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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
126/159

FILE-124 逆転する天魔の死闘

 周囲に満ちていた神聖な力が僅かに揺らいだ。

 天使術により味方を様々な面で強化する〝場〟を維持していたガブリエラ・レンフィールドが攻撃を受けたためだ。否、過去形ではなく、現在も間断なき狙撃により集中を乱され続けている。


「もう! 鬱陶しいなぁ!」


 天使の翼が輝きを増す。無数の白い光が直線状に射出され、目標の頭上で直角に曲がって降り注ぐ。狙撃手である新入生にこれを防ぐ術はない。光線の豪雨に晒され、死にはしないが戦闘不能は免れないだろう。

 だが、光線は狙撃手に触れる直前に無明の闇に呑み込まれて消え去った。入れ替わりにその闇から触手のような『人の腕』が幾本も生えた、イソギンチャクに似た悪魔が出現する。


「全く堪んねぇなぁ。天使の力は悪魔にとっちゃ毒だが、本能的な憎悪の対象だ。だからこそ()()に使える。てめぇがいるだけで俺は悪魔を呼び放題ってわけだぜ、クソ天使」


 クツクツと嫌味ったらしく笑いながら、幽崎は召喚したイソギンチャクの悪魔を嗾ける。どうやって歩行しているのか、地面を滑るように猛然と突撃していく巨大イソギンチャクにガブリエラは生理的嫌悪を覚えて青褪めた。


「ひっ、キモチ悪いっ」


 短く悲鳴を上げ、悪魔を消し去ろうと翼を輝かせるが――なにかを思い出したように天使術を中断した。


「どうしたぁ? 撃たねぇのかぁ? それともビビっちまったかぁ? そうだよなぁ、てめぇがなにかすりゃ俺はそいつを利用して悪魔を呼んじまうからな。ヒャハハッ! だからってなにを躊躇う必要がある? 気に入らねぇもんがあんなら滅ぼすまで撃ちまくれよ。おっと、それすらできねぇってか? なら帰って毛布に包まって泣きながらおねんねしてやがれ!」

「あ、あいつムカつく!?」

「聞くな! ガブリエラ!」


 中指を立てて挑発しながら悪魔と共に迫ってくる幽崎に、ガブリエラは苦虫を噛み潰したような表情でたじろぐ。傍から見ると酷く醜悪な絵面だが、それでも確実に上級生を追い詰めていた。


「ハハ……流石というか、聞きしに勝る煽り様だ。こちらまで腹が立ちそうだな」

「俺としてはやはり先に幽崎から仕留めるべきではないかと思うが……」


 味方をするはずのオレーシャとランドルフすら引いていた。無論、二人と徒党を組むつもりなど微塵もない幽崎は気にしない。


「いいねぇ、いいねぇ。その怒りと悔しさに引き攣った顔! 最高だ! 堪能させてもらった礼にこのまま一気に潰してやるよ!」


 幽崎が手振りで悪魔に命じる。人の腕を生やしたイソギンチャクはその見た目からは想像できない速度で猛然と走り始めた。


「ガブリエラ撃つんだ!」

「でも!」

「いいから撃て! 他人の術を悪魔の贄になどできるものか! ハッタリだ!」

「!」


 クラウディアに言われてハッとしたガブリエラが即座に翼から輝きを照射する。輝きは悪魔を覆い被さるように呑み込み、じゅ、と水が一瞬で蒸発したような音を立てて消滅させた。

 チッ、と幽崎が舌打ちする。


「あーあ、流石にバレちまうか」


 クラウディアが看破した通りである。人腕イソギンチャクの召喚はわざとそう見えるようにタイミングを計っただけだった。そもそもそんなことができるなら最初からやっている。


「だが、天使の力に上級悪魔が惹かれるのは確かだぜ。おかげで少ない贄で呼べるってもんだ。そういう意味じゃ、このてめぇらの都合に合わせた要塞化は俺にとってもプラスになってるっつうことだがなぁ!」


