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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Competition
123/159

FILE-121 アタルヴァ・ヴェーダ

 空間そのものを吹き飛ばすような砲撃音が連続して轟く。

 戦車に生身で対峙している静流は砲撃を紙一重でかわしつつ疾走。当たれば即死。だが当たらなければ意味はない。

 両手に握った日本刀を構え、戦車の装甲を斬り裂くつもりで閃かせる。


 しかしそれは空振りに終わった。フレデリックが瞑想を解いて戦車を消したからだ。普通であれば頑強な装甲を日本刀でどうにかできるとも思えないが、彼は直感的に危険だと悟ったらしい。すぐに瞑想を再開させ、次は戦闘機となって空へ舞い上がる。


「空も飛べるでござるか! でも逃がしはしないでござる!」


 感動したように目を輝かせた静流だが、即座に日本刀を持ったまま胸の前で印を結ぶ。


「甲賀流五行忍術――〈召雷樹〉」


 静流の足下から雷撃が立ち昇る。それは樹が急速に成長するかのように枝を分け、戦闘機を追い囲んでいく。フレデリックの戦闘機は器用に雷撃をかわしていたが、やがて片翼に直撃して小さな爆発を起こした。


「くっ」

「まだまだ終わりじゃないでござるよ!」


 トン、と静流がその場でジャンプする。

 空気を蹴り、比喩でもなんでもなく、空を走る。


 甲賀流忍術――〈天翔ノ術(あまかけのじゅつ)〉。


 ふらついているが、かろうじて飛行力を失っていない戦闘機へとまっすぐに突き進む。戦闘機はミサイルや機関銃で応戦するもその悉くをかわされ、防がれ、やがて両翼を大根のように容易く斬断された。


「――ッ!? これほどの怪物が本当に新入生ですか!?」


 驚きながらもフレデリックは瞑想を解き、墜落する前に戦闘機を消す。そして再び瞑想して戦闘機を形作ると、攻撃後で背中を向けている静流に容赦なく弾丸を浴びせた。


「むっ」


 静流は身を捻って体の向きを変え、撃ち放たれる弾丸の雨を日本刀で捌く。だが流石に全てを捌き切ることは叶わず、守れたのは致命傷となり得る急所のみ。肩や足や横腹などは弾丸を掠め、直撃こそしないものの傷と出血が瞬く間に増えていく。


「お主は強者でござる」


 それでも静流は、強者との闘いを純粋に楽しむ戦闘狂は、嬉しそうに笑う。


「まったく、これだからこういう輩とは戦いたくないのです」


 げんなりしたようにフレデリックは呟き、戦闘機の形を変える。

 より大きく、より洗練されたフォルムに。


「だから、さっさと終わらせましょう」


 火力も数段階上がったミサイルを二つ放った。


「またそれでござ――ッ!?」


 静流は空中を蹴ってかわそうとするが、直前でミサイル同士が衝突した。地上の全員が一瞬戦闘を止めて見上げてしまうほどの大爆発が発生する。

 空がオレンジ色に染まった。

 咄嗟に身を庇った静流は、なすすべもなく爆炎と爆風に呑み込まれてしまった。


        ☆★☆


「静流さん!?」


 空の大爆発に仲間が巻き込まれたのを見てレティシアは思わず叫んだ。


「余所見してるケースではありまセーン!」

「あーもう!?」


 その一瞬の隙を突いて強襲してきたアレックスの拳を横に飛んでかわす。強化術式を施したアレックスの一撃は、かわしてなおその拳圧が衝撃となってレティシアを襲う。

 バランスを崩して転がりながら、レティシアは空中に浮かべた『THE CHARIOT』――『戦車』のカードで魔力の光線を放って応戦。だが、アレックスの強化された鋼の肉体を貫くには火力が足りない。アレックスは避けようとすらせず、光線の直撃など意にも介さず突進してくる。


「だったら――集中!」


 レティシアは立ち上がりながら『戦車』のカードを一ヶ所に纏めた。個々の光線が重なり合い、一本の超大なエネルギー波となってアレックスに射出される。


「うおっ!?」


 純粋に数倍の火力となった光線をアレックスは両手で受け止めた。突進は強制的に停止させられ、足の裏で地面を抉って後ろへ後ろへと押し出されていく。

 だが――


「ソォオオオイ!!」


 アレックスは受け止めた光線を真上へと打ち上げた。


「『THREE OF WANDS』――『ワンドの3』の逆位置。油断。慢心。失望。目標を見失い、閉ざされた暗い世界で停滞せよ!」


 端から光線など効かないと確信していたレティシアは、アレックスが対処している間に小アルカナの魔術を発動させる。


「オゥ? なんデスカこれは?」


 アレックスがその場に立ち尽くす。キョロキョロと周囲を見回し、自分の体をペタペタ触り始める。


「どう? なにも見えないし、感じないでしょう? ああ、耳も聞こえなくなってるんだったわね」


『THREE OF WANDS』――『ワンドの3』の逆位置は相手の五感を一時的に奪う魔術である。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。今のアレックスはその全てが機能しない状態になっているのだ。いくら肉体を強化していようと、無音の真っ暗闇の中でなにも感じないのであれば立ち尽くす他ない。


「これは困りマシタ」


 とはいえ、本当に一時的だ。効果時間は長くて一分もない。アレックスほどの術者であればさらに短くなる。

 レティシアは今の内に大アルカナの束をシャッフルし、魔力を流して空中に浮かべた。円運動を始めるカードたち。レティシアは目を閉じて引くタイミングを計る。

 今日の引き運は最高だ。

 必ずアレックスを一撃で倒せる組み合わせを引いてみせる。


「そうは問屋がドゥノットホールセール!」

「なっ!?」


 声と気配を察知してレティシアが目を開くと、アレックスが間違いなくレティシアを目視して拳を振り上げていた。

 咄嗟にカードを集めて防壁にする。拳はカードの壁を易々と打ち砕いてレティシアを殴打した。

 短く悲鳴を上げて吹き飛び転がるレティシア。


「なんで……早すぎる……」


 五感が戻るにはあと十数秒はかかる計算だった。痛みに堪えつつ身を起こしたレティシアは、アレックスの変化に気づいて絶句する。

 アレックスの全身に呪文の刻印が青白い光を放って浮き上がっていたのだ。


「……ッ!? まさか五感をさらに強化して打ち消したっていうの!?」

「その通りデース」


 アレックスは白い歯を煌かせてはにかんだ。強化魔術に特化した第六階生とは一体どこまでのことができるのか。


「その呪文……〈アタルヴァ・ヴェーダ〉かしら?」


 だとすれば厄介だ。マイナーな魔術とはいえ、術者の『願い』を基盤に置いた術式は力量さえ伴えばなんだって実現してしまう。ただの強化魔術ではない。アレックスが根本でそう望んでいるから強化に偏っているだけだ。他の効果を齎す術式は使えない、などと油断した考えは持たない方がいい。


「これほど危険な相手だったなんて、出会ったときは思わなかったわ」

「それはお互い様デース。タロットでここまでバトルできる術者はミーも初めてデース」


 両者共に相手を再認識する。

 ここから先は手加減などできない。

 レティシアはカードを構え、アレックスは全身の刻印を青白く明滅させた。


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