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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
133/159

FILE-131 即席の連携

 荒野エリアの地面から噴出する溶岩を、恭弥たちは三々五々に散らばって回避する。

 降り注ぐ火山弾。止めどなく溢れかえる溶岩流。それらを物ともせずに浮かぶ巨大な少女――孫曉燕もとい王虞淵は、逃げ惑う学生たちを愉快そうな笑みを刻んで見下していた。


「シット! 仕方ありまセーン。黒髪ボーイ、ここは一時トゥルースしまショウ」


 仲間の二人が転送されたことを確認したアレックスは、早々に気持ちを切り替えて器用に火山弾をかわしながら走り去っていった。


「ていうかなんなのこれ!? 無茶苦茶すぎでしょ!?」


 火山弾を脇に掠めたレティシアが悲鳴を上げた。

 これはどうにかしないとまずい。


「静流、水の術で溶岩を止められるか?」

「やってみるでござる!」


 八方分身の術で八人に分かれた静流が溶岩の噴き出す穴を囲むように散開する。


《甲賀流五行忍術――〈溢水ノ陣〉!》


 静流たちが一斉に両手で印を結び、大量の水を生み出して噴き出す溶岩へとぶつける。じゅわっと水蒸気が一気に立ち昇り、冷やされた溶岩から黒ずんだ塊となって沈黙していく。

 だが――


「くっ、押し切れないでござる!?」


 印を結んだまま水を放出し続ける静流の本体が表情に苦悶を浮かべた。穿たれた穴が大きすぎる。ちょっとした火山の噴火口ほどもあるそれを、たった一人の魔術師でカバーするのは無謀というものだ。

 いや、それでも八人に分身できる静流なら可能だろう。そう判断したからこそ恭弥は彼女に頼んだ。しかし噴き出す勢いが想定以上に強すぎる。


「僕たちも加勢する!」


 そこにチームメンバーと合流したグラツィアーノが駆けつけた。彼はチームメイトのユーフェミアとランドルフに指示を出すと、自分も数秘術の事象改変で噴火の制御にかかる。

 ユーフェミアは水を象徴とする杯を取り出し、上空から黒魔術で豪雨を降らせる。ランドルフは振動魔術で地面を隆起させて溶岩の流れを堰き止める。


「あたしもやるわ」

「頼む」


 恭弥が頷くと、レティシアは同じ絵柄のタロットカードを複数枚取り出して宙空に配置した。描かれているのは天使が両手に持った二つの杯で水を循環させているイラストだった。


「『TEMPERANCE』――『節制』の正位置。調和。倹約。安定。極端な状態を調停せよ」


 レティシアのカードが淡い輝きを放って溶岩の噴出口を包囲した。するとグラツィアーノの数秘術と相まって僅かずつだが噴き出す威力が収まっていく。

 溶岩は彼女たちに任せておけばいい。

 問題は――


「うんうん、頑張ってるねぇ。でも、攻撃してくれと言わんばかりの隙だよ」


 王虞淵が黙って見ているだけのはずがない。觔斗雲で急降下しつつ、再び構えた如意棒で溶岩の対処に勤しむレティシアたちを狙っている。

 恭弥は人差し指を構えて迎撃態勢。攻撃の直前に手首を狙って〈フィンの一撃〉を放てば、上手くいけば如意棒を弾けるかもしれない。

 だがそうなる前に、王虞淵目掛けて灼熱の火柱が噴き上がった。


「おや?」


 王虞淵は咄嗟に急停止して回避すると、そのまま大地にズドンと着地する。大きく地面が揺さ振られる中、火柱が弾けて炎を纏った男が現れた。

 大刀を担いだ火炎魔人は好戦的に笑う。


「俺に溶岩なんざ効かねえが、一年坊主どもはそういうわけにもいかねえからな。防ぎ切るまで俺と遊んでもらうぜ!」

「邪魔だねぇ。雑魚はさっさと消えてくれないかな?」


 如意棒を突きの姿勢で構えた王虞淵が飛びかかる。しかしヘルフリートは微動だにせず、代わりにその背後から黒い人影が飛び出した。


「ユーの相手は元々ミーだったはずデース!」


〈アタルヴァ・ヴェーダ〉の呪印で強化されたアレックスの肉体が弾丸となって王虞淵と衝突する。片や五十メートルを超える巨人。片や普通の人間の大男。超大すぎる質量差は呆気なくアレックスの体を跳ね飛ばしてしまう。

