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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
128/159

FILE-126 解鎖

 第六階生最初の脱落者が出たことは、少なからず戦場に衝撃を与えた。


「フレデリック!?」


 ほぼ反射的に空を見上げてしまったアレックスだが、すぐにそれが隙を生む失態だと理解する。


「シャオの相手してるのに余所見?」


 紙一重で上体を逸らす。鼻先を如意棒が掠る。身体強化術のスペシャリストであるアレックスに素で張り合っているこの一年女子には驚愕を禁じ得ないが、ここまで戦ってみたことで彼女の戦術はほぼ把握できていた。


 觔斗雲と如意棒……強力な宝貝(パオペイ)を使用しているが、どういうわけか彼女自身が魔術で攻撃を行うようなことはして来ない。なにせ補助魔術すらかけていないのだ。素の戦闘力ならば一年、否、全生徒の中でもトップクラスだろう。

 だが、それだけで特待生(ジェレーター)に選ばれることはあり得ない。ここは魔術師の学園。魔術を用いない戦闘力など評価基準に入らないからだ。


「ユーこそ、ミーを相手に本気を出していないデスね? 魔術も使わずミーにウィンしようなど余裕もいいところデース!」


 アレックスは叩きつけられた如意棒を掴んで逆に振り回す。一年女子――孫曉燕(ソン・シャオイェン)は軽業師のように振り回される如意棒の上を飛び跳ね、アレックスに蹴りを入れてきた。腕を割り込ませて防ぐ。


「シャオは手加減してないよ? 戦いは本気でやらないと面白くないもん!」

「つまり、ユーは魔術を使わない方がストロングってことデスか」


 魔術戦をせず、相手に魔術を使わせる前に物理で制圧する。まるで一昔前の〈魔術師殺し〉だ。前線で戦う多くの魔術師が武術と身体強化術を併用した技術(スキル)を習得している現代では通用しにくい戦法になる。

 舐められたものだ。


「言っておきマスが、ミーは自分自身の強化(バフ)しかできないわけではないのデース」


 アレックスの扱う〈アラルヴァ・ヴェーダ〉とは、本来は古代インドで編纂された四つあるヴェーダ本集の一つである。要するに宗教文書であり、そこには呪術的な儀式典礼が記されている。ここで言う呪術とは医術的な側面も持ち、込められる『願い』とはつまり『病を齎す悪霊に打ち勝つための精神と肉体』に集約する。


 それらプラスの要素は自分の身体強化・精神強化に。

 そして――


「――〈衰弱(ウィークネス)〉」


 孫曉燕の額に手を添える。すると彼女の体にアレックスのものとは似て非なる呪印が浮かび上がった。


「バトル相手の弱体化(デバフ)もスペシャルなのデース!」


 意味合いを真逆に用いたマイナスの要素は、敵に撃ち込む。


「弱体化?」


 孫曉燕は如意棒を強引に奪い返して大きく飛び退った。身体能力の低下に加えて、頭痛・眩暈・嘔吐・腹痛・怠さ。効果はガンド魔術と似ているが、直接呪印を刻むことでより大きなものになる。

 普通なら立ってすらいられない症状に見舞われているはずの孫曉燕は――


「シャオには効かないよ?」


 ケロりとした表情をしていた。


「ホワッツ!?」


 刻んだはずの呪印が悉く消えていく。「にしし」と無邪気な笑みを見せた孫曉燕が大地を蹴り、両足に纏った觔斗雲でさらに加速して空中を駆ける。アレックスに切迫すると、巨大化させた如意棒で叩き潰しにかかってきた。


「ど、どうなってるデスか?」


 如意棒を腕で受けて弾く。解呪魔術を使ったようには見えなかった。だが、アレックスが得意分野の術に失敗したなどということはあり得ない。


「――〈解鎖〉。斉天大聖の仙術ね。専門外だからよく知らないけど、封印や拘束、己の行動を制限するようなあらゆる術や道具を無効化するらしいわよ」


 背後から声。

 アレックスと対峙していたもう一人の一年女子。


「『THE SUN』――『太陽』の正位置。真実を暴き、活力を与える偉大なる光。開放と祝福、栄光を手に、闇を消し去れ!」


 紅蓮の炎がアレックスの周囲を取り囲む。炎は渦を巻いて上空に昇り、収束して灼熱の小太陽と化す。


「あたしもいること、忘れてないでしょうね?」


 タロットカードの『太陽』を指に挟んで魔術を発動させたレティシア・ファーレンホルストが勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 小太陽が落下する。


「オーマイガッ!?」


 アレックスは受け止めようとしたが、流石に質量と熱量が凄まじい。拮抗は数瞬だけであっさり押し潰されてしまった。


「レティレティ邪魔ぁーっ! 熱いーっ!」

「うっさいわね!? どうせあんた一人じゃ勝てなかったわよ!?」


 不満そうに頬をぷっくり膨らませて抗議する孫曉燕。強大なカードマジックを直撃させたレティシアは勝った気でいるようだが――まだ甘い。


「この程度のサッカーパンチでウィンできると思ったらビッグミステイク!」


 腕力強化。握力強化。脚力強化。腰力強化。筋肉強化。骨力強化。聴力強化。視力強化。俊敏強化。精神強化。体力強化。耐熱強化。耐電強化。耐風強化。耐魔術強化。耐物理強化。耐病強化。


 ありとあらゆる身体強化を重ねる。重ねる。重ねる。

 普通であれば肉体が堪えられない。だが、ガブリエラの天使の恩恵が利いている今ならば問題ない。

 小太陽を持ち上げ、腕力だけで砕き散らした。


「うっそでしょ……」

「にしし! そう来なくちゃつまんないね!」


 レティシアが絶望的な声を漏らし、孫曉燕が楽しそうにはにかんだ。


「さてと」


 呪印を重ね過ぎて元々黒かった肌がより真っ黒になったアレックスが拳を構える。

 

「ミーはもう油断しまセーン! ここらでジ・エンドさせていただきマース!」


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