 転んでも問題なく狂気的な笑みを貼りつける幽崎。歩きながら自身の指を噛み切り、滴る血液を地面に垂らして更なる悪魔を召喚しようとする。


「クラウディア! ちょっと大きいの使うから時間稼ぎお願い!」

「くっ、わかった。少しでも動きを封じる! その間にやっちまえ!」

「させるか!」


 クラウディアが反転魔術を使おうと手鏡を向ける。が、間に大柄な男――ランドルフが割り込んだ。鏡には幽崎の代わりにランドルフが映される。術がかかり、唐突な体の変化にランドルフは顔を顰めた。

 続いてオレーシャが猟銃で魔弾を撃つ。しかしそれは別の手鏡を向けられて反射された。オレーシャは横に跳んで自分の炸裂弾を回避する。


「あんたらの相手は後だ! まずはあの悪魔野郎を止めさせてもらう!」

「無駄だ! 俺に鏡は通用せん!」


 クラウディアの手鏡が粉々に砕ける。ランドルフが全方位に振動魔術を放ったようだ。空気を振動させ鏡だけを正確に割ったようだが――

 クラウディアは、怯まない。


「教えてやる、新入生。私の鏡を再生不能なまでに粉砕したことは誉めてやるが、魔術の相性がいいだけじゃ年次の壁は超えられねえんだよ!」


 魔力が高まる。既に砕けて地面に散らばっていた鏡の破片が浮き上がる。クラウディアの魔力を吸って肥大化していくそれを、ランドルフはもう一度空気を振動させて破壊しようとするが、遅い。


「〈合わせ鏡〉――少し消えてろ」

「うおっ!?」


 二枚の巨大な鏡にランドルフが挟まれた途端、鏡と鏡の間の空間が歪み、彼の巨体をどことも知れぬ場所へと呑み込んだ。


「ダルトン!?」

「あんたもだ、狙撃手!」


 続けてクラウディアはオレーシャも二枚の鏡で挟んだ。するとやはり同じように彼女の身体も歪んだ空間に呑まれて消えてしまった。

 へえ、と幽崎が感心したように呟いた。


「そいつはアリスじゃねぇな。風水の観念ってとこか?」

「ハン、もうバレてちゃ世話ないね」

「二回も見せられりゃわからねぇ方がマヌケだ」


 風水において、鏡とは良いものも悪いものも全て反射するほど影響力が強いとされる。それを合わせ鏡にするとそこに存在するものが反射し合い、妙な空間を作り出してしまう。クラウディアの魔術はその考えを基に、二枚の鏡に閉じ込めた対象を一時的に異空間へと放逐するものだ。

 彼女は単に『鏡の国のアリス』だけを己が魔術としているわけではない。古今東西あらゆる鏡についての伝承などを取り込んでこそ、第六階生へと至れるのである。

 もっとも、異空間については幽崎の方が専門的だった。


「ただなぁ、てめぇが相手してんのは召喚士だぜ? 人間を召喚はやったことねぇが、異空間にいるなら悪魔に取って来させることはできんだよ」

「なに?」


 ポン! と間抜けた音が幽崎の脇で鳴り響く。そこに影のような黒い球体に蝙蝠の翼がついた悪魔が出現した。どういう構造になっているのか、自身の身体よりも大きく裂けた口を目いっぱいに開き――ゲロっと二人の人間を吐き出した。

 無論、ランドルフとオレーシャである。


「がはっ」

「な、なにが……」

「ったく、肉壁ならもう少しマシな働きをしやがれ雑魚が」


 地面にへたれて噎せ返る二人は捨て置き、幽崎は再び自分の血を地面に垂らしながら歩き始める。


「ま、待て!?」


 正気づいたクラウディアがまだ割れていない手鏡を取り出して向けるが――しかし、幽崎の歩みに乱れは一切生じなかった。

 異常はすぐに悟ったらしい。


「なっ!? 鏡に……映ってないだと!?」


 手鏡には幽崎の姿はなく、ただ荒野と化した草原の風景だけを映していた。幽崎は首だけを捻り、凶悪な表情でクラウディアを嘲笑う。いや、クラウディアだけではない。後ろから様子を窺っていたランドルフとオレーシャにも同様の視線を送っていた。


