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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
130/159

FILE-128 蘯漾の切り札

 時は少し遡る。

 数刻前まで緑生い茂る森林だったそこは、今や炭化して崩れた木々と焦土だけの世界と化していた。


「うんうん、流石は〈ルア・ノーバ〉の幹部。ずいぶんと手古摺らせてくれたもんだねぇ」


 あちこちに形成された小規模なクレーターの一つに、くすんだ赤毛の女子生徒――九十九が倒れていた。

 頭部には狐の耳、腰には九本の尻尾を生やした半獣状態だが、立ち上がるどころか尾の一本も動く気配はない。周辺一帯が焦土と化す戦闘の末、王虞淵に敗れたのだ。

 死んではいない。しかし意識は刈り取られている。

 学院から睨まれている組織同士で同盟を結ぶ案を持ち込んできたにも関わらず、真っ先に裏切って祓魔師たちに情報を流していた女。――いや、裏切りと言うより、最初から学院と取引をして王虞淵たちの一網打尽を狙っていたのだ。


「ここまで抵抗されるとは、少々計算外だったかな。目障りだから早く消えてほしいねぇ」


 九十九の魔力結晶は全て破壊している。もう直に転送が始まるだろう。


「まあ、消えるのは僕も同じだけどねぇ」


 炭化した木の根に力なく凭れかかった王虞淵もまた、重傷だった。頭と腹から血を流し、両足と右腕は狐火で焼かれて動かない。意識があるのが不思議なくらいだった。

 さらに手持ちの魔力結晶はギリギリのところで破壊され、免れた物も遠くに弾き飛ばされてしまった。九十九より転送は後になるが、もう一分もすれば結晶の所有権を失ってゲームオーバーだろう。

 九十九との実力が拮抗していることは察していた王虞淵だが、それでも森林エリアという障害物の多い地形では有利になるはずだった。全力の狐火で周囲一帯を焼き払われた時は肝が冷えたものだ。


「……ハハハ、この僕がこんなつまらない終わり方をするなんてねぇ」


 王虞淵は若くして中国マフィア〈蘯漾トウヨウ〉の首領になった。病に伏した前首領である父から〈千里万眼(せんりばんがん)〉を受け継ぎ、かつてない速度と規模で組織を縦にも横にも拡大していった。


 だが、やがて悟ってしまった。

 このままマフィアの領域に留まらなくなれば、いずれ必ず滅びを迎える。出る杭は打たれるというものだ。犯罪魔術結社の側面も持つ〈蘯漾〉は既に管理局からもマークされている。

 いまさら組織の拡大を止めることも、ましてや縮小化などできやしない。

 組織を守るため、あらゆる脅威に対抗するために全知書を求めた。

 もっとも、ここで脱落してしまうのであれば結局その程度だったという話である。


「女狐にしてやられたわけだけど、さてさて、このままただ消えるのは釈然としないねぇ」


 せめてまだ生き残っているチームに痛手くらいは追わせないと割に合わない。


「うんうん、そう言えばまだ僕らは切り札を切っていなかったねぇ。だったら、せいぜい最後に暴れさせるのも一興だろう」


 狂気に歪んだ笑みを浮かべ、王虞淵は転送が始まり消えかけている左手を翳す。

 無関係を装い――否、本人は全く〈蘯漾〉との関係性を知らないまま入学し、特待生(ジェレーター)第八位の座についた仙術兵器。大会の情報をそれとなく流して出場するように誘導した学院に対する切り札。

 閉ざしていた最後の『目』を、覚醒させる。


「――さあ、手当たり次第ぶち殺すといい! 斉天大聖・孫悟空!」


        ☆★☆


 声が聞こえた。

 目覚めよ、と。


 なんのことかわからなかった。それでも、自分の中にある自分ではないなにかが鮮明になっていくのを感じる。

 自分の意識が、隅へ隅へと追いやられる。


 眠い。怖い。眠い。


 ――孫曉燕。斉天大聖の末裔にして彼の仙術を継承せし者。


 声が聞こえる。

 そして、思い出す。


 中国の山奥で暮らしていた自分に、あのいつも目を閉じている青年が声をかけた日を。

 ようやく見つけた、と言っていた。意味はよくわからなかった。

 人里に下りたことなどなかった自分にその青年は世界を見せてくれた。世間で最低限やっていける学を与えてくれた。

 魔術学院の入学も薦められた。楽しそうだったから頷いた。


 なのに、なぜか全て忘れていた。

 自分の意思で山を下り、自分の意思で学院に入ったと思っていた。その偽りの記憶に、あの青年は存在しない。


 眠い。怖い。眠い。


 ――彼の仙術を十全に扱うには人格が幼すぎる。


 ――洗脳より、別人格を植えつけた方が早い。


 ――起動式には首領の〈千里万眼(せんりばんがん)〉を組み込む。


 ――宝貝の届く範囲であれば制御も可能だろう。


 ――届かなければ?


 ――暴走する。


 青年に連れていかれた先で、自分は一体なにをされたのか?

 もう、それを考えるような意識はない。


 眠い。眠い。眠い。


 声が告げる。

 手当たり次第ぶち殺せ、と。


 声が呼ぶ。

 斉天大聖・孫悟空、と。


 意識は深い眠りの底へ。

 別の意識が声に従う。


「――応」


 孫曉燕の額に、三つ目の『目』が不気味に浮き上がった。


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