 だが、王虞淵を静止させることには成功したようだ。突撃した腹部のダメージに呻いている。


「なんだよアレックス、ビビッてたんじゃなかったのか?」

「ゲフッ……先に退場した三人のためにも、ここで黙ってルーズするわけにはいかないのデース!」

「ああ、その通りだな」


 血を吐きながらも五体満足で起き上がるアレックスにヘルフリートは頷き、腹の辺りを擦っている王虞淵を睨んだ。

 恭弥は彼らの下へと駆け寄る。


「奴を斃す。だが、このまま各々が勝手に戦っても全滅するだけだ。協力してくれ」


 孫曉燕――斉天大聖の力を得た王虞淵は強大だ。今は大会の敵味方を気にしている場合ではない。アレックスの言う通り休戦(トゥルース)して共闘するべきだ。


「一年坊主、てめえらの事情は知ったこっちゃねえ。興味もねえ。頼まれなくてもあのデカブツとは戦うが、俺は指図には従わねえぞ?」

「こちらを攻撃しないと約束してくれるだけで構わない」


 ヘルフリートが恭弥の指示に従うような男じゃないことはわかっている。こちらに危害さえなければ幾分も戦いやすくなる。


「弱点と思われる場所だけ教えておく。額にある第三の目だ」

「ああ、アレか。あんな小せえ的をちまちま狙うのは性に合わん。てめえらで勝手に――ッ!?」


 ふっと周囲が陰った。

 恭弥たちの頭上から如意棒が叩きつけられたのだ。それぞれが左右に飛んで如意棒をかわし、〈フィンの一撃〉と地獄の炎で反撃する。

 王虞淵は如意棒を突き立て、棒高跳びの要領で恭弥たちの攻撃を回避した。

 そこに二本の巨大な鎌が迫る。


「でけぇからって無敵だと思ってちゃあ首が落ちるぜ、王虞淵」


 幽崎だ。

 鴉のような悪魔に乗って空を飛び、浮遊する死神の鎌に指示を出して王虞淵を地面に叩き落とした。死神自体はいないが、あの鎌だけでも悪魔なのだろう。


「やってくれるねぇ、幽崎・F――」


 幽崎を睨み上げて如意棒を構えた王虞淵だったが、その横っ面を三つの爆発が時間差で殴った。


「今のは……?」


 恭弥は爆弾が飛んできた方角に視線だけ向ける。小高い丘の上に寝そべるようにして、オレーシャ・チェンベルジーが猟銃を構えていた。グラツィアーノと一緒じゃなかったから退場したのかと思ったが、狙撃ポイントを探していたのだろう。

 王虞淵が怯んだ今が好機だ。


「チッ」


 舌打ちする王虞淵の周囲を駆け回りながら、恭弥は次々にガンドを撃ち込んで翻弄する。同じように駆け回るアレックスも強化した肉体で足の関節部分に体術を叩き込む。

 バランスを崩したところにヘルフリートが大火力の獄炎を放ち、上空に逃げようとすれば幽崎とオレーシャが阻止する。

 打ち合わせなどない。各々が勝手に最適な行動を取る即席の連携だ。


「うんうん、これはもう遊んでられないねぇ」

「全員屈め!!」


 思いっ切り大地を踏み締めた王虞淵が上半身を捻り、太く長く伸ばした如意棒を大回転させた。恭弥の咄嗟の指示で全員直撃だけは受けなかったようだが、余波の爆風で何十メートルも吹き飛んでしまった。


「なるほど、わかったぜ」


 幽崎が目玉に根っこが生えたような悪魔を召喚し、腕に巻きつけて闇色の光線を放つ。如意棒で弾いた王虞淵だったが、その時には巨鎌の悪魔が懐まで入り込んでいた。

 斬ッ!

 鮮血が噴き出し雨となる。


「てめぇはアレだろ? 変化中は他の仙術を使えねぇんだろ? 宝貝もその巨体で扱える觔斗雲と如意棒しか出してねぇしなぁ!」


 両肩を斬られて膝をついた王虞淵に、幽崎が凶悪に嗤って弱点を指摘する。他の仙術が使えなくても五十メートル超の巨体というだけで充分な脅威だが……確かに、ただでかいだけだとわかってしまえば負けはしない。


「本当に、そう思うかい?」


 王虞淵はニヤリと不敵に笑ったが、仙術が使えるならこの状況で温存などしないだろう。だが、そう思わせたところに不意打ちをするくらいはやりそうだ。

 少し慎重になるか?

 いや、それが王虞淵の狙いか?


「どうでもいいぜ。術を使いたけりゃ使えよ!」


 ヘルフリートがその場で軽くジャンプする。と、アレックスが彼の足裏を思いっ切り蹴り飛ばした。燃える弾丸となったヘルフリートを、王虞淵は腕を交差させて防御する。

 紅蓮の大爆発が空気を吹き飛ばした。


「がっ!?」

「ハッハーッ! やっぱ使えねえじゃねえかよ!」


 仰け反る王虞淵。爆発はとんでもない威力だったが、まだ足りない。

 既に疾走していた恭弥は精魂融合で脚力を上げ、王虞淵の体を蹴って顔前に躍り出る。


「黒羽恭弥!?」

「終わりだ、王虞淵!」


 人差し指を構える。


 ――〈フィンの一撃〉。


「ぐあぁあッ!?」


 呪いを込めた超威力の衝撃派は、仰け反っていた王虞淵の額にある第三の目を正確に撃ち抜いた。勢い余って巨体が背中から地面に倒れ込む。


「オゥ! あの巨体を引っ繰り返したデース!」

「ヒャハハ、空気が抜けたみてぇに体が縮んでんなぁ! 風船かてめぇは!」


 五十メートルを超えていた巨体は、本当に呆気なく元の小柄な少女の姿へと戻っていった。


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