結晶にはそういう使い方もあったんだねぇ」


 王虞淵が目と鼻の先まで迫る。


「やるぞ、アレックス」

「イエース。そろそろミーも本気を出しマース!」


 転送されていくオレーシャを背に、ヘルフリートとアレックスは並んでそれぞれの構えを取った。


第六階生(アデプタス・メジャー)の意地、見せてやんよ!」


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