「だから言っただろ? てめぇらは余計なんだよ。まぁ、ちったぁ時間稼ぎにはなったがなぁ」


 九条白愛のような霊能力の高い人間ならば気づいただろう。幽崎の肩にサッカーボールサイズの毛玉が乗っていることに。

 この悪魔は戦闘能力こそ皆無だが、取り憑いた人や物に霊体の性質を付与できる。完全に霊体化するには黒羽恭也のように幽体離脱するしかないが、鏡に映らなくなる程度には今の幽崎は霊的な存在となっていた。


「さあ来やがれ。ゴミ溜めを漁る低俗な屑ども。もっといいもん食いてぇだろ? こっちの肉は柔らかいぜ」


 幽崎の血のたった数滴で呼び出される多種雑多な悪魔。どれもこれも中級以上とわかる魔力と悍ましさを持ち合わせた彼らは、再び幽崎を中心に百鬼夜行を形成する。

 それを見たガブリエラは鼻息を鳴らして翼を輝かせる。


「ふん! 数ばっかり集めても術が使えるってわかれば怖くないもん!」

「おいおい、早とちりだぜクソ天使。誰がこいつらにてめぇを襲わせるって言ったよ?」


 幽崎はナイフをを取り出すと、自分の左腕を手首から肘にかけて思いっきり切り裂いた。


「ヒャハハ! 悪魔の血肉は悪魔を呼ぶ! 負よ渦巻け。俺の身も喰らえ。てめぇが屑どもとは違う高尚なる貴族だとほざくなら、契約に従い敵を駆逐しろ!」


 ドバっと溢れ零れた大量の血液。一滴どころではないそれが地面に赤く複雑な魔法陣を描く。魔法陣が不気味に輝き始めたかと思った刹那、周囲に傅いていた中・上級悪魔たちが次々と血と肉片を撒き散らしながら爆ぜ始めた。


「幽崎、なにを!?」

「まさか、自分が召喚した悪魔を生贄にしたのか!?」


 幽崎を中心に不気味な瘴気が溢れ返る。赤黒く鈍い輝きを放つ魔法陣が脈動するように明滅する。


「あーもう! なんだかわかんないけど、召喚される前にぶっ潰すよ!」


 天使術の編み上げが完了したガブリエラが上空に巨大な魔法陣を展開。地上とは真逆の清浄な輝きを放つそれから、周囲一帯を焼き尽くさんとばかりに無数の光の柱が降り注ぐ。

 他で戦闘している者たちも巻き込むほどの規模だが、降り注ぐ光は拡散せず一点に収斂され、幽崎のみを貫く槍と成す。

 一瞬の静寂。

 そして、爆音。


 世界が白く塗り潰され――

 次の瞬間、その白は一瞬でドス黒く上塗りされた。


「えっ」


 否、上塗りされたのではなく、白い光がなにかに吸い込まれてしまったかのように消え去ったのだ。

 ドス黒いものの正体は、幽崎やランドルフやオレーシャの頭上に覆い被さるように出現した物体だった。

 光を反射しない真っ黒な鱗に鋭く巨大な爪。鰐のような頭部では血色の瞳が爛々と煌いている。背中からは鴉のような二対の翼。三本ある尻尾の先端は剣山のごとき棘が生えていた。


 竜。

 そうとしか言えない姿をした悪魔を従え、幽崎は上空の天使に向かって吼える。


「さて、今度はこいつと遊ぼうぜ! クソ天使!」


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