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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
134/159

FILE-132 紫金紅葫蘆

 巨体の倒れた衝撃で舞い上がった土煙が風に流れていく。


「恭弥、溶岩が収まったわ!」

「時間がかかってしまったでござる」


 レティシアと静流が駆け寄ってくる。王虞淵によって穿たれた大穴は固まった溶岩によって塞がれ、強引に起こされた噴火も上手く鎮静化できているようだ。


「王虞淵は……倒したの?」

「そうだといいが……」


 恭弥は晴れ行く土煙の中を注視する。元の小柄な少女――孫曉燕の姿に戻った王虞淵は、仰向けに倒れたまま閉じた両目を自虐的な笑みに歪めていた。


「ハハハ、まさか、あんな即席の連携でここまでやるとはねぇ。どうやら僕は君たちをまだ舐めていたようだ」


 王虞淵の額には恭弥が撃ち抜いたはずの第三の目が未だに開いたままだ。


「おい黒羽、仕留め損なってんじゃねぇか」


 空から降りてきた幽崎が舌打ちする。恭弥は確実に当てたはずだ。こうして倒れているのだからノーダメージというわけではないだろうが、第三の目を潰せば解決するほど単純な問題ではなかったのかもしれない。


「なにをした、王虞淵?」

「さあ? どうだろうねぇ」


 恭弥が人差し指を突きつけて尋問するが、王虞淵はクツクツと嫌らしく笑うだけで答えない。


「まあいい。どけ、俺がトドメを刺してやる」


 幽崎は恭弥を押し退け、手元に巨鎌の悪魔を引き寄せて王虞淵の首元に刃を添えた。


「ちょっと幽崎! その身体は曉燕さんのものなのよ!」

「はっ、だからどぉーした? お友達だから殺せねぇってか? てめぇらが甘ぇから俺が殺ってやんだよ。ありがたく思え」


 止めようとするレティシアに幽崎は苛立ったように吐き捨てる。ランドルフやユーフェミアたちも厳しい目つきで幽崎を睨んだ。

 彼が本当に孫曉燕を殺そうとすれば、この場のほぼ全員を敵に回すだろう。合理的に考えれば幽崎の行動にも納得できるが、彼女を殺したところで本物の王虞淵が消滅するわけではない。

 それに――


「待て幽崎、殺したら失格になる。ワイアットの思惑に嵌るつもりか?」

「……チッ、確かにそりゃ胸糞悪ぃな」


 幽崎は巨鎌の刃を首から離し、代わりに切っ先を第三の目へと突きつけた。


「だったら今度こそ確実にこの目ん玉ぶっ潰しときゃいいんだろぉ?」

「そうだねぇ。僕の人格は彼女の身体に仕込まれた〈千里万眼〉に紐づけられている。それを排除できるなら元の彼女に戻すことも可能だねぇ」


 王虞淵自身が肯定した。嘘かどうかはわからないが、『できるなら』と言った点が引っかかる。恭弥が既にやったように、物理的に潰しても意味がないのだろうか?


「ああ、そうだ。一つ言っておきたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな? 黒羽恭弥、幽崎・F・クリストファー」

「なんだ?」

「あぁ?」


 最後の言葉くらいは聞いてやるつもりで返事とした途端――ニヤリ、と。

 王虞淵が、酷薄に嗤った。



再见(さようなら)



 その瞬間だった。

 とてつもない吸引力が恭弥と幽崎に襲いかかったのだ。


「なっ!?」

「こいつはッ!?」


 驚愕に目を見開いたのも束の間、地面に足をつけていられなくなった恭弥と幽崎は抵抗もできずに吸引力の源――王虞淵が握っていた瓢箪の中へと吸い込まれてしまった。

 視界が暗転する。

 一寸先も見えない暗闇の中、バシャリ、と膝の高さまで水の溜まったどこかへと叩き落された。

 いや、ただの水ではない。

 触れたところがヒリヒリと痛む。胃酸のようにじわじわと中に入れたものを消化する溶解液だ。


「……やられたな。もっと警戒すべきだった」

「〈紫金紅葫蘆(しきんこうころ)〉は斉天大聖の宝貝じゃねぇだろうが」


 紫金紅葫蘆。

『西遊記』の兄弟魔王である金角大王と銀角大王が持っていた、呼びかけた相手が返事をすると瓢箪の中に吸い込んで溶かしてしまうという宝貝だ。

 孫悟空も一度は捕らわれてしまったが、幻術と変化術を用いて次に蓋が開いた時に脱出している。


「揃って囚われの姫たぁなんつう様だ。どぉーするよ、黒羽? 伝承通りの方法で逃がしてくれるほど奴はマヌケじゃねぇぞ?」

「……」


 恭弥は思案する。幽崎の言う通り、幻術や変化術を使って脱出は無理だろう。わざわざ蓋を開けるような真似を王虞淵がするとは思えない。

 それと厄介なことに、〈紫金紅葫蘆〉の内部は外界と完全に遮断されている。幽崎は悪魔を呼べないし、恭弥も吸い込まれた時に守護霊を引き剥がされてしまった。幻術も変化術も今の二人には使えない。


「仲間が助けてくれる、なんて悠長なこと言うなよ? 王虞淵の野郎、あの様子じゃ実は大してダメージくらってねぇぞ」

「ああ、わかっている」


 恭弥と幽崎を封じるためにわざと弱ったフリをしていたのだ。〈紫金紅葫蘆〉の中からでは外の様子はわからないが、早く脱出しなければ仲間たちが危ない。

 かくなる上は――


「中から破壊できるか試す」

「まぁ、それしかねぇわな」


 恭弥は人差し指を壁に向け、幽崎は懐からナイフを取り出して構えた